宇治の観光地
久しぶりの賢島には、それはそれはとても多くの仕事が待っていたのでした。
くそ~、現実逃避から戻り、目の前の仕事に取り掛かる。
本当にここに来たのは久しぶりだ。
ここ賢島でまともな仕事をしたのは、それこそ数ヵ月振りだ。
そのために、多くの仕事が溜まっていた。
その最たるものが、港に作った商館だ。
正直、俺の中ではまだ建設中のつもりでいたのに、既に出来上がり、まともに運用ルールを作る前から活況を呈している。
張さんの機転に寄り、大きな混乱なく運用できては居たようだが、そのための犠牲もあった。
中国から日本に来ていた張さんの古くからの知人である伯さんという尊い犠牲のお陰だともいう。
あ、伯さんは死んでいませんよ。
俺も殺していませんから、表現上の誤解があっても、気にしないでください。
作った商館は、いわば博多商人のためのようなものだったので、その博多商人の面倒を博多の年行事も務めている紅梅屋さんに頼んだが、今では、商館利用の半数近くが博多以外からの商人になっても、紅梅屋さんが面倒を見ていた。
当然、ここまでの活況を予想していた訳はないので、事前準備など一切なく、紅梅屋さんだけでは手が足りなくなる。
そこで、紅梅屋さんが気兼ねなく使える人を酷使して現状を維持していたと聞いた。
その犠牲者とは、紅梅屋さんの娘婿に当たる伯さんだということだ。
俺の顔を見た伯さんは不満たらたらで、皮肉の一つ二つでは足りないくらいに皮肉と文句を言ってきた。
張さんも予てから、この現状を把握しており、どうにかしたいと頑張ってはいたようだが、俺が遊んでいたわけでもないので、俺に相談できずに今日まで来たという訳だった。
誰が悪いわけでもないが、え、一番悪いのは色々と始めるだけでやりっぱなしの俺が悪いって、確かにその通りなのだが、俺にも言い分がある。
そもそも俺は商人だ。
なのに、なんで京くんだりまで行って政治をしないといけないんだ。
政治だけならともかく最近は南近江で戦まで参加させられたけどあれだって俺のせいじゃない。
いけない、また現実から逃避していた。
商館の件以外にも、ここには俺のお気に入りでもある技術者集団もいるので、そちら関連の仕事も溜まっていた。
彼らは、俺からの新たな指示もなかったので、自分の興味の赴くまま主に鉄砲や大砲の改造などをしていた。
あ、それから、俺が頼んでいたセルロースナノファイバー製の鎧も研究していたが、それ関連の事務仕事もそのまま放置されていたので、俺はそちらについても、処理をしていた。
そんな俺を葵が六輔さんを連れて訪ねて来た。
「空さん。
お呼びだそうで」
「あ、六輔さん。
来てくれたのですね。
助かります」
既に、六輔さんは葵から簡単に状況を聞かされているが、俺からも、宇治近辺の様子も含め状況を話して、工事について相談を始めた。
「ええ、私も、峠を通る商人から、草津から瀬田川沿いの道を作れないかとたまに相談を受けましたから、気にはなっていたのですが……」
「そうですか。
でも、京も草津も昔から商いの盛んな街なのに、そのルートが叡山の傍を通る道しかなかったのは、簡単なことでは無いということのようですよ。
私は一度舟で通りましたが、流れが早く、帆を使っての遡上は無理の様ですね」
「遡上って?」
「あ、すみません。
遡上って云うのは、流れに逆らって川などを上っていくことを言います」
「船では、川を上れないと」
「ええ、ですが、私は船で上らせたいのです」
「え、空さん。
今自分で無理と言ったのでは」
「ええ、帆を使っては無理なだけで、岸から船を引っ張るのなら、あのくらいの流れなら問題は有りませんよ。
六輔さんはどこの生まれか知りませんが、三河になりますかね、あの辺りに天龍川があるのですが、あそこの流れも急ですが、船を人が引っ張って上らせることができるのですよ」
自分で言った後から、しまったと思った。
これは江戸から明治にかけての話だったような。
でも、人力で川を上り下りしていたことは事実だ。
多少時代が前後しても、それは変わりがない。
要は、自動車などの機械を使わなくとも多少の流れなら問題なく船を使った物流が可能だということを言いたかったのだ。
「そうですか。
なら、河原に人が通れるようにさえすれば……」
「問題はその河原なのです。
周りを山に囲まれた谷の様なところになりますから、川の端に簡単な道を作らないといけません。
その工事をお願いしたく」
「私は、空さんに頼まれたことをすればいいだけですから、空さんがそう命じるのなら、工事をしますが……
今まで経験したことが無いので……」
「ええ、やり方は私と一緒に考えましょう。
宇治から当分は川底などにある石を積み上げていけばどうにかなりそうです。
あ、人足もこちらで用意しますから、六輔さんはその差配をお願いします」
賢島での仕事もそこそこにして、六輔さんを連れて堺に戻った。
堺では、出迎えに来ていた紀伊之屋さんの番頭さんが俺に話しかけて来た。
「空さん。
待っておりました」
「番頭さん。
何かお待たせしたようで、申し訳ありません」
なぜ俺のことを待っていたのか分からなかったが、とりあえず謝ってみた。
「空さんは、これから宇治に向かいますよね」
番頭さんの話では、既に能登屋さんと紀伊之屋さんが共同で宇治に人を出していて、現場をまとめるために交代で番頭さんを派遣することになったらしい。
その準備で、両方の店では大忙しだとか。
「それよりも、店にお連れしますから、店主と相談してくださいませんか」
え、何を相談すればいいのだ。
俺は疑問に思ったが、ここで逆らってもなにも良い事が無いので、俺はみんなを連れて紀伊之屋さんに向かった。
「おお、やっと戻ってきましたか。
空さん。
宇治では屋敷を一つ押さえました。
とりあえずはそこを使ってください」
「あ、あ、ありがとうございます」
「これからは……流石に無理か。
これからでは時間が中途半端になりますね。
明日朝一番でご案内いたします」
明日、俺が宇治に行くことが決定されている。
まあ、六輔さんを連れているので、宇治には行くが、俺としては淀の拠点でもとりあえず良かったのだが、流石に仕事が早い。
翌日本当に朝一番で、俺たちは船に乗せられ、淀にも寄らず、宇治まで連れて行かれた。
前に上陸した宇治上神社の対岸に土地を確保していたようで、そこの傍に船を着けて俺たちは、紀伊之屋さんたちが確保したという屋敷に向かった。
渡し船の桟橋に船を着けたので、俺たちを降ろした船は桟橋から離れた河原に引き上げられたようだ。
最初の仕事は、港創りか。
一々あれでは手間ばかりかかるし、何より俺は、ここにはずっと居ることができない。
これからは、ちょくちょく、ここと京屋敷の間を行き来することになるだろう。
ただでさえ、京を長く空けているのだ。
今回ばかりは六輔さんに方針だけ示して、作業を確認したらすぐにでも京屋敷に戻らないと、流石にまずくなっている。
一応、毎日のように京からの知らせは来るが、流石に責任者不在期間が長くなると、正直俺の方が心配になってきている。
しかし、俺の案内に店主自ら来ることもないだろうに、紀伊之屋さんの店主も一緒だ。
堺の港で番頭さんから聞いた話では、ここの責任者として番頭さんが着くと言ったが、何故店主まで来ているのか。
そういえば今回は一緒に能登屋さんの番頭さんが来ているから、多分、能登屋さんが最初に番頭さんを出したのだろうが、だからと言って紀伊之屋さんの店主までくるとは。
まあ、いいか。
紀伊之屋さんが手配した屋敷は、渡しの桟橋から5分ほど歩いた、平等院の門前にあった。
機会があったら、今度ゆっくりと見学したいとは思うが、流石に今回は無理だろう。
どこにもよらずに俺たちは屋敷の中に入っていった。