帰ってきた葵
葵が、与作さんと一緒に京の宮大工の皆さんを連れて三蔵村に向かってから5日目に沢山の木材を持って戻ってきた。
「ただいま、空さん。
あのね、聞いてくださいよ。
棟梁の英輔さんに褒められたの。
非常に良い木材だって。
これならすぐにでも作業に取り掛かるって、湊で降ろしたら作業を始めるって言っていたの。」
「あらあら、葵さん、落ち着きなさい。
もう少しきちんと報告しないと空さんには分かりませんよ。」
「張さんありがとう、それに葵、きちんとお勤めしてくれてありがとう。
いや、その前に無事戻ってきたことに挨拶しないとな。
おかえり葵。」
「はい!
ただいま戻りました。」
船が港に着くと一目散にこちらに走ってきた葵がまくしたてるように報告してくれた。
もう、本当に葵は一人で一人前の仕事を任せられる。
まだまだ幼いと思っていたが、俺らの人手不足のためか、かなり早い時期から張さんに付いて手伝いをしていたのが良かったのだろう。
葵の報告で、ひとまず懸案だった木材の目途は着いた。
俺が考え事をしているところに、与作さんと棟梁の英輔さんがやって来た。
そうだよな。
普通ここまでは走っては来ない。
彼らは歩いてきたので、葵と時間差ができたのだろう。
「おかえりなさい、英輔さん。
今、葵から報告を受けましたが、私どもの木材が使えるとのことですね。」
「近衛少将殿。
少将の手配により木材の目途はついたので、直ぐにでも作業に入る。
棟上げまで一月は見てくれ。」
「え、そんなに早くできそうなのですか。」
「ああ、時間が食うのは木材の手配と、その下処理なのだが、その両方の目途はついた。
村の人間が下処理をしてくれると言うのでな。」
「空さん。
棟梁から教わりましたので、私たちがその木材の下処理をすることにしました。」
「与作さんが手伝ってくれるのなら安心ですね。」
「ええ、私も早く村に帰ってかみさんと一緒に居たいので、できる限り手伝いますよ。」
「そうですか。
そう言えば久しぶりに会ったお菊さんはどうでしたか。
きれいに見えたのでは。」
「空さん、何を言うのですか、デヘヘヘ。」
「しかし、与作さんには、まだまだ一杯頼みたいことがあるのですが、お菊さんと離れ離れではね~。
一緒に住めるようにしていきますので、もうしばらく待ってくださいね。」
「空さん。
気にしてはいませんよ。
俺らは空さんに命を救ってもらった恩もありますし、いくらでも言ってください。
お菊にはたまに会えれば贅沢は言いません。」
いつからだろうか。
俺らの周りは完全にブラック職場になってしまった。
それでも仕事が減らない。
完全に悪循環につかまっているな。
一人でも多く人を捕まえて、同じ穴の狢にしなければ。
いや、ブラックに引き入れるのじゃなくて、ホワイト職場になるように仕事の平準化をしていかないといけないな。
幸い、公家にもコネができたし、五宮さんも知り合いを紹介したいとも言っていたしな。
五宮さんには、文化財保護の仕事も頼むつもりだし、一人では絶対に手が回らないこと請け合いだ。
ただでさえ働かない公家(空の中でのイメージ)にいきなりブラックに放り込めば過労死してしまうかもしれない。
実父を過労死に追い込んだら結さんから恨まれそうだから、一刻でも早く仕事に目途をつけなければいけない。
俺が一人考え事を始めていたら、英輔さんが声をかけてきた。
「近衛少将殿。
少々良いかな。」
「へ?
すみません。
考え事をしていたようですね。
英輔さん、何か相談でもあるのですか。」
「いやなに、相談と云えば相談なのだが、最近になって、この辺りも景気が良くなってきているしな。
そうなると、あちこちの復興も始められそうだという話も聞く。
しかし、問題となるのが木材不足だ。
幸い俺らは少将殿の伝手で伊勢の木材が手に入るが、これらを他の大工たちに売ってはくれないか。」
「それは構いませんよ。
近々村からここに店を出そうと思っておりましたから、店で扱わせますよ。」
「そうか、それは助かる。
そこで相談なのだが、木材の扱いについてだ。」
「俺らの扱いが悪いと。」
「正直言えば、もったいないかな。
本来良い木材とは、水につけて熟しておくものだ。
寺で使うものは、長く水につけておいてある。
そうすることで長く保つ建物が作れる。
幸いと言っては何だが、今度創る物は長く保たせるつもりが無いと聞いたので問題ないが、寺や公家などの建築には少々不安が残る。」
「どうすれば良いと。」
「貯木場にでも浸けておければ良いが、あいにくこの辺りには貯木場は無いしな。」
「貯木場ですか。
作りますか。」
「へ??
貯木場を作るというのか。」
「あそこの湊を作れるのなら、そうは変わりないでしょ。
作れますよ。
問題は場所ですね。
隣に作ってもいいですが、棟梁のお話では、かなりの量の木材が必要になりそうですしね。
場所を考えます。」
「あの立派な湊は少将のところで作ったのですか。
それなら問題は無いでしょう。
確かに場所は考えないといけませんがね。
ここだけでなく、下京辺りでも欲しがるでしょうしね。」
「川で運ぶから、少々距離があってもいいですよね。
あ、そうだ。
淀辺りに、いっそ拠点を作ろうか。
あそこなら、あちこちから船で運べそうですし、そうと決まれば早速根回しから始めます。」
「お、おお。
そうですか。
わしらも直ぐにご依頼の件に取り掛かりますよ。」
「よろしくお願いします棟梁。」
しかし、貯木場ね。
確かに盲点だった。
江戸の町にも木場を作って木材の確保をしていたし、そういう意味では必要なのだろう。
棟梁にはとっさに淀辺りと言ってしまったが、あの辺りは堺から来る時にも通るし、何より、近江にも通じているから、琵琶湖周辺から木材を切り出しても運ぶには困らない。
案外よい場所だな。
そうなるとやはり淀周辺でハブとなる港を作り、この周辺での拠点とした方がよさそうだ。
そう言うのは賢島で一度経験しているし、三蔵の衆が力を挙げて取り組めばすぐにでもどうにかなりそうだ。
となれば善は急げだ。
「張さん。
新たに町つくりをしたいのだけれど、相談したいので、みんなを集められるかな。」
「そうですね。
賢島にでも集まってもらいましょうか。
あそこなら皆さん集まりやすいですしね。
何やら色々と研究している人たちもおりますし、ご意見も簡単に決めますから。」
「それは良い。
早速手配してくれるかな。」
「分かりました。
一応、九鬼様にもお声は掛けておきますね。」
「となると、大和の弾正にも声だけは掛けておくか。
あの辺りの領有はかなりあいまいだが、一応三好時代から付近を治めていたことだし、何より後から聞かされたと言って色々と言われそうでめんどくさくなりそうだしね。
先に相談だけはしておこう。」
「どうしますか。」
「俺が明日にでも出向いて話しておくよ。
そのまま直接賢島に一旦戻るとするか。」
「分かりました、今度は私も同行しますね。
賢島の商館の件もありますから。」
相変わらず張さんは忙しそうだ。
俺が色々と首を突っ込んだ後始末をみんな張さんがしているような格好だし、本当に申し訳なく思う。
でも、どれ一つ俺の趣味と言う訳で始めた訳じゃない……訳じゃない…かもしれない。
しかし、皆必要なのは事実だ。
好むと好まざるとにかかわらず、新たなプロジェクトが始まった。
どうせあの辺りにハブ港が欲しかったのは事実だし、復興がらみでは大きな儲けにもつながる。
今の俺には銭は力だ。
いくらあっても足りないのは隠しようのない事実だし、俺の知らないところで敵対勢力になりつつある近衛関白たち一派の件もある。
公家たちについては、武力制圧では良い事など何一つない。
ここはいやらしいが銭で圧力をかけていく方向を考える。
その意味でも、今回の棟梁の提案はまさに利を得たものだ。
また、忙しくはなるだろうが、始めるしかないのは分かっているので、ここは文句も言わずに進めていく。
しかし、村の皆から、そろそろ文句が出ないか心配だ。
一斉に『ブラック反対』って言ってストでもされないかな。
与作さんはまだ大丈夫そうだが、どうだろう。
その辺りもそろそろ考えながら進めるしかないようだ。
張さん、あなただけが頼りです。
あ、葵も幸もいたか。
君たちを頼りにしていますよ。
だから裏切らないでね。
ストはだめだよ。
ストだけは、許してね。
賃上げなら多少譲歩するからお願いね。
は~~、どうしてこうなってしまうのだろう。
いつになったら平安に暮らせるか心配だ。
あ、そろそろ長島の一揆も注意しないといけない頃のはずだ。
もう俺の知っている歴史からずれているので、起こらないと良いけど、そちらも一度確認はしておこう。
俺の最初の目標が何より、長島の一揆での被害を抑えることだったのだからね。
もう、狂信者を除き、十分に暮らせる環境を用意しているので、俺の知る一揆ほど大規模にはならないはずなのだが、こればかりは分からない。
歴史の修正力とかいうのはあるのだとかいう話だし、まあ幸いと言ってなんだが、いざとなったら賢島に逃げれば俺の仲間たちはどうにかなる。
それだけが救いかな。
しかし、仕事の種って尽きないね。