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検非違使としての仕事始め

 

 暫くして助清さんが伝言を持ってきた。

「太閤殿下がお戻りの様です。

 ご主人様の要件をお伝えしたところ、直ぐにでもお会いしたいとのことでした。

 いかがなさいますか。」


「俺が今から行ってもいいのかな。

 それとも先触れを出すとか。」


「先触れは要らないでしょう。

 私もご一緒しますか。」


「そうだね、屋敷に問題が無ければそうしてもらえると嬉しいかな。」


「では、直ぐに向かうとしましょう。」


 俺は、今度は助清さんを連れて太閤屋敷に向かった。

 助清さんは俺のところに来るまではずっとこの太閤屋敷でお勤めをしていたので、勝手知ったるというやつで、直ぐに屋敷の家宰を捕まえて俺らを中に案内させた。


「では、私はここで控えております。」


「そうですか、直ぐに済むかと思いますので。」


 俺を殿下の控える部屋にまで案内してくれた家宰と一緒に助清さんは控えで待つようだ。

 俺はそのまま中に入ると、開口一番に殿下より詫びを入れられた。


「先ほどは大変失礼した。

 今ではあ奴が長者でな、わしもとやかく言えないのが癪なのだが、あのようになるのなら婿殿を連れて行くのではなかった。

 悪いことをした。」


「で、殿下。

 私なんぞに詫びるのなんて、やめてください。

 それよりも、今回訪問したのにはご相談がありましてお伺いしました。」


「おお、聞いているぞ。

 五宮の件だな。

 わしにはなにも異論はないぞ。

 してどうするつもりなのかだけは知りたいな。」


「はい、先ほども思いましたが、私はご存じの通り武家でもなければ公家でもありません。

 殿下のような高貴な方からすれば塵芥のような庶民の出です。

 幸運だけの人間です。

 そのために、私には公家の素養に欠けており、礼儀作法などまったくしりません。

 そのために、今後も先の件のように無用な争いも私の言動で起きないとも限りません。

 ですので、私の仲間にどうしても仕来りや歴史、それに作法などに詳しい人が必要なのです。

 幸い、結殿の実父の方は大学寮のお役人とかとお聞きしております。

 まだお会いしたことはありませんが、結婚の挨拶もありますし、一度話してみようかと思っております。

 できれば一緒に仕事をできるような関係になれば最高だとは思っておりますが。」


「仕来りか。

 何を今更とは思うがな。

 あやつ、近衛の奴も仕来りなんか無視ばかりしておるのに、都合よく持ち出してくるわ。

 今更仕来りなんか言っておられるような状況じゃあるまいに、近衛の奴も分かって要る筈なのだが。

 わしは、婿殿には新たな世を作ることを期待しておったのだ。

 仕来りなんか無視でもしてしまえと言いたいが、流石に今すぐにそうできる訳はないか。

 そうなると、婿殿の言い分も確かに頷ける話だな。

 そう言った面で詳しい者が婿殿を支えれば、今後あのような無様な議論も起こらないだろう。

 よし、わしからも五宮に言い含めておこう。」


「ありがとうございます。」


「して、婿殿はいつ五宮と会いたいのか。」


「できるだけ早ければいいかとは思っております。

 帰ったら助清さんにでも使いを出してもらおうかと思っております。」


「む~む、相変わらず、婿殿は仕事が早い。

 しかし、暫し待て。

 こちらで話をつけておくから、…そうだな、準備ができたら連絡を出すから待ってほしい。」


「そんな、殿下を煩わせるようなことは、その、畏れ多いかと。」


「何を言って居る。

 わしは只の隠居だ。

 それに今は、武士の世だ。

 わしら公家などの価値なんぞ、それこそ小さきものよ。

 ここは使えるものは親でも使えの喩え通りわしを使えばよいのだ。

 少なくとも今よりも良き世のために婿殿が働くのなら、わしは喜んで協力しよう。

 それが同士でもある弾正との願いでもあるしな。」


「え?

 弾正……

 もしかして大和の松永様ですか。」


「おお、そうだ。

 あやつも今の都の様子に心を痛めておったしな。

 長らく話していた時に婿殿のことを聞いたのよ。

 その際に強く婿殿を勧められたわ。」


「はあ~。」


「あ奴と約束をしたのだ。

 いつになるかは分からないが、帝を中心として争いのないより良き国にしていきたいと、そのためにはなんだって協力し合うとな。

 あ奴が言うには、婿殿に任せれば、少なくともここ都は劇的に変わると言い放っておったぞ。」


 劇的に変わるって、あの糞おやじは何を言っているのだ。

 無責任にもほどがある。

 どうしてくれようか……


「しかし、ここ都はそう簡単な場所じゃない。

 先に婿殿が申した通り、仕来りとか色々と面倒が多くてな。

 公家だけでも面倒なのに、幕府や、寺社は本当に面倒だ。

 特に叡山はどうしようもない。

 なので、あ奴とも約束したのだ。

 これから婿殿がやる事にできる限り協力していくとな。

 大和の興福寺はあ奴が責任をもって抑えるとも言っておったしな。

 だから公家はわしの領分だとも言っていたな。

 その公家を抑えることができなくて、あの時は本当に申し訳ない。」


「どうか先の件は気にしないでください。

 正直あの席でのことは、今冷静に考えると良かったかとも思っております。」


「良かった?」


「はい、先ほども殿下の申していたように、ここ京の都は色々と難しいものがありそうです。

 その一端をあの時に実感できました。

 全く分からないのと、実際に経験しているのとは雲泥の差があります。

 これからはこちらも十分に準備して臨みます。

 そのための人をそろえたいとも思った次第でしたので。」


「おお、そうかそうか。

 そうだな。

 五宮の件はとにかくわしに任せておけ。

 それ以外にも協力は惜しまぬぞ。

 他にあれば今申すが良い。」


「いえ、今はそれくらいですね。 

 ああ、もしよろしければですが、他にも推薦できる人が居ればご紹介ください。

 とにかく下賤の出ですので人材の不足が著しいもので、常に困っております。

 こちらでも探しておりますが、今は公家の生活習慣に詳しい方と、幕府の仕組みに詳しい方を探しております。

 私の方からも大和の弾正殿にでも聞いてみますが、心当たりの方が居ればご紹介ください。」


「ああ、分かった。

 とにかく困ったことがあれば遠慮なく申し出よ。

 ああ、それより結との結婚もこちらで進めるぞ。

 希望があれば聞くが何かあるか。」


「いえ、全てをお任せします。

 あ、それよりもお教え願えれば幸いですが、こちらで準備などやる事があればご命じ下さい。」


「ああ、準備などについては助清に申しておくから、それでよいな。」


 その後は殿下と雑談して別れた。

 正直殿下との雑談なんかしたくはなかったのだが、付き合わされたのが正解だろう。

 俺の義父となる方なので、もう少し砕けた感じでの会話を望んでおられたようだが、俺にとっては拷問に近い。

 殿下だよ、太閤殿下、下克上の世とは言え血筋がまだまだものをいう時代において、その頂点に近い人との会話など、只でさえコミュ障気味の俺にとって苦手を通り越して、もはや地獄だ。


 結さんとの結婚が嫌なわけは無いのだが、こればかりはどうもね。

 できるだけ早く、ここ京の治安を回復して伊勢に逃げ帰りたい。


 僅かの時間だったはずなのだが、どっと疲れて俺は屋敷に戻ってきた。


 翌日になっても精神的な疲れが取れないので、しばらく部屋でぼ~っとしていたところを葵が俺を呼びに来た。


「空さん、お客さんだよ。

 助清さんが、空さんを呼んでいたよ。」


「誰だい。

 助清さんから何か聞いていないのかい。」


「はい。

 なんでも空さんから頼まれた方が来たとかで。

 職人さんの様ですよ。」

 俺は要領を得ないまま葵について助清さんのところに向かった。


 広間では、葵の言うように職人のような方が助清さんと座っていた。


「お待たせしました。」

「ご依頼のありました宮大工の棟梁をお連れしました。」


「お初にお目にかかります。

 本能寺で世話になっております英輔と申します。」


「検非違使を任されることにまりました近衛少将の孫です。

 楽にしてください。」


 そこから世間話を少ししてから、連れだって外に出た。

 屋敷の隣の空いた場所に検非違使の庁舎を立ててもらうつもりだ。

 現場で直接意見を聞いてから依頼を出すつもりだ。


 英輔と呼ばれる宮大工の棟梁に色々と聞いたのだが、彼は主に本能寺から修繕などの仕事を貰って細々とつないでいるようだ。

 なので、ここで新たに新築を頼んでも手はあるが、棟梁は渋っていた。

 その理由が材料にあるのだとか。


 一般的に寺などの工事においては、使われる木材は数年も前から切り出して、水に付けながら熟成させていく。

 熟成という表現が妥当なのかは置いておいて、とにかく木材として使うのに数年の準備が必要だと言っている。

 しかしこちらとしては待てない。

 正直10年も持てば上々だと思っている。

 それこそ10年も頑張れば世の中は変わるだろう。

 そうなれば俺もお役御免となるはずだし、いつまでも京になんか居るつもりもない。

 俺の中で、どんなにかかっても10年で京から出ていくことを決めている。

 検非違使の役所も俺のいる間だけ使えればよい。

 後のことは後任者が考えればよいと考えているのだ。


 なので、棟梁が考えている、それこそ手入れをすれば簡単に100年以上持つような建物は要らない。

 せいぜい芯材として使えるくらいの乾燥が終わった材料を使ってほしい。

 それこそそこらで仕入れられる木材を使って作ってもらいたい。


 俺の要求が、そのレベルにあるのならこんなめんどくさい宮大工に頼まなくてもと思われるのだろうが、そうもいかない。

 先に挙げたように他の公家の目がある。

 検非違使の庁舎の作りをそれなりの格式で作る必要から宮大工に頼んでいるのだ。


 ここからは彼との交渉になる。

 宮大工には、意にそぐわない仕事を頼むことになるのだ。

 こちらとしてはそれなりに誠意を見せないといけないために正直に理由を説明して真摯にお願いをしている。

 最初は渋っていた棟梁も理由を聞いて、条件付きで了解を貰った。

 材料の仕入れを棟梁自身で行うという条件だけは譲らなかった。


 正直、予算的に怖いこともあるのだが、棟梁の誇りを傷つけてまでの仕事の依頼である為に俺としては折れるしかなかった。


 こちらが急いでいることを理解してくれたので、早速明日から棟梁自身で材料を集めてもらうことになった。


 どんどん俺の周りでプロジェクトが動き出している。

 検非違使の庁舎は完成までは時間がかかるが、検非違使としての仕事は始めていく。

 これから忙しくなるぞ。


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