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帰京


 俺らを乗せた船はゆっくりとだが上京に向けて進んでいる。

 鴨川を川下から川上に進むのだが、幸いなことにここ巨椋池から上京の鴨川辺りまでの流れがゆっくりとしたものだし、何よりこれくらいの川幅のある川には毎日夕方になると上流に向けて吹くいわゆる川風と云うのが流れる。


 俺らは巨椋池でもたもたしたのが幸いして、この風をとらえることができたので、櫓をこぐことなく帆だけで進めることができた。


 既に堺からの船は何度もここを上ってきているようだが、俺は初めての経験だ。


 「川上に上がるのに、風だけで進めるのなんて楽ですね。」

 俺は隣で上手に帆を操っている船頭役の案内人に話しかけた。


 「へい、あっしもこの辺りまでは来たことはありませんが、この鴨川ですか、巨椋池からは淀川とか言いますが、全体的に流れが緩やかだと聞いております。

 船頭仲間の話ですが、この辺りから堺までは湖上を行くようなものだと聞いております。

 風の吹く時刻さえ間違えなければ船での輸送は簡単だそうです。」


 横で聞いている鶴千代さんが俺らの話を聞いて参加してきた。

 

 「城下で話は聞いたことがありますが、本当にこれなら川輸送の方が便利ですね。

 しかし、そう思うとここから近江まで船で上れないのが残念で仕方がありません。

 下るのがあれほど楽なのに本当に惜しいと思います。

 城に帰ったら何か手はないかを考えてみようかとも思います。」


 鶴千代(蒲生氏郷)さんが言うのもうなずける話だ。

 というより、あの一部だけの急流区間の対策を考えればいいだけで、すでに頭の中には構想がある。

 六輔さんが落ち着いたら早速河原の整備に取り掛かろうかと思っているが、そうなると利権が大きくなりすぎそうだ。

 観音寺が無理でも近江には大津や草津などの湊町があるが、どこの湊もどこかしらの勢力が抑えているので、その勢力との折衝を済ませてからの運用になる。

 しからば折衝の順番は最大限気を付けないといけない。

 あの川が船で上れることを示してからの折衝では相手から吹っ掛けられるのが目に見えている。

 六輔さんの工事が終わる前までに約束を取り付けないといけないな。


 となると六角氏との交渉が一番妥当な選択だが、蒲生宅で聞いた政争の件がある。

 三雲が厄介だな。

 どうするか……

 

 俺は鶴千代さんの言葉を聞いて考え込んでしまった。


 しばらくすると、遠くに下賀茂神社の杜が見えてきた。

 「もうすぐ教えて貰いました場所に着きますが、どこに船をつければいいですかね。」


 張さんが案内人に優しく答えてくれた。

 「もうしばらく進みますと右手に湊が見てきますので、そこに船を入れてください。」


 「湊ですか、ひょっとしてあれですか。」

 

 「はいそうです。

 この辺りには私たちの湊しかありませんので。」


 張さんの会話に出た『私たちの湊』に鶴千代様が食いついてきた。


 「私たちの湊ですって、伊勢屋さんは京に湊まで作っているのですか。」


 「鶴千代様。

 伊勢屋というより、その店の主である三蔵の衆が他の勢力との共同で作りました。

 今は孫伊勢守の名で、あの辺りの治安を守れと命じられ、あそこにお屋敷を頂いておりますから。」


 「へ??」

 あ、鶴千代さんは俺の素性を詳しく聞いていないようだ。

 やらかしたか……どうせ湊に着いたらばれることだし、問題ないか。


 船はそのままできたばかりの湊に入っていった。

 「立派な湊ですね。」

 案内人もしきりに感心をしていた。


 どうも俺らの船が来るのが見えていたようで、湊には葵たちが出迎えに出ていた。

 俺らの船を見つけた葵たちは大きく手を振りながら俺らを出迎えてくれる。

 「空さん、お帰りなさい。」


 船を桟橋につけ俺らが下りると、葵と幸に抱き着かれた。

 「ただいま。

 変わりないか。」


 「はしたないですよ、お二人とも離れなさい。」

 葵と幸は張さんに引っぺがされるように俺から引き離された。


 葵たちが引き離されるとその奥からこの屋敷を任せている助清さんが俺を出迎えてくれる。


 「お帰りなさいませ、御主人様。

 お連れの方はお客人ですか。」


 「ああ、そうだね。

 こちらの方は近江観音寺で仲間の伊勢屋が大変お世話になっている六角氏の重鎮、蒲生様のご嫡男である鶴千代様だ。

 そして彼の隣にいるのがその蒲生家の家人で俺らをここまで案内してくれた案内人の方だ。

 明日にでも護衛を付けて近江にお送りするが、今日は客人としてお迎えしたい。

 大丈夫か。

 もし何かあるようなら能登屋さんにでも頼むが。」


 「いえ、急なお客人のもてなしも、今なら問題はありません。

 鶴千代殿と、そのお連れさま。

 この屋敷を任されております助清です。

 何分屋敷が古いものですので、十分なおもてなしができるか分かりませんが精一杯もてなさせて頂きます。 

 ご案内いたしますのでこちらにどうぞ。」


 「空さん……」


 「鶴千代様。 

 助清さんに付いてまずは屋敷内でお寛ぎ下さい。

 あとでご挨拶にお伺いします。

 案内人様、ここまでお連れ頂きありがとうございます。 

 本日は屋敷にてお休みくだされ。 

 明日に我らの護衛を付けお送りします。」


 「これはご丁寧な対応を頂き感謝します。

 伊勢守のお言葉に甘え、先に休ませて頂きます。

 鶴千代様、ご一緒に参りますよ。」


 二人は助清さんに付いて屋敷の方に向かった。


 今度は、この場に残された葵たちが聞いてきた。

 「空さん。

 何でここに子供達もいるの。」


 「ああ、彼らは葵や幸の仕事の手伝いをして貰おうかと連れてきた。

 悪いが二人とも、今後はさらに仕事が増えるので、彼らを使ってほしい。

 なので、これからの面倒も見てくれないか。」


 「分かりました。

 彼らもとりあえず屋敷で休ませます。 

 その後のことは張さんに相談しながら決めてまいります。」

 さすがに葵はしっかりしている。


 「ああ、それでいいので、よろしく頼みます。」


 「任せて、空さん。

 みんな~~、これから屋敷に案内するので着いてきて。」

 幸が大声で連れてきた子供たちに号令をかけている。


 次には、最後まで残った張さんからの問いかけだ。

 「この後はいかがなさいますか。」


 「そうだね、とりあえず詰め所に寄って状況の確認と、挨拶かな。

 殿下や能登屋さんに帰ってきたことだけでも知らせないとね。」


 「では、私もご一緒しますね。」

 

 俺はそのまま屋敷に寄らずに張さんと一緒に歩いて5分ばかりの距離にある詰め所に向かった。


 詰め所前には必ず一チームが外に出て付近の警戒をしているので、俺らをすぐに発見して挨拶してきた。

 今日は『は組』の皆さんが警戒中の様だ。


 「お帰りなさいませ。」

 「ただいま。

 中に誰かいる?」


 「はい、中には『い組』が待機しております。」


 「ありがとう。 

 じゃあ、中で話をするわ。」


 俺は入り口で簡単に挨拶を交わして中に入った。


 「あ、空さん。

 おかえりなさい。」


 俺は中で帰国??この場合帰京と言えばいいのか…の挨拶をした後、先触れを頼んだ。

 太閤殿下には一応帰京の挨拶をしておかないといけないよな。


 俺が頼むとすぐに外に人が出ていった。

 それと入れ替えのように奥から能登谷の京番頭さんが入ってきた。


 「お帰りなさい、空さん。

 どうでした、賢島は。」


 「あ、能登屋さん。

 ただいま帰りました。

 これから挨拶に伺おうとしていたのに、能登屋さんにはご面倒をおかけしました。 

 おかげさまで無事に用は済みました。」

 俺は簡単に賢島でポルトガル船長との対応を説明しておいた。

 

 「そんなことがありましたか。

 命知らずとしか言えませんね。」


 「アハハ。

 どこにも勘違いの方は居りますよ。

 でもさすがに西洋の大国だ。

 そんな人ばかりでなく、いや、そんな失礼な人は稀の様で、まともな人が出てきて無事に取引が済みましたよ。

 まあ、こちらとしては無理までして取引がしたい訳じゃないので余裕があったこともありましたが、とにかく厄介ごとは済みました。

 これからはここ京に腰を据えて掛かりますよ。 

 これからもご厄介をおかけしますが今までと同様に我らをお助け下さい。」


 「これはこれは、こちらから申し上げるまでもありませんな。

 こちらこそ今まで同様お世話になります。」


 そこから張さんを交えて世間話を始めた。

 この世間話で最近の京の様子が分かるので、侮れない。


 先に蒲生様からも言われた話だが、ここにきて急にこの辺りの治安が良くなってきているようだ。

 その治安の改善をきっかけとして商いも盛んになってきている。

 能登屋さんも最近では店を開いて商売を始めた様だ。

 

 どうも幕府が逃げ出してからは押し込みが急に少なくなってきているようだ。

 さすがに盗みは減ったが無くなりはしていないようだが、何故だか凶悪犯罪が少なくなっている。

 なんで??と思いよくよく周りから話を聞いた。

 そこで分かった話だが、『驚く新事実を発見』と大見出しが付きそうなことが分かった。

 そもそもここ京、特に上京での押し込みって幕府の腐った役人がかかわっていたようだ。


 なんでも富裕層に勝手な税や寄付を要求して断られると、お付き合いのあるアウトローに押し込みをやらせていたとか、もっと酷いのには自身の郎党を率いて押し込んだとか。

 市中の者たちにばれるとかをまったく気にしない厚顔ぶり。

 恐れ入ったよ。


 俺らが幕府を追い出したような形になったようで京の町人たちからは大変感謝されているとまで聞いた。


 正直この話を聞いた俺はその場でかたまっていた。

 この時代で生きていくのに恐れを感じていた時に、太閤屋敷に先触れに出していたものが戻ってきた。


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