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博多への返答


 とりあえず、俺への宿題は終わった。

 終わったよね、これで、これ以上ないはずだよね。

 と言うことで…とはいかなかった。


 「方針が決まりましたので、紅梅屋に返答しないといけませんね。」


 「すぐに返書を作りますから、また明日にでも呼び出しましょう。

 明日の午前中で良いですか。」


 「返書ができたら俺が散歩代わりに持っていくぞ。」


 「な、何を言われるのですか。

 博多からの正規な依頼に対して、殿自ら赴きになると。

 こちらが舐められますので止めてください。」


 「殿、そういうことは絶対に他でもしないでください。

 秘書役が欲しければいくらでも付けますので、ご自身でというのは絶対にダメです。」


 「え?

 俺って庶民だよ。

 それも年少の。

 こういうのは長幼の礼というやつじゃないの。」


 「殿、長幼の序と言われることですか。

 確かに年少者は年長者を敬うということですが、身分ってものがあります。」

 そう半兵衛さんに言われ、半兵衛さんを始め、ここぞとばかりに豊田さんまでもが加わり、滾々と説教を受けた。

 

 俺の身分って何だ。

 一番偉いと言うのなら、何でここまで説教を受けなければならないのだ。


 俺は、絶対に消えない引っ掛かりのようなものを感じながら嵐が過ぎるのをひたすら待った。


 半兵衛さん達が吐き出すものを全部吐き出したのか、すっきりした顔をして説教が止まった。


 あれって絶対にストレスを俺にぶつけただけだよね。

 まあ、俺も大人だ???? 我慢はできる。

 こういう時の空気くらいは読めるよ。

 いくら今までコミュ障だとしても。

 あれ、俺はこの世界に来てからコミュ障でいられたためしがないな。

 治ったのかな。

 いや、絶対に違う。

 唯コミュ障でいられるほど、この世界は楽じゃない。

 でないと今まで生きてこられなかったのだから。



 また、思考があっちの方に行ってしまった。


 一連の説教が済むと、張さんが優しく俺に言ってきた。

 「空さん。

 村に行くのは、与作さん達をここに呼ぶためだけですよね。

 それでしたら、私が村に行くついでに呼んできますよ。

 学校の件で、玄奘様に相談しておかなければいけませんしね。」


 「おう、それがいいですね。

 博多の件をきちんと片付けなければいけませんし。

 暫くここにいらっしゃらなかったので細々したこともありますし。

 そういったのも一緒に片付けましょう。」


 「それがいいですね。

 直に、そういう時間も取れないでしょうから。

 これからは、殿の活動拠点が都になりそうですしね。

 そのためにも、この辺りで一度きちんと整理しておきましょう。」


 「え?

 整理も何もないでしょ。

 政は全部半兵衛さん達に預けましたよね。

 俺は、三蔵の衆の頭として領民たちをまとめる、いわば村長なようなもので、お大名様の政に従うよ。」


 「何をバカなことを。

 冗談は良いですから、博多の件は税率だけぼかして返事を作ります。

 もう一度確認しますが、こちらからの船は出さないことで良いですね。」


 「先にも言ったけど、出さないじゃなくて、出せないの。

 返事はそれで良いけど、商館のことも触れておいてね。

 税の立て替えについては、紅梅屋さんに会う時に俺から話すの?」


 「いえ、そういった交渉ごとになりそうなことは私からお伝えします。

 明日の午前中に会うのでしたら、私もその席に同席しますね。」


 「そう、そうしていただけますか。

 交渉ごとに関しては、わが領内でも張殿に並ぶ者はいませんからね。

 私も同席します。

 その際ですが、殿は挨拶だけで、それ以外は何も言わないでくださいね。

 いらんことを言ってこれ以上話がややこしくなってはたまりませんから。」


 俺の扱いってどうなの。

 絶対に身分って、このメンバーでは俺が一番下だよね。


 今まで黙っていた藤林さんがここで話しかけてきた。


 「そうそう、明日の船で孫一殿が連れてこられるとのことです。」 

 

 「は?

 連れてこられるって。」


 「殿が依頼していた傭兵ですか。

 二十ばかりを連れてくると言っていましたから。

 それに明日あたりには、私の方で用意してます忍びも間に合うでしょう

 しかし、それら集めて何をしようとしておられるので。」


 あ、忘れていたよ。

 そうだよ、ここに来た目的は、その準備もあったんだ。

 「そうだよね。

 あの時に説明したような気がするけど、説明しますね。」


 「あの時って、いつのことです。」


 半兵衛さん達も色々あったので忘れたのかな。

 俺も忘れていたから人のことは言えないけど。

 俺は、もう一度?説明を始めた。


 太閤が俺たちに婚姻まで結んで望んでいる理由は、京の町の治安の回復だ。

 そのためにはある程度の軍事力を京に持ち込む必要があるが、一大名が兵を連れて上洛できるはずがない。

 現在できるとしたら、大和の弾正くらいのものだ。

 でないと周りの戦国大名たちに攻め込まれてしまう。


 そのために、大名以外の軍事力を、周りを刺激せずに、しかも大義名分を持って持ち込むのに、俺に押し付けられる役職を検非違使あたりにしてもらい、俺直属の兵とする計画だ。


 最終的にはかなりの人数を用意しなければいけないが、とりあえず雑賀衆20名、それに忍び衆20名の合計40名くらいいれば現状の京の町の調査はできる。

 まずは拠点作りのために彼らを連れて京に入るつもりだった。


 俺は、今考えられることを余さず半兵衛さん達に説明した。


 「殿がそこまでお考えだったとは。

 今回は、ちょうどよかった。

 殿が彼らを連れて京に上られた後では、こちらのことは置いておかれるところでした。

 それなら、ほかに残件が無いかすぐに大湊の殿に聞いてみます。

 ここで片付けられることは、この際だからここで全部片づけましょう。

 殿も、気分一新で京に入れますから、良かったですね。」


 え?

 まだ、宿題があるの。

 これって絶対後出しじゃんけんだよね。

 宿題はさっきの件で全部片付いたはずだからね。


 この後、豊田さんが部下に命じて、ここにいくつもの文机を用意させ、相談と書き物が始まった。

 領内のこまごました取り決めやら、方針の確認など、本当に探せばいくらでもある。

 何より、多かったのが、各村に貸し出している兵糧の扱いの件だ。


 領内の統治の観点から、今までの常識から外れたことを要求していくことになるので、それらの交渉材料として使うことは先の相談で取り決めた。

 主に各地にある関所の廃止などだが、それ以外にも領内の街道整備などの普請などもある。


 本気で、俺に政をさせるつもりかよと思ったが、各村などの係争ごとについては、九鬼さんの名前で詮議が行われ、判断しているようだ。

 ここでは、最初のルールだけでもきちんと作ってしまおうといった感じだった。


 結局その日は遅くまで掛かって、張さんまでも付き合わせ、半兵衛さん達が納得できるまでの物はできた。

 実際に運用するには、さらに細々したことを決めていかなければいけないようだが、それらについては良いらしい。


 翌日は、朝食までは平和だったのだが、それ以降は忙しくなった。


 割と早い時間に、紅梅屋が伯さんを連れて面会にやってきた。

 前日に接見した広間に通して、打ち合わせ通り博多の件についてこちらの返事を伝えた。


 交易船の相互乗り入れについては残念がっていたが、どうも伯さんが持っている船が目的だったようで、博多でもあと数隻同じ船を欲していたようだ。

 船が手に入るのなら相互乗り入れは、かえってもうけを減らすことになるので邪魔になるようで、いきなり船の購入についての依頼があったが、こちらについてはやんわりとお断りした。


 瀬戸内海には、あの船のメリットがあまりないし、何より村上水軍にあの船が渡るのだけは、まだ避けておきたい。

 

 まあ実際に俺らが持っていることで、いずれは情報も漏れるので、あの船が出回ることにはなりそうだが、すぐじゃない。


 それまでには、さらなる優位を俺らが作っていけばいい。


 方法は色々とある。

 軍事的には大砲の搭載などがあるし、それよりも京の主上の権威を利用させてもらうことも計算に入っている。

 後は、海外との貿易による富の蓄積だ。


 今でも既に我らの持つ商圏は、この時代においては破格にまで広がっており、その効果も既に出ている。


 堺が西の端なら、東は尾張までの範囲で、堺と大和や琵琶湖の湖畔にある観音寺など、それに岐阜や尾張を結ぶ陸の交易路や船を使った熱田から堺までの航路では既にかなりの収益を上げている。


 恩恵にあずかっているのは当然、それらの町の商人はもちろんだが、為政者の松永久秀や織田信長などだ。

 もちろん一番儲けているのが我ら九鬼さんや三蔵の衆だ。


 俺らが儲けていることで、さらにこのあたりの治安もよくなってきているし、それにより、さらに商売が盛んになってきている。

 今のところは、俺が考えた以上に良いスパイラルを描きながら発展しているようだ。


 問題なのが、その恩恵に京都が入っていない。


 太閤などはその辺りまで考えて俺を取り込んできたのだろう。

 向こうが俺を利用する分、俺も彼らの持つ権威を最大限まで利用していくつもりだ。

 必要なら錦の御旗も登場させる覚悟はある。

 すでに歴史は、俺の知っている歴史からずれてきているし、遠慮するつもりはない。

 何せ太閤たちが歴史をずらして俺に婚姻を迫ってきているし、俺がここであがいても何も変わらない。

 なら、俺も自分の都合に合わせて周りを変えていく。

 俺の、俺たちの安寧のために。


 しかし、俺の安寧はなぜだか、味方である半兵衛さん達の攻撃により、日に日に無くなってきているような気がするのは、俺の気のせいかな。


 張さん達に助けられた時には、商いでもして細々と生きて行こうと思っていたのに、なんだか俺の描いた人生設計とはかけ離れていくような。

 まだ間に合うのかな、軌道修正。

 できるといいな。


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