婚約のための苦労
太閤の住まう二条晴良邸を弾正と一緒に出てからの記憶が定かでない。
とりあえず室町にある仮御所まで戻ってから、割とすぐに弾正にお暇の挨拶をして急ぎ伊勢に戻った。
多分、桂川あたりを船で下って堺から三蔵の定期船に乗り込んでここ大湊まで帰ってきたのだろう。
そういえば一緒にいた幸の姿が見えない。
迷子か。
「丹波君。
幸の姿が見えないがどこに行ったのかな。
知らないか。」
「え?
殿、幸さんなら一緒に乗ってきた船でそのまま三蔵村に戻ると先ほど殿に挨拶をされておりましたが。」
え??
あ、そういえば思い出したぞ。
本当にうれしそうに
「空さん、私に任せてください。
絶対にみんなを説得しますから。
安心してくださいね。」
なんて言っていたな。
何をどう安心すればいいのだ。
知っているけど。
本当のあのお爺、俺に何をさせたいというのだ。
余計なことばかりするようになってきたな。
のんびり商売だけさせてくれればいいのにな。
今回の一件でそうもいかないだろう。
だいたい、この時分の京都なんて地雷しかないだろう。
絶対にかかわりたくない場所だよな。
それに何あの京都の惨状は。
あの惨状をどうにかするだけで俺は過労死する自信があるぞ。
元々大学生までしかない経験で政治なんかできるわけない。
そんな俺にシム〇ティーのゴジラで荒らされた街の再建のようなことをさせるなんてどう考えてもいじめだろう。
俺だけではどうにもならないので、この時代のチートたちのお知恵を拝借しよう。
幸い俺の元にもチートがそれも飛び切りのチートの一人である半兵衛さんがいるのだ。
まずは、結婚の件の報告と相談だ。
俺は建設中の大湊城に向かった。
既にここは政庁となる御殿はできており、機能を開始している。
あとは周りの堀とか天守閣などの普段使いにはあまり用もない物の作りこみだけとなっている。
俺は御殿に詰めている侍の一人に九鬼様との面会を求めた。
すぐに奥にある広間に通され、そこで待つことになった。
忙しい人なので、しばらく待たされることを覚悟していたのだが、部屋に通されるとほとんど待つことなく半兵衛さんがやってきた。
その後は続々と家老職についている重鎮が集まってきた。
全員がそろうと藤林様が俺に聞いてきた。
「ご結婚の儀。
まとまり、おめでとうございます。
して、相手とはお会いになりましたか。」
「しかし、ある程度のご身分ある方の娘とは思っておりましたが、太閤のご息女とは本当に驚きました。」
「この後はどのように。」
俺の報告よりも前に結婚の話を知っている。
ひょっとしてお前ら全員がグルだったのかと疑いたくなってきた。
「なぜ知っているの。
いつから知ったのかな。」
すると藤林様が種明かしをしてくれた。
「室町の仮御所からなら1日もかからずに情報は届きます。
殿に影から同行している仲間に弾正殿からの密書を渡されたので知りました。」
伊勢と京都の間を1日のタイムラグで情報が伝わるって、これってちょっとした脅威だよ。
すごいな忍者って。
「そ、そうなのか。
俺も九鬼様宛の手紙を預かっているから、これも読んで、この後のことを相談しよう。」
と言って、胸から本田様から預かった書状を九鬼様に渡した。
家老職全員が九鬼様のところに集まり覗くように手紙を読んでいる。
いち早く手紙を読み終えた半兵衛さんがこちらに向き直り、
「殿、この後は我らと弾正殿とで良しなに図ってまいります。
しかし、一月後あたりに殿も京に上らないといけなくなりそうですね。」
「もう一度行くのは覚悟しているよ。
まだ婚約も済ませていないのに結婚が決定しているのだからね。
でも、もうこれって婚約する必要なくない?」
「いえ、相手がこれほどの高貴な方ですと、婚約一つで色々な儀式を経ませんといけません。
でも、まずは結殿でしたっけ、彼女の養子縁組が先ですので、一月の猶予はあるでしょう。」
色々面豪臭いことは勘弁してくれ。
「でも、殿の仕事としては結婚の儀までは結殿との関わり合いは無いかと思われます。」
「へ?
なんで。
婚約の儀とやらに俺は出なくともいいのかな。」
「はい、武家でも婚約では本人は参加しません。
家中だけで済ませることが普通です。
まあ、武家の場合には人質の役割もありますので、結婚までは会わないことの方が多いですね。
貴族、特に太閤ともなるとそのあたりについては知りませんが、結婚まで会わないことにはなるでしょう。
相手から要求されても断られることの方が多くなりますしね。」
「え、何で。」
「人質に取られる危険を避けるためです。」
「物騒な世の中だよね。」
「そうですね。
ですから一日でも早く戦のない世の中にしていきたいですね。
それには殿に今以上頑張ってもらわねばなりませんね。」
え??
俺に何をどう頑張らせようとしているのだ。
俺って子供だよ。
確か児童福祉法っていうやつだっけ、そんな法律に触れるよ。
違法職場で捕まるよ。
「え?
その話だと、俺は何でもう一度京に上らないといけないんだ。」
「弾正殿の手紙には、結婚前に殿には役についてもらうとあります。
殿上人としての資格を持たせるとか。
でないと太閤のご息女との結婚には格の上で問題が出るとか。」
当たり前と言えば当たり前だが、俺に早速政治の表舞台に引き上げようってか。
それも地雷しかない京都で、何をさせたいというのだ。
ひょっとしてあの時太閤のおっしゃっておられた治安の維持を俺にさせようというのか。
俺だけならまだしも伊勢を巻き込むのはまずい。
それこそ日本中を相手に戦をするようになるかもしれない。
正式にはここ伊勢の軍勢は京に入れない。
駐屯なんてもってのほかだ。
考えろ、絶対にせっかく平和になってきたこの辺りを戦火にさらすことのない方法を。
そうだ、さっそくチートの相談すればいいのだ。
「半兵衛さん。
俺に何をさせたいのかおおよそ予想がつくのだが、ちょっとまずいように思うのだけど。」
「何をですか。」
「太閤から、京の治安をどうにかしてくれと頼まれていた。
できれば弾正と一緒に京に入って守ってくれとまで言っていたけど、さすがに弾正はお茶を濁していたけどもね。
俺に役を付けて軍勢を入れようとしているのならそれは絶対に避けたい。
いくら無法地帯と化した京でも、俺らが入れば日の本の野心家どもがこぞって襲ってくる未来しか見えない。
信長さんは良いとしても六角さんあたりは面白くないよね。
今六角とは争いたくはないしね。
どうしよう。」
「そうですね。
もし我々が京に入れば、三好は面白くはないでしょうね。
少し前まで抑えていたのは三好ですから。
それに殿の言われるように六角氏も面白くはないでしょう。
三好と一緒になって攻めて来るやもしれませんね。
武田に赤松、それに朝倉など有力大名などもどう動くかわかりませんし、四国にいる一条なども野心を捨てきらないでしょうから、我々は軍勢を入れられませんね。」
「我々でなければいいのかな。」
「そうですね。
ここは本願寺の知恵をお借りしましょうか。」
「本願寺の知恵って。
これからお伺いを立てるとでもいうのか。
幸い上人様に頼めば本願寺に問い合わせくらいはできそうだが。」
「いえいえ、そうじゃありません。
本願寺のように傭兵に助けを借りるのはいかがでしょうか。
幸い我々には孫一さんという強い味方がおります。」
「そうだよね。
うん。
それは良い考えだ。
孫一さん。
頼めますか。」
「殿の頼みと言えば断れません。
しかし、大半の連中は殿のおかげで武士に取り立てて貰っておりますので、それ以外となると些か数がそろわないかと。」
「それでしたら、某の配下も出しましょう。
侍として取り立ててはもらっておりますが、忍び仕事の関係上表には出ておりません。
百ばかりならすぐにでも。」
「忍びさん達をいきなり百も取ったら今の仕事に支障が出るよね。
そうだね、治安の維持だけなら俺にも考えがあるからもう少し考えてからお願いするけど、孫一さんに鉄砲隊百ばかりお願いできないかな。
あと忍び衆は二十もあればいいかな。」
「それくらいなら明日にでも用意はできますが。」
「そこまで急がないよ。
三蔵の衆、いや、伊勢屋に護衛などの名目で徐々に集めておいてね。
そうだな、賢島にでもいったん集めるか。
あそこなら秘密も漏れないから。
とにかく準備だけでもしておこう。」
「しかし、そんな少数で本当に大丈夫なのでしょうか。」
「大丈夫だよ。
どこかの大名と戦をしようとするわけじゃないからね。
京の町を荒らす盗賊相手だ。
もし、どこかの大名家が戦を仕掛けようものなら、それこそ太閤に頼んで綸旨でも出してもらい、抑えようかな。」
「それでも兵を引かないようでしたら。」
「そんなの簡単だよ。
ここに逃げてくればいいだけだからね。
京なんていわば火中の栗のようなものだよ。
どこかの勢力が入れば他が黙っていないよ。
また京が戦火に見舞われるが、すぐに追い出されるしかないね。
それこそ絶対的なまでに強力な軍事力を持たないと京には入れないと考えた方がいいね。」
「そうですね、この日ノ本を以前の鎌倉幕府のように絶対的な力で納めるようにならないと平和なんて訪れないかもしれませんね。」
「とりあえず、一月はあるのだから、それまでに他の勢力を刺激しないで京の治安を守る仕組みを考えておくよ。
とにかく人だけは今からでも集めておいてね。」
は~~~、安請け合いしたようなものだが、どうしよう。
そうだ、京に科捜研を作ろう。
マリコさんが治安を守ってくれるぞ。
ありえないね。
まじめに考えよう。