信長との同盟締結
信長との話し合いは、あれを交渉事とはどうしても言えなかった。
本当にすぐに決着を見た。
両者ともにというよりこちら側が俺のうかつな一言で結論を出してしまったために、信長側の懸案事項のみ確認して折り合いがついた。
もっとも今回は本当に信長とこちら側とでは利害が完全に一致しており、問題など出るはずもなかったのだが、それでもこの時代に限らず交渉事は少しでも有利な面を引き出すために喧々諤々の駆け引きがあるのが普通だ。
信長の性格なのか分からないが、そういったものを一切排除しての話し合いだった。
その後も展開が早い。
俺らがやったような急襲の仕返しとばかりに九鬼家に向けての使者が立てられた。
本当は寝る暇もないはずの丹羽様が俺らと一緒に大湊の九鬼家本拠地までくることになった。
俺らはすぐにでもお暇しようとしていたのだが、流石にこの決定では丹羽様があまりにもなので、井ノ口で2日ばかりを過ごすことにしていた。
でないと本当に丹羽様が過労死してしまう。
他家の家臣のブラック状況をなぜ心配しなければならないかとは正直思ったのだが、丹羽様があまりにいい人なのでこのくらいは配慮してあげる。
この貸しはそのうちに返してほしい。
予定通りに二日後我々は井ノ口を後にした。
熱田までは丹羽様配下の武将たちに守られながらの移動なので野盗などの心配は一切なかった。
もっとも野盗が出るとしたら美濃周辺だけで小牧山より尾張の道中はそれこそ丸腰でも何ら心配ないくらいに治安はしっかりしている。
熱田で丹羽様の護衛や伊勢屋の幸代さんや善吉さんと別れ、丹羽様数人と一緒に船で直接大湊に向かった。
大湊にはここからでも半日と掛からないので、稲葉山城から2日での旅程で大湊に着いた。
船での移動なのでさすがに先駆けを走らせるわけにもいかずに本当に急な訪問となってしまった。
九鬼様たちには申し訳ない事をしたとは思ったのだが、今回は家老のお二人も一緒なので俺ばかりが悪いわけじゃない。
というより、信長の性急さが原因なのだが、本当にこの辺りは俺を含めこの時代の常識がどこかに行ってしまったようなのだ。
とりあえず半兵衛さんの案内で、出来たばかりの御殿の客間に丹羽様一行をお通しして休んでもらっている。
その間に九鬼様を探し出して連れてこなければならない。
大湊にいればいいのだが、幸い港では九鬼様用には船を出していないと聞いている。
藤林様が配下を使ってすぐに見つけた。
町の視察に出ていたとのことで、港の喧騒を聞きつけ城に戻ってきていた。
そこからはすぐに九鬼様を交えての緊急会談を始めた。
尤も、これは半兵衛さんがまとめた合意案の確認だけだが、それもすぐに終わり、ここからは戦国時代の形式になるたけ沿った形での会談となった。
先に御殿大広間に丹羽様一行をお通しして、九鬼様を待つ。
九鬼様が入ってきたら、先にまとめた合意案を半兵衛さんが読み上げ、九鬼様の了解を得て後、両者で誓詞に署名して終わりである。
場所柄熊野の由緒正しき神社で作られた誓詞に署名した。
尤も信長も、我々も状況が変われば守るつもりのない条約だが、できうる限り状況を変えないだけの努力はするという努力目標な感じのものだ。
我々としては簡単に破りたくはないし、そもそもその必要が無い。
九鬼様は知らないが、少なくとも俺には領土的野心はない。
九鬼様たちが俺の意見に耳を貸してくれているうちは、この条約は守られるだろう。
できれば家康との約定のように最後まで守れれば歴史に残るかな。
俺は事の成り行き上、御殿の広間で繰り広げられている儀式に参加していた。
広間の奥でひっそりと成り行きを眺めていた。
儀式も終わり、慰労を兼ねた酒宴に入ろうかと言うときになって、伝令が俺のところまで来た。
なんでも本田様が訪ねてきたそうだ。
まああの食えないおやじの使いだろう。
信長が美濃を落とし、俺たちとの不戦条約を結んだと言う事はとっくに知れているだろうから、その件だな。
こちら側からこの件を知らせる使いを出さなければならなかったのに、この時代のチートたちは本当にせっかちな者たちばかりだ。
ちょっとは待つ事を知れよ。
本田様が使いとして来ていても、この時代のしきたり?礼儀?でこちらからは条約を知らせる使いは出さなければならないのだ。
どうせ肝心のチートたちは構わないのだろうが周りが許さない。
良い機会だから、信長の条件の中にあった弾正への仲介もこの際、この場で済ませてしまえ。
俺は本田様の来訪を伝えてきた者にそのまま本田様には別室にて待ってもらうように伝え、丹羽様の所に近づいて行った。
「丹羽様。
ちょうど大和の弾正様からのご使者がこちらに参っております。
すでにご存知かとは思いますが、三蔵の衆の頭である私を訪ねてきたようで、形式などは整える必要がありませんので、もしよろしければ、この際この機会にご紹介いたしますがいかがなさいましょう。」
「空殿、それは誠か。
なれば、是非にご紹介くだされ。」
「では、酒宴の準備が整うまでの時間を使ってご紹介させて頂きます。
お手数ですが私に付いてきてください。」
と言って、俺は半兵衛さんに事の次第を伝えてから、丹羽様を本田様が待っている別室に連れて行った。
「お久しぶりです。」
「空、またお前はえらいことをしてきたな。
尾張との不戦同盟など結びおって。
おっと、それより後ろの御仁はもしや。」
「はい、織田様の所の丹羽様です。
弾正様にご紹介したく、まずは本田様にと思いお連れしました。」
「そなたが有名な米五郎左殿ですか。
某、三河の生まれなれど、訳あって松永弾正のところにおります本田正信と申します。
よしなに。」
「拙者は、尾張の国主、織田弾正忠の禄を食んでおります丹羽長秀と申します。
我が殿は、弾正様とのご面識を欲しており、空殿のご配慮によりこの席にまかり越しました。
弾正様のご重臣であられる本田様とのこの度の面会は、まさに天祐。
できますなら弾正様への御取次ぎを願えないでしょうか。」
「早速我らとの接触を図ろうとなさりますか。
我が殿のお見通し通りだな。
某は、その命を既に受けており、ここにまかり越しております。
丹羽様のご都合がつけばいつでも我が殿の元にご案内させて頂きます。」
「え?
本田さま。
どういうことなの。」
「なに、殿の性格は存じておるだろう。
空達が以前より織田の勢力との接触を持っていることは知っていた。
織田信長様の事だ。
美濃の件が片付けば京に上る算段を付けるだろうと見ておったのだ。
その場合に障害となるのは道中の六角か、浅井も邪魔になるだろうし。
幸い、空たちと我が勢力との間には何ら障害が無い。
となると早々に空達との同盟を結んで我らに接触を図ってくると殿は睨んで居った。」
「にしては、ここに来るのが早くないですかね。」
「殿は弾正忠殿(信長)の性格を理解しておる。
稲葉山が落ちれば我慢できまい。
また、空の性格も理解しているから、弾正忠殿(信長)からの申し出にすぐにでも対応するだろう。
そうなると早くからここに来ていなければ尾張との往復となり2度手間どころか面倒になりかねない。
こういったものは勢いと言うのがあるそうだ。
勢いを殺すとなかなか元には戻らんとも言っておられた。
その勢いを殺さないようにするには早くからここにきて織田からの使者を待てば良いので私が使わされたのだ。
ここで長らく待っても私なら空達が気にしないだろうと言っておったな。
しかし、それにしても殿の予想より早かったのには驚いた。
少なくとも織田の使者が来るのがあと10日は掛かるだろうと睨んで居られてたので、正直驚いた。
せっかちな人間が二人も集まればこうあるのかと言う良い見本だな。」
何を言うか。
そのせっかちに自分も入っているだろうにと俺は思っていたが、あのおやじの事だ、それすら計算していたのだろう。
「本田様。
この後はいかがしますか。」
「丹羽殿に不都合が無ければこのまま多聞山城にお連れしたいのだが、いかがだろう。」
「よろしいのでしょうか。
我が殿も本田様のおっしゃるように些か性急なところがあり、私にここの帰りにでも見てまいれともおっしゃっておられていたので、本田様の申し出は渡りに船あります。
お言葉に甘えて、よろしくお願いします。」
何だか話が急にまとまったようで、そのような事なら一緒に使いでも出せば同盟の報告も済むし、藤林様辺りにでも行ってもらおうかな。
「話がまとまったようだ。
悪いが、空よ。
明日にでも一緒に堺、いやこの場合情報が漏れるとまずいか。
雑賀埼辺りまで船で向かえば問題ないな。
その方向で一緒に行く事にしてくれ。
ちょうど良かったよ。
織田の使者がだめでも空だけは連れてこいとの命令だったしな。」
「え、俺も行くの?」
「なにを言っているのだ。
当たり前だろう。
最近ちっとも顔を出していなかっただろう。
色々と相談もあるようだし、悪いようにはしないから付き合え。」
どさくさに紛れて俺もついていくことになっているらしい。
確かに最近あのおやじを避けていたような気もするが。
ばれたかな、まあいいか。
「それよりこれから、丹羽様の慰労会の酒宴がありますが、本田様はご出席しますか。」
「丹羽殿に異存が無ければ是非にでも出席したい。」
「本田様、異存などありましょうか。
ご一緒くだされ。」
さすがに公的な酒宴なので、俺の出席だけは防げたのだが、明日にでも移動だ。
忙しくなりそうだ。