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初の堺便

 船で三蔵村まで戻ってきた俺たちは明日の堺行きの件について話し合った。

 誰が堺まで同行するかということだ。

 能登屋さんや紀伊乃屋さんを紹介する都合上俺は行かなければならない。

 なにせ丹羽様をお連れするのだから、代役を立てることができない。

 

 商売絡みの話なので張さんも外せない、必然的に珊さんもとなる。

 「明日のメンバーは俺との他は、張さん、珊さん、それに丹波くんになるかな。」


 「え~~~、私たちは?」

 「私も行きたいよ。

 いつもおいてけぼりなんてずるいよ~~。」


 「葵は帳簿の確認の仕事がまだだったはずだろ。

 幸は、寺で子供たちが待っているよ。

 勉強を教えるのを任せていたはずなのだが…違ったかな。」


 「ぶ~~~、わかりました。」

 「空さんのいけず~~~。」


 「分かったなら、よかったよ。

 二人はお留守番な。

 大事な仕事もあるのだし、頑張ってくれ。

 明後日には絶対に帰ってくるから。

 俺も、ここでやりたいことが沢山あるしな。

 何よりも熱田駐在員を決めないといけないからな。」


 「駐在員??

 駐在員ってなんですか。」


 「あ~ごめん。

 漢字で書くとよくわかるのだが、熱田に住んで仕事をする人たちだよ。

 ほら、観音寺にいる茂吉さん達のような人達の事だよ。

 これからは熱田にいないといけないからね。」


 「空さん、それで、誰を考えておりますか。」


 「店を任せられる人ってもう残っていないよ。」


 幸がひどいことを言い出したが、正しく正論でもある。

 我々が抱えている万年の不治の病である人材の不足が政治だけでなく商い方面でも顕在化してきた。

 商いの方は身の丈にあった商売を心がけていたはずなのに既に各方面から悲鳴が上がってきている。

 幸い寺で子供たちにしてきた教育がそろそろ実ってきているようで、年長者を優先的に各方面に応援という形で派遣できるようにはなってきている。

 あと5年、いや3年持てば、彼らが独り立ちして使えるようになるはずだ。

 昨年から同じ事を言っているような気がするのだが、ここは踏ん張るしかない。

 取捨選択を視野に入れると、そろそろ願証寺の門前での商いを縮小する方向でいいかもしれない。


 となると、商いでは張さんの次に一番頼りになる幸代さんが使えるようになる。

 そもそも今まで門前で使っていたのがもったいなかっただけだ。

 

 「大丈夫だよ。

 願証寺の門前での商売を見直そうかと考えている。

 すでに我々の商いはかなりの規模になっているよね。

 行商を辞めるつもりはないけど、いつまでも幸代さんたちに行商をしてもらうつもりはない。

 熱田にきちんとした拠点ができるのなら、幸代さんに熱田に移ってもらおうかなと考えているから。」


 「空さん、さっきから幸代さんしか名前が出てなかったけど善吉さんは?」


 「一緒に行ってもらおうかなとは思っているよ。

 善吉さんには熱田から門前に行商に出てもらおうかとも考えているよ。」


 「大丈夫かな?

 熱田からだと遠くならない?」


 「そこも考えているから大丈夫だよ。

 熱田とここ三蔵村との間の連絡を密にしないといけないから、小型の船を1艘、専用に熱田に置こうかとも考えているからね。

 その船を使っての行商になるかな。」


 「小型の船?」

 「そう、最初に作ったような小型の船を一艘、専用に使おうかと思っているので、近々造るよ。」


 「船はいいけど誰が扱うの?

 多分、善吉さんには扱えないよ。

 彼漁師の経験ないからね。」


 「熱田には数名の九鬼水軍の人を派遣してもらうつもりでいるから、そのうちのひとりに操船を任せるようにお願いもしておくよ。

 ま~~、どちらにしても2ヶ月以上の猶予があるから、その都度考える事にするよ。

 明日は早いからこれでお開きにしよう。」


 当面の課題は一応話し合われ、明日に備えて早く床に入った。


 明朝、日の出前だが明るくなりかけた頃に我々は三蔵村を離れ熱田に向かった。


 熱田では、日の出直後だというのにもう丹羽様の一行が待っていた。

 俺は一度熱田に上陸して丹羽様と挨拶を交わした。

 その際に、今回の丹羽様に同行するメンバーの紹介を受けた。

 メンバーは丹羽様と昨日話のあった木下殿とその弟の小一郎殿だ。

 彼が一部歴史ファンには有名な大和大納言になる秀長殿だ。

 伝聞のように温和な人柄が分かる雰囲気を漂わせている。

 後のメンバーは丹羽様の護衛になる母衣衆の前田殿と佐々殿だ。

 もうここだけで大河ドラマの撮影ができそうなメンバーだと俺が興奮していると、冷めた目で張さんに見られた。


 挨拶も済んだことだし、船に乗ろうかという頃になって、清須屋の主人が俺に頼んできた。

 「私だけでも、丹羽様一行について行ってはダメでしょうか?」


 「え?

 ご主人も行きたいと。

 次の便から定期的に船を出しますよ。

 無理していく必要はないのでは。」


 「いや、せっかく丹羽様が堺に行かれるのですから、私も一緒に堺の豪商に紹介にあずかりたいと。」


 「いや~~、そういう話なら私じゃなく丹羽様にお聞きください。

 あと一人くらいなら問題無く乗せられますから。

 あ、荷物は載りませんからね。

 たっぷり商品を載せることはできませんよ。」


 「分かっております。

 実は丹羽様にはすでにご了解は頂いております。

 空殿が了承くださればという条件ですが。」


 「え?

 丹羽様。」

 と言って丹羽様の方を見ると、丹羽様は無言で頷いていた。


 「わかりました。

 あまり遅くなりますと、堺につくのが遅れますからすぐに出ますがいいですね。」


 「大丈夫です。

 既に準備は済ませてありますから。」


 と言って清須屋のご主人は俺よりも先に船に乗ってしまった。


 船は順調に南下を続け、大湊や賢島の沖合を通過してここから陸地からやや離れて沖合を通る。

 賢島の先には熊野水軍の縄張りになる。

 熊野水軍とは敵対はしていないが取り込んでもいない。

 次の攻略ターゲットなので、しばらくは彼らを刺激しないように最近は沖合を通るようにしている。


 尤も沖合を通るようになってからの方が、船足が上がり堺までの所要時間が少なくなるというおまけまでついていた


 船は順調に進み日没には十分すぎるくらい前に堺についた。

 途中、丹羽様の一行はかなり青い顔をしておとなしくしていた。

 完全に船酔いの症状だ。

 無理もないことだろう、初めて船に乗ったような人たちばかりで沖合の波の荒い海を進んできたのだから。それでも堺についたら全員が気丈にもしっかりとした足取りで船から降りてきた。


 俺たちの船が堺に付くと、沖合に入る頃から連絡が行くのか、紀伊乃屋さんか能登屋さん、もしくはその両方の番頭さんが港まで迎えに来ているのだ。


 「こんにちは、空さん。」

 「あ、紀伊乃屋さんの番頭さん、こんにちは。

 なんだか久しぶりのような気がしますね。」


 「そうですね、最近空さんはここには来ませんでしたね。

 して、今日はいかがなされましたか。」


 「今日は紀伊乃屋さんと能登屋さんにご紹介したい方を連れてきたのですが、店主はおりますか。」


 「え~、すぐに店に使いを出しますが、どなたをご紹介されたいと。」


 「後ろにおります、丹羽様を紹介したく参りました。

 それに新たな商売についてもご相談したいと思っております。」


 「丹羽様でしたか。

 これは珍しい御仁をお連れいただきましたな。

 織田様のところの重鎮をいきなり連れてくるなんて、勘弁して欲しいですな。

 でも、ここは堺ですから、いきなりのお客様でも十分におもてなしはさせていただきますよ。」

 と言って、番頭さんは丹羽様の方に向かって

 「お初にお目にかかります。

 手前は紀伊乃屋で番頭をしております。

 すぐに店の方へご案内いたします。

 お連れの方もご一緒についていただけたらと思います。

 店では店主を紹介させてください。」


 「これは、いきなりの訪問ですまぬがよろしく頼む。」


 一行はそのまま番頭さんについて紀伊乃屋の店先まで案内されてきた。

 店先では丁稚たち総出で丹羽様をお迎えしていた。

 

 「これはわざわざ尾張からおいでくださりありがとうございます。

 手前はここで紀伊乃屋を営んでおります店主の惣五郎と申します。


 空殿のご紹介とあれば精一杯のおもてなしをさせて頂きますのでこちらにどうぞ。

 お連れの皆様もご一緒にお入りください。」

 

 店主に促され、店の奥の広間に一行が通された。

 そこで改めて俺が丹羽様を紹介して、熱田との間の定期便の開設について説明を始めた。

 

 流石に名うての商人である紀伊乃屋さんは目の色を変えて俺の話を聞いた。


 「ほな何ですか、空さんはこれから定期的に熱田までの船便を出されると言われるのですか。

 本当にすごいことを考えますな。

 で、その船便はわてらも使わせてもらえるということなんですか。」


 「船便は使ってもらっても構わないよ。

 三蔵の商いでもあるしね。

 でもしっかり船賃は貰いますよ。」


 「それは当たり前です。」


 「それと、熱田での商いについてはそこの丹羽様に聞いてもらわないと私にはわかりませんからね。」


 「堺の商人である紀伊乃屋さんが熱田まで来てくださるというのですか。

 それは歓迎したいとは思いますが殿の許可がいりますな。

 行商程度ならすぐにでも構いませんが、定期便も出るようですし、日を改めてこの件は話し合いましょう。」


 「会ってすぐに商いの話をしたんではあまりに下品でしたな。

 このあと、能登屋さんも呼んで歓迎の宴でも開きますから、しばらくここでお待ち頂けますか。

 何、時間はとらせませんよ。」


 そう言って店主は部屋から出ていった。

 俺を捕まえて一緒に。


 別室で能登屋さんを交えて話を聞きたいそうだ。


 あれ、俺はただ丹羽様を紹介して少しでも売上に貢献できればという軽い気持ちで考えていたのだが、なんだか大事になってきたような予感がする。


 やってしまったかも………

 


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