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正月を迎えるにあたり

 九鬼様たちが桑名に戻ってきたのは師走も中頃になってからだ。

 その頃には空から降る物に白いものが交じるようになってきており、竹中様が言うのには街道が雪で通れなくなる前に急いで戻ってきたそうだ。


 令和の時代にはこの辺は冬でもあまり雪は降らず、雪で街道が通れなくなることなどほとんどない。

 (まれ)に大雪で通れなくなることはどこの地域でもあることで、通常ではありえないのだが、この永禄の時代では、平均気温も低く、山深いところなら割と簡単に冬場は雪で道が塞がれる。

 九鬼様達が峠に着いた時には、既に峠には雪が5~10cmばかり積もっていて通り抜けるのに苦労したとこぼしているのを聞いた。

 なので九鬼様率いる隊列の全員が足元をかなり汚してはいたが、隊列そのものは立派に見える。

 ここを出発した2ヶ月前にはバラバラな印象を受けた隊であったが、今は見違えるように立派に隊列を組んで桑名町民の出迎える前を行進していく。


 大和や京都での活動で自信を持ったためか、彼らを率いる九鬼様の幕府や朝廷からの叙任のためかは知らないが自信や誇りに満ちており、今の状態を見る限りにおいては十分に戦国大名の軍隊といっても言い過ぎではないだろう。

 尤も彼らは今までまともに戦をしたことがないのだから実際に他の勢力と戦ったらどうなるかは未知数だ。

 当然、俺も九鬼様もそんなギャンブルはするつもりなどないし、なにより当分戦もないだろう。

 強いてあげるなら三好勢との戦の危険性もないこともないのだが、それにしたって彼らには出番がない。

 九鬼水軍が主力になるだろうし、雑賀党だけで足りる。

 それになんといっても戦があっても我々は応援での出陣だ。

 彼らには地域の安全を守ってもらうくらいしか仕事がなさそうだ。


 話があちこちに飛んでしまったが、なんにしても無事の帰還で安心した。

 九鬼様たちの行進は以前に陣を置いていた寺の境内までで、そこで帰還の挨拶を行い隊列を解散させた。


 しかし、なんで桑名に戻ってきたのかな。

 九鬼様の本拠地は大湊に置くことに決めており、現在も城下町を整備しているはずなのだが、腑に落ちなかったら、九鬼様が藤林様ほか重臣たちを連れ三蔵寺まで俺を訪ねてきた。


 ここに戻ってきた理由が俺への報告のためだったとか、いい加減勘弁して欲しい。


 寺の本堂をお借りして、九鬼様ほか政に関係している三蔵の衆に属する重臣全員を集め今回の上洛の報告を受けた。


 無事事前の約束通り、松永勢との軍事同盟が伊勢志摩を領する九鬼勢と結ばれたことの周知のために、大和に入るとすぐに松永勢との合同の馬揃えを弾正様のご城下で行い、その後すぐに上洛して、将軍様から守護職の任命を受けた。

 また、しばらくすると今度は朝廷から勅使を迎え、無事に志摩の守の叙任を受けた。

 返礼として持ち込んだ献上品を帝だけでなく、鷹司家までも持ち込んだ。

 かなり評判が良かったらしく、他からの要求も出てきたようなので、急遽堺から干物や酒類を調達して、あちこちの公家衆にもバラ撒いたそうだ。


 バラ撒き先は弾正様や本田様とも十分相談して無駄打ちのないように考えながらであったそうなのだから、京都ではかなり弾正様たちに助けられたようだった。

 それにしても今回の上洛にはかなりの出費が伴ったようで、九鬼様だけでなく竹中様あたりもかなり心配していた。


 お武家様たちは一年に1回しか入らない年貢や、各地に作っている関所からの通行税、九鬼様のような水軍衆でも海賊働きによる収入しか銭の入る機会がないので、今回のようなイレギュラーの出費を酷く恐れる。

 収入のほとんどを年貢に頼っているので、今まで蓄えている銭を使い切ったら次の年貢までは苦しいことになることを酷く恐れていたのだ。

 尤も恐れるだけましだ。

 北畠のように銭がなくなればほかから乱取りすればいいと考えるような連中もかなりいるので、そういった連中の末路を見ている我々には十分に危機感がある。


 お金については稼げばよく、とにかく作れば売れるような状況の干物があるので、増産を急がせることにすれば大丈夫だと俺から説明しておいた。


 全員が半信半疑のようではあったがとりあえず納得してもらった。

 ここでいちいち帳簿を持ち出して収益予測を説明してもしょうがないし、理解もできないだろう。

 本当は、ここにいる全員が大体ではあるが自分たちの財政モデルをきちんと理解してくれればいいのだが、これは追々の課題ということで、ここで報告会を終えた。


 では解散となるかといえば、実はここからが集まった本当の理由だった。

 九鬼様が俺に聞いてきたのだ。


 「殿、次の正月はいかがしますか。」


 「いかがしますか?

 なんの事を言っているのですか。

 次もここでみんなとお祝いをしますよ。

 そういえばそろそろ餅つきの準備をしたいですね。

 今年の正月は年が明けてから餅つきをしたために鏡餅を作るまではいかなかったよね。

 なので、今回は年の瀬にきちんと準備をしたいと思っていますよ。

 それが何か。」


 「いえ、そういった話じゃなくてですね。

 何と言ったら良いか、」

 竹中様から助け舟が出て、

 「ですから、配下の武将から受ける年賀の挨拶とそのあとのお祝いの酒宴についてですけれど、どうしたらいいかと相談に上がりました。」


 「そもそも、今度の正月のお祝いをどこでするのですか。

 流石に昨年のようにここではできませんよ。」


 「へ?

 なんで、ここじゃまずいのですか。

 だってここは三蔵の衆の本拠地のような場所じゃないですか。

 昨年から比べたら急激に仲間も増えましたが、まだ大丈夫でしょう。

 入らないことはないでしょう。」


 「いえ、我々は既に伊勢志摩60万石以上を領する大大名家であります。

 集まる配下だけでもかなりの数になるかと。

 しかしながら、まだその本拠地が定まってはおりませんので、どこで年賀の集いを行うかを早めに領内に通知する必要があります。

 でないと正月早々に領内に混乱が生じます。

 賢島に集まる人や大湊の建設中の城に集まる人、はたまた、先に解散した陣を置いていた寺に集まる人などそれこそ収拾がつかないことになります。

 なので、ここで年賀の集いについてきちんと取り決めたく集まってもらった次第です。」


 「え?なんで俺が、だって今言っているのは隊列に参加してくれた人達の事だよね。

 それこそ九鬼様が決めればいいのでは。

 あ、それから、忙しい人は無理してここに来ることないからね。

 ここで開くお祝いの席はみんなでお餅や雑煮を食べなら一年の抱負などを語って楽しむだけだからね。」


 「殿、配下の者たちへの挨拶は如何がなさると。」


 「流石に三蔵の衆以外への挨拶を私がするのはまずくはないですかね。

 そもそも私の存在はないことになっているはずですが。」


 「賢島で挨拶を受けたと豊田から聞いていますが。」


 「賢島の件ですが、そもそも志摩攻略の時に私が最後を締めたことがあってでしょ。

 なので賢島周辺ではごまかせませんので挨拶を受けましたが、以前のお取り決め通り政の長は九鬼様で頼みますよ。

 なので、配下になった者たちへの新年の挨拶はそちらで頼めますか。」


 「そうですね、今回の上洛でもご一緒しませんでしたし、急に我らの上に殿がいると知ると大騒ぎになるやもしれませんね。

 わかりました、九鬼様、今回の年賀の件は我々だけで行いましょう。

 問題はどこでするかということだけですかね。」


 現状で集まる場所を基準に考えるのならば、まず一番に候補として上がるのが賢島にある城だ。

 ここはほとんど整備も済んでおり配下を集めても何ら不都合は出そうにないが、如何せん場所が悪い。

 九鬼のような水軍衆にはほとんど気にはならないように船で行くには便が良いが、陸路は最悪の場所にあるのだ。

 最初からここに拠点を定めたのも北畠の攻撃から少ない人数で守りきれるようにと離島に拠点を置いたのだ。

 当然伊勢の各地から賢島に人を呼ぼうにも時間がかかりすぎてよろしくない。

 次に考えるのならば、ほとんど無血で占領した霧山城だ。

 ここは北畠の居城が置かれていた場所で、ここも配下を集めても格式から言っても問題はないが、ここも便の悪い場所に有り、また、我々がほとんど利用していないので今から使うのにも面倒がかかる。

 ではいっそのこと桑名で陣を置いていた寺を使うかというのも意見として上がったが、これには俺が反対した。

 桑名とここ三蔵村では近すぎる。

 俺の存在を知っている少なくない人もいるので、ついでにここまで挨拶にこられては面倒であるし、三蔵村を知らない連中がここになだれ込んできて村人と面倒を起こされても大変だ。

 そこで俺は大湊にある建設中の城のそばの寺を借りることを提案したのだ。

 神宮そばにある斎宮寮の跡地がほとんど手つかずなのでそこも考えたが、勝手に使うのは恐れ多いので、できるだけ寺を借りる方向で。


 すったもんだの末に大湊で翌年の正月3日に年頭の挨拶を行うことで触れを出した。


 武士連中の正月についてはこれで俺から手が離れ、俺はここでの正月の準備に入ることにした。

 葵に玄奘様を呼んできてもらい、玄奘様に色々と相談に乗ってもらった。

 その結果決まったのが、正月の元日にここで昨年同様に村人を集め年賀の会を開くことになった。


 賢島周辺についてだが、結局九鬼様に泣きつかれたこともあり、小正月に俺が挨拶を受けることで落ち着いた。

 尤もこの時には九鬼様も同席してもらい、九鬼様に挨拶をしてもらう格好を付け、俺は陪席にて見守るということで折り合いをつけた。

 でないと伊勢との間で差が生じるのであまりよろしくはない。


 これでとりあえず正月を迎えるにあたり取り決めることは全て決めることができた。

 なんだか非常に疲れた。

 なんで正月を迎えるだけでこんなにも問題が出るのかと言うくらいにめんどくさいことばかりだ。


 なにせ初めてのことで、これからは今回が基準になるのだとかできちんと決めていくのだとか言っていた。

 

 そういえば俺がこの世界に来てまだ2度目なんだよな、正月を迎えるのは。 

 なんだか今年は昨年以上に色々とあって10年くらい過ぎたような気がするが、あれから1年しか経っていないのだ。

 この一年で、流浪してた九鬼様達がいまでは60万石を有する大大名だから戦国時代はわからない。

 ま~俺はこれからもそうは変わらないとは思うが、来年はもう少しゆったりと時間を過ごしたいとは思う。

 これは俺の来年の抱負だな。


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