轟音轟く2門の大砲…うそじゃないよ
日も沈み、あたりはすっかり暗くなってきた。
我々の周りには陣幕を広げ、中には大きな机に絵地図で戦術の検討、周りに床机椅子を侍の分だけ並べ、さらに周りの暗さに負けないくらいにかがり火をガンガン焚いていた。
………
ごめん、見栄を張りました。
我々はかがり火どころか陣幕すらまだ持っていなかったので、大きめの焚き火を炊いてその周りに直座りして屯っていた。
見栄を張った時の絵面がテレビドラマである戦風景の場面でお馴染み、中央に控える大将が武田信玄ならばそれこそ絵になるようならば、今の絵面はこちらもテレビドラマでお馴染みの風景だが、こちらは山賊の集まりにしか見えない。
まわりに屯っている連中も誰ひとりとして甲冑を纏っているものがおらず、俺がどう贔屓目に見てもやはり山賊にしか見えない。
落ち着いたら全員の甲冑と何よりテレビドラマの再現できるような備品類を揃えることを心に誓った。
流石にこの風景はないわ。
「殿、どうしたんですか。
肩など落として…うらぶれていたようですが。」
「ん。
何でもない。
それよりお使いご苦労様でした。
向こうの様子はいかがでした。」
「はい、それより松永様より御使者をお連れしましたので、直接お聞きください。
御使者殿、こちらにお越し下さい。」
「空さん、久しぶりではないな。
最近はよく会うな。
こんばんは。」
「え~~、本田様。
ど、ど、どうしてあなたがこちらに。
あ、すみません。
こんばんはですね。」
「殿からの言伝を預かってきた。
せっかく空さんが直に応援に来ているのだからきちんと挨拶をしたかったのだが、あいにくそうもいかないので私が代理を仰せつかった。
殿から『律儀に約定を守っていただきかたじけない。
このお礼は後できちんと果たすから、明日は十二分に活躍を頼む。』と言われている。
でも伝令から大砲を打ち込むと聞いたときなど驚いたぞ。
我々はてっきり雑賀衆の鉄砲組の応援をいただけると思っていたのだから、殿はとても感謝していたぞ。
あすは頼むな。」
「あ~~、はい。
かなり期待値が大きそうなのに水を差すのは気が引けるのですが、あの大砲ほとんど虚仮威しですよ。
当たれば被害は当然大きいものですが、命中する精度にやや難が有り、我々は今まで敵を脅す目的にしか使ってきておりません。
でも、言い訳じゃないですが付近に弾が落ちただけでもかなりの脅しにはなります。
なので、あす朝一番に大砲を打ち込みますが松永様の陣を少し下げておいてください。
なにせ的を外す方が多い大砲ですから間違っても松永様の陣に落とさないとも限りません。
それを伝えに伝令を出したのですが、本田様が来て下さり助かりました。
あすの件で少しお話があります。」
「あ~、私も殿も国崩しの威力と命中精度に関しては聞き及んでいるから心配するな。
して、相談とは何かな。」
「はい、先程も申しましたとおり、あの大砲の目的は敵を脅かすことなのです。
あす朝一番に大砲を十数発打ち込みますから、経験のない人たちはかなり慌てるかと思います。
こちらで大砲を撃ち尽くしたら狼煙を上げますのでそこで攻め込んでください。
門の周りには人がいなくなっているか慌てて戦どころではなくなっていると思いますので門を破ることが出来ると考えております。」
「その大砲で直接門を狙ってはくれぬか。」
「こちらとしてもそのつもりなのですが多分当たりませんよ。
最初の数発は脅しを兼ねて寺の中程を狙って打ち込みます。
的が大きいので寺の中には弾が入るとは思いますが。そのあとで門のあたりを狙います。
これしかお約束ができませんがいいですか。」
「それで構わない。
我々は空さんからの狼煙を確認して攻め込めばいいのだな。
でも、殿が我慢してくれるかどうか…。」
「それならば、そちらが判断して攻め込む際には狼煙を上げてください。
狼煙を確認したならばこちらの打ち方をやめます。」
「お~~、それならばいいな。
それでいこう。」
「あと、こちらの弾薬なのですが、大砲一門あたり20発しかありませんので、大砲2門ですので40発まで打ち込めますし、そちらからの狼煙がない限り全部打ち込みます。
なので、弾切れの場合もありますがその点はご理解ください。」
「何40発も打ち込んで下さるか。
それだけ打ち込んでもらえればこちらとしては申し分ない。
なにせ今回の応援も無理を言っていることは理解している。
何度も言っているが今回の件はとても感謝している。
……しかし空さん、話を変えてしまうが、この陣はもう少しどうにかならないか。
私だからいいが、ほかの勢力の使者が来たら絶対に舐められるぞ。
どこから見てもこれじゃ~山賊の集まりにしか見えないぞ。
なんできちんと陣を張らなかったのかな。」
「う……、私もこの場面を見て同じように感じました。
しかし、私たちは少し前まではそれこそ山賊とあまり変わりのないような状態でしたので、正直陣幕だけでなく旗印すら持ってはいないのです。
伊勢が落ち着いたらきちんと準備してもらいますから今回は見逃してください。
しかし、今回連れてきた人たちは私たちの精鋭であり、ある意味私たちの主力なのです。
ごく最近になって士分に取り立てられたものたちばかりなので侍装束も持っていないものばかりなのです。
見栄えのする人たちは北伊勢あたりを回っていて今回は連れてきていません。
なにせ我々の仲間で見栄えのする人たちはごく最近になって九鬼様についた地侍や豪族の方ばかりで、正直使えない人が多いものですから今回の応援には不向きと誰も連れてこなかったのです。」
「こりゃ手厳しい評価ですね。」
「はい、なので彼らにはそれこそ張子の虎じゃないですが囮のように敵や領民によく見えるようなことしかさせておりません。
今までも実際に戦うのはここに連れてきた彼らが主体となって鉄砲や大砲での攻撃をしておりました。
なので、今回も戦力としては申し分ないくらいだとは思っておりますが、ご指摘の格好がね~~~。
とにかくここが落ち着いたらきちんと揃えさせます。
立ち振る舞いもきちんと教えて彼らが恥をかかないようにはさせますので、今回はみなかったことにしておいてください。
その代わりに明日は派手に行きますので、敵の戦意を十分に削いでみせます。」
「期待しているよ。
では殿に報告に戻るとするか。」
「夜道なので、案内を付けますよ。
うちには士分の格好をしたものはいませんが優秀なものが多いですから、夜道も慣れているのがおります。
そのものを付けますので安全に陣までお送りします。」
「それは助かるな。
では頼むとするか。」
と言って藤林様の配下数名を付けて本田様を見送った。
翌朝、打ち合わせのとおり松永様の陣が下がったのを合図にここから大砲2門を出来るだけ派手に打ち続けた。
成果の程は予想の範囲通りでなかなか当たらないのだが、数発が門の横の壁には命中しており、敵の僧兵の連中はかなり驚いているようで既に門を守っていた連中は逃げ出していた。
こちらの弾薬も半分を切った頃になると松永様の陣の様子に変化が現れた。
攻め込むつもりの準備を始めたようだ。
俺は手隙の者に松永様の陣からの狼煙を見逃さないように注意して監視をしてもらった。
松永様の陣からは結局狼煙は上がらなかったが松永陣営の兵士が一斉に敵の陣をめがけて攻め込んでいった。
松永様の陣から敵の守る門までは少し距離があり、また、我々の打つ大砲の命中精度もそれほど悪くなかったので今すぐに松永様の兵士たちにたまを当ててしまうことはなさそうなのだが、彼らが門に近づいたらその限りではない。
松永様の考えそうなことで多少の被害が出ても大砲を打ち続けている間に門に取り付いて一挙に門を破ろうとしていることが直ぐにわかった。
日露戦争当時の203高地攻略映画のようにだ。
多分そのほうがトータル的な被害は少なくなると思うのだが、こちらとしては後ろ弾を当てるようで気が気じゃない。
松永様との約束を守るにはこのまま大砲を打ち続けるしかない。
砲兵の取りまとめをしている者も松永陣営の様子に気がついて俺に聞いてきた。
「殿、どうしますか。
流石に彼らに当てずに大砲を撃つことなんてできませんよ。」
「わかっているよ。
でも約束があるしな…」
俺は爪を噛みながら考え始めた。
彼らが門に取り付くまでにはあと30分近くはかかるだろう。
既に弾薬も半分は切った。
「そうだ、大砲の弾を撃ち尽くしてしまえばいいのだ。
大砲を撃つ間隔を詰めて彼らが門につく前に弾を撃ち尽くしてください。」
「狙いをつけながらだと今の間隔でやっとですよ。
ちょっと難しいかもしれませんね。」
「狙いの修正は必要最小限にしてください。
とにかく今は打つ間隔に神経を集中してください。
門に弾が当たらなくともいいですから、弾を撃ち尽くすことだけを考えてください。
でも間違っても松永様の陣には打ち込まないようにだけは気をつけてくださいね。」
「それくらいならばやれそうだ。
わかりました。
直ぐにそうさせます。」
と言って砲兵たちに指示を出していった。
流石に我々の中では大砲に精通している連中だけあって指示が変わった途端に大砲を打ち出す間隔が途端に狭くなり、釣瓶打ちといってもいいくらいの迫力があった。
大砲の打ち方が変わった途端に寺にこもっている僧兵たちの様子もさらに変わってきた。
もうすでに戦どころでは完全になくなっている。
雑な狙いなのだったが、運命のいたずらかそのうちの一発が見事に門にあたり、今まで松永勢の侵入を頑なに拒んでいた門が完全に壊れた。
どうやら最後の一発であったようでこちらが用意した弾薬を使い切ったようだ。
砲兵たちが大砲の手入れを始めた。
孫一さんが率いる雑賀党の皆さんが協力してくれて合図の狼煙を上げて俺らの仕事が終わった。
今回の雑賀党の皆さんは鉄砲の弾一発も撃ってはいない。
俺らの警護が仕事であったのだ。
そういえば雑賀党をあげて我々に協力してくれて正直非常に心強かったのだが、本格的に伊勢攻略が始まってから雑賀党の皆さんには鉄砲働きはしてもらってはいなかった。
彼らの功績を減じるつもりなどいささかも無いのだが、こういう戦争もあるのだなとしみじみと感じた。
今回の伊勢攻略を振り返るにはまだ早いのだが、今回は非常に運が良かったのだろう。
初期メンバーの誰ひとりとして傷すら負っていない。
しかしその結果得たものは大きく伊勢の一国そのものを頂いてしまった。
九鬼様を始め竹中様や藤林様にはこのあとも大いに頑張ってもらわないとダメだが、俺はそろそろ政からは離れて行きたいと考え始めた。
どうなるのかはわからないのだが、長島の一揆にはとりあえず間に合った。
良かった良かった??