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僕たちは異世界と未完成の上で踊る。  作者: 紺野 定
第一章 コアと異世界の本質
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第一章 11『対峙Ⅱ』


能騎士のうきしを討つべく村を出て森に入ったアカネたちは、異様なまでに肌に浸透してくる威圧を森全体から受けていた。しかしその根源は未だ発見できず、森に入って三十分程経った今でも時折不意打ちのように木々の間から襲いかかる心吸狼たちとの戦闘のみが繰り広げられていた。


「やあああっ!!」


激しい気の高ぶりと同時に体内から湧き上がる力を感じ、手にした短剣を力一杯横軸にふるうと、透き通った清白せいはくな薄水色の光が剣身から放たれた。その光は自分たちの目の前を昼間のように明るく照らし、視界を濁していた不気味な形をした木々を一斉に薙ぎ倒した。

今までの一連の動きは、この世界で言うコアというものを用いた戦闘技術なのだが、それを使用した後に全身に走る血液を一瞬だけ冷ますような感覚が、言葉に出来ないような不快感を演出していた。



「おい、アカネ。視界を確保してくれるのはありがたいが、コアの使用は控えとけ。この先体力が持たなくなるぞ」


自分の側方を走っていたオウセンが、その様子を見るやこちらに距離を詰め注意を促してくる。私はそれに応えるように短剣を鞘にしまうと、体力温存のため半歩下がって前進を続けた。

周囲の状況は一見して変わらない。ただ暗い森の中を人が三人、我武者羅がむしゃらに走り続けているだけだった。


「オウセンさん。これ、いつまで続けるんでしょうか」


早速先程の力の行使が影響してか、少しずつ息が上がり始めた私はついに思っていたことを口にする。彼にどんな考えがあるのかは分からないが、延々と森の中を走らされているだけだとコアを使用せずとも体力が限界を迎えてしまう。

それを察してか、オウセンは考えと反してまだ余裕のある足を無理矢理止め、私とワカナが数歩遅れてその場に到着するのを確認したところで、私がしばらく待ち望んでいた言葉をついに言い放った。



「まあ、これだけ動き回れば十分だろう」


急に動くのをやめたことで早まる鼓動を中腰になって落ち着かせながら、それでも尚周りの気配を探る。オウセンが何を目的で走り回っていたのか分からないくらい、依然として森の中は静かな殺気に包まれていた。

すると、少し後ろの方で自分と同様に呼吸を落ち着かせていたワカナが、まだ荒い呼吸を吐き出しながらオウセンに近づく。


「お父さん。これで本当に来るのでしょうか」

「ああ、奴がこの森に潜んでいるなら出てくるだろうぜ……文献通りに俺は動いたからな」


どうやら何を思って動いていたかはヒナワ親子は理解しているらしい。文献の話が出てきたあたりやはり能騎士についての事なのだろうが、毎度のように何も知らされていない私は彼らに不信感を抱きつつあった。


「私は何も知らされていないんですが、これから何が起こるんですか?」


少しばかり腹を立てた様子でオウセンとワカナに尋ねる。すると彼らは、一瞬戸惑いながらも先ほどの文献について溜息混じりに少しだけ語ってくれた。


「本当は部外者に文献の内容を口外するのは禁じられているんだが、アカネは奴の狙いでもあるしな……このまま説明しないってのも逆に危険か」


オウセンはそう言って自分の着物の内側から、端々が切れ目によって捲られた年季の入った巻物を取り出し、それを勢いよく開くと私の方に手を押し出すように差し出してきた。そこには不気味な生き物の墨絵と一緒に読めないほど小さく書かれた言葉らしきものが綴られていた。

渋い顔をしたまま硬直している私の姿を見て、オウセンは書かれた内容を言葉にして説明する。


「能騎士は普通の心吸狼じゃねえって話はしたな。そう、奴は普通じゃねえ。一般的な奴らの嗅覚で追える臭いの十倍薄まったものまで嗅いで追跡することが可能らしい」

「じゃあ私たちが走り回ったのって……」

「俺たちの臭いを森中に散布して回ってたのさ」


つまり、先程までの私たちの行動は能騎士のヘイトを稼ぐための行動だったらしい。いくら口外禁止の書物だからといってそんな危険なことを何も知らされずにやらされていたと思うと恐ろしい。


「そういうのは予め行ってくださいよ!」

「すまんすまん、悪かったって!」


不満を全力でぶつける私を、オウセンが両手を使って静止する。今後隠し事はしないでくださいねと彼らに告げた後、私は頭上に空いた僅かな葉と葉の間から覗く満月に気づき、真下から見上げるかたちをとる。

彼……ミキトくんはどうしているだろう。と、ふと村に置いてきた彼の事が頭を過ぎった瞬間にワカナが私を思い切り押し倒す。いきなりの出来事に驚き悲鳴を上げそうになるが、ワカナの必死の形相が僅かに視界に入り動揺する。と、同時に押し倒された後ろに生えた巨木を鋭利な槍が轟音を響かせながら貫通した。


「アカネ、逃げますよ……!」


倒れたワカナは直ぐに体勢を立て直し、私の手を取る。それに習い、急いで立ち上がった私の背後には既に先程と同じような槍がこちらに向かって伸びてきていた。

瞬時に対応しようと私が腰の剣に手を伸ばすも、それは一瞬で私との間合いを詰めてくる。


「―――っ!!」


思い切り後ろに身を引くが、それを越える速さで伸び続ける槍が私の喉を掠める。死を覚悟したその時に、その槍は凄いスピードで金属音を響かせながら、暴風と共に横に弾かれる。

ほんの少し身を引くのが遅れていたら、確実に死んでいたという恐怖に目が涙を含みながらも私の命を救ったと思われる人物の方へ死に物狂いで合流する。


「すみませんオウセンさん……!」

「ああ、ワカナの方も大丈夫か?」

「はい、平気です」


標的から目を離さないように私たちの安否を声だけで確認してくるオウセンは、彼の愛刀だと思われたドスを手にしておらず、代わりに濃い緑色を纏ったチャクラムが二つ、風きり音を立てながら彼の人差し指を軸に回り続けていた。

じっと遠くに殺意を向けたままチャクラムを構えるオウセンの後ろに隠れるようにして、彼が見つめる先に佇む大きな影を凝視する。すると、そこにいたのは―――。


「―――人?」


それは、一般的な心吸狼の二倍ほどありそうな巨大な影の上で揺れる人影だった。


「いや、あれは人じゃねえよ。あれが能騎士だ……」


オウセンの言葉の真偽を確認すべく、目を凝らしそのシルエットをもう一度見つめ直そうとオウセンの前に一歩足を踏み出したその時、その影は大きく上に伸び人影と思われたものの目の辺りが大きく赤色に輝いた。


グルオオオオオオオオオォォ!!!!


突如として、鼓膜を揺らす低い轟音にあたりが包まれる。それは、心吸狼の遠吠えによく似ていた。

それを聞いたオウセンは両手で回したチャクラムの回転をより一層早くし、ワカナに短く指示を出す。


「ワカナ、コアを絞れ!『火縄ひなわ』を使うぞ!」

「わかりました……!」


そう言うと二人はそれぞれの扱うコアを、集中して自分の周りに纏い始めた。オウセンは濃い緑色の、ワカナはだいだいに近い明るい赤色の粒子が体を覆い尽くす。

その間に巨大な影はこちらに向かって突進してきていた。二人のコアによって、徐々にその姿が明確に判断できるほど明るく照らされ始め、その影はやがて影を失った。

私の目に映ったのは、その狼のような顔に付いていた筈の目は傷によって両目とも機能しておらず、心吸狼の特徴とも呼べる尻尾の蛇も途中で切断されているなんとも弱々しく思える姿だったが、その二つの欠点を補うようにして背中から生えている人の形を模した鱗の集合体のようなものが、能面のような不気味な顔から発せられた奇声と共にこちらへ突進して来るなんともおぞましい姿だった。さらにその背中の人型ひとがたの両手には、先程私たちを襲ったと思われる二本の槍のようなものが生えているのが確認できた。


いや……」


私が現実離れしたその姿に怯んでいる間に、ヒナワ親子は声を上げ迫り来る化物に攻撃を仕掛けていた。


「はああああああ!!!」


先程まで二人の体を包んでいた粒子は、お互いの手の平に集合し始め、すべての粒子が残らず集められたところでオウセンから合図が出される。


「撃て!!!」


その言葉を放った直後、先にワカナの手から濃縮された赤色の光が放たれふわふわと宙を漂い始める。タイミングを見計らった様にオウセンの手からも光が放たれると、その二つの光はやがて大気中で交わり、高速で能騎士へと突っ込んだ。

もろに真正面から攻撃を食らった能騎士は流石に効いたのか大きく体を仰け反らせ、悲鳴を上げる。着弾したにも関わらず未だに暴発を繰り返す二人の合わせ技によって辺りはあっという間に火薬と煙に飲み込まれた。が、そんなことなど気に止める様子もないまま二人は能騎士へ追い打ちをかけ続ける。

一度だけ響いた化物の重苦しい声は既に周囲に漏れておらず、その追撃によって無事に能騎士の討伐に成功したかと思われた。

能騎士の生存を確認するべく、オウセンがコアを使い撒き散らされた爆発の残りかすを上空へ舞き上げる。

しかし、そこにあったのはただの心吸狼の無残な死骸だけだった。


「変わり身……そんな知能もあるのか?」


信じられない様子でオウセンが呟く。その時私は、遠くから甲高い笑い声が響いているのを聞き、能騎士に逃げられたことを悟った。その声はワカナの耳にも届いていたようで、未だ身構えていた彼女も体勢を整える。


「お父さん、能騎士に逃げられました。急いで追いましょう」

「ああ、早くしないとまた被害が増えちまう。奴がどっちに行ったかわかるか?」

「こっちです」


二人は早々と会話を済ませ、能騎士を追い始める。私も後を追おうと咄嗟に引き抜いていた短剣を腰にしまい直そうとしたとき、目の前に転がった心吸狼の死骸が塵となって消え、中から綺麗な石が現れたのに気がついた。


「何これ……」

「アカネ、どうしたんですか」


遅れを取っている私を急かしに戻ってきたワカナに死骸から出現した謎の石について説明をする。それを見たワカナは緊迫感を纏った表情を崩さないまま、私に淡々と説明する。


「ああ、それがコアですよ。具現化されたコアです。この世界の生き物は命が尽きると体内からコアが抽出されるんです」

「じゃあこれは心吸狼の……?」

「はい、命の玉です」


再びこの世界で直面した不可解な出来事に、意味もなく悲しい感情を覚える。この玉の事をワカナは命の玉と言ったが、私がもし死んでしまってもこれは現れるのだろうか。この心吸狼の様に跡形もなく消えてしまうのだろうかと考えるとやはりこの世界は怖い。

またもや振り返しそうになるホームシックな感覚を無理矢理振り払い、目の前で起きる現象に向き合う。

すると、私の様子を見ていたワカナから一つ注意事項が追加された。


「下手に獣のコアに触らないほうがいいですよ。命を落としたものから現れたコアは、他の人が手にするとその人の体内に取り込まれるので」

「え!私触ろうとしちゃってたよ危なかったあ」

「大丈夫ですよ、余程純粋なコアを持ってない限り心吸狼のコア如きじゃ影響なんてありませんから。むしろ漢方みたいなものです」


なのでアカネは平気です。と、慌てる私にワカナは笑いながら、からかう様にそう告げる。張り詰めた空気が一変して少し和やかになったところで私たちから少し離れたところにいるオウセンから早く合流するよう急かされる。

私は念の為心吸狼が残したコアに触れないように、ワカナと一緒にその場を後にした。初めて対峙した能騎士との戦闘は、私のシャツとスカートに火薬の匂いを染み付かせ、一つの命を犠牲にすることで一旦幕を閉じることとなった。



(毎回あとがきを書くのはなんか違うような、そんな感じもしてて実際に指摘もありましたので、今後小説に区切りが付くごとにあとがきを書くようにしていきたいと思います)

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