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それから3日間、お姫様は、臭いのこもった狭い部屋で、媚薬をかき混ぜ続けました。おばあさんは時々やってきて、薬を調合したり、呪文を唱えたりしていましたが、夕方までには出かけてしまい、夜は戻ってきませんでした。ヤクも夕食の後、小屋に鍵をかけてどこかへ行ってしまいます。夜の間、お姫様はずっと一人でしたが、鍵がかかっているので外に出ることはできませんでした。
3日の間に体も大分慣れ、初めの頃ほどきつくはなくなりましたが、気持ちも緩んできたようで、同じ作業の繰り返しに、すっかり嫌気がさしてきました。鍋の把手に頬杖をつき、棒で水面をぴちゃぴちゃ叩いていると、突然おばあさんが入ってきました。
「何をしている。さぼっていると、こうだよ!」
おばあさんは、小柄な外見からは想像も出来ないような、強い力でお姫様を引きずり、床に押し付けると、杖の先で何度も叩きました。しばらく折檻を続けたあと、ようやく気が納まると、低い笑い声をあげました。
「辛いかい、悲しいかい。お前の涙は薬の効き目を高めるのさ。たんと嘆くがいい」
そうして、うずくまったまま動かないお姫様の顎を持ち上げ、顔を覗き込むと、とたんに顔を顰めました。
「何だ。お前の心は欠けているじゃないか。つまらないことだ」
鍋の中に媚薬の材料を追加すると、おばあさんはさっさと出ていきました。
次の日、おばあさんは朝早く現れると、お姫様とヤクを連れて森に入りました。「薬の材料を集めるんだよ」
お姫様とヤクは布の靴を履き、大きな籠を背負って、おばあさんの後をついて歩きました。朝露を乗せた梢がきらきら光り、爽やかな風が頬をくすぐります。何日も、狭い部屋の中でひどい臭いを我慢していたお姫様は、生き返った心地がして、深呼吸をしました。
おばあさんは所々で立ち止まり、草や茸や木の根っこを指さしました。ヤクがそれを取っては背中の籠に入れていきます。お姫様もそれに倣いました。時には蝶やカエルを追いかけたり、岩を削ったり、ヤクが落とした木の実をお姫様が拾ったりしました。色も形も様々な植物や、鉱物、珍しい生き物に、お姫様は夢中になりました。楽しくて、時間を忘れるほどでした。ほどなく薬草の特徴を覚えると、自分で見つけて摘んできてはおばあさんに確認し、籠やポケットにしまいました。
籠いっぱいに材料が集まると、三人は小屋に戻りました。お姫様はうきうきとした様子で集めた物を取り出しました。籠の中をうまく仕分け、シャツのポケットも利用して、材料どうしがなるべく混ざらないように工夫していました。薬草は種類ごとに分け、草のつるで束ねています。
「これがニガヨモギ、カミツレ、それにオトギリソウ。図録で見たことがある」
ぶつぶつとつぶやきながら台の上に薬草を並べていくお姫様を眺めていたおばあさんは、次にヤクをじろりと睨みました。ヤクは何でもそのまま放りこんでいたので、籠の中はごちゃごちゃになっていたのです。おばあさんは、お姫様に向き直り、聞こえよがしに言いました。
「なるほど、お前は役に立ちそうだね。どこぞの半端ものとは大違いだ」
ヤクはびくりと体を揺らし、収穫物に夢中になっていたお姫様は顔を上げました。おばあさんはヤクを指さし、吐き捨てるように言いました。
「こいつは獣人と人間の女との間に生まれた出来損ないだ。変化の力も持たず、捨てられて死ぬところだったのを拾ったのさ。さあ、役立たずはあっちへお行き」
ヤクをぞんざいに追い払うと、おばあさんはお姫様に仕事を手伝わせた後、こう言い置いて小屋を出ていきました。
「明日は町の貴族の屋敷に薬を持っていくからね。お前も一緒に来るんだよ」
その日の晩、お姫様はヤクと向き合い、気まずい気持ちで夕食をとっていました。何か言わなければと思いながらも言葉が見つからないでいると、ヤクが不機嫌そうな顔を向けました。
「おばばにちょっと褒められたからって、いい気になるなよ。どうせお前は・・・」
そこまで言って、突然言葉を切ると、横を向いてしまいました。続きが気になりましたが、それよりも、口をきいてもらえたことにほっとしました。
「ヤクは、おばあさんが好きなの?」
そう尋ねると、ヤクは鼻に皺をよせました。
「だれが!あんな人使いの荒い、根性の曲がったばばあ!・・・助けてもらったから、手伝っているだけさ」
「おばあさんに、拾われたんだね」
「・・・一人でだって、生きられたんだ。でも、感謝はしてる。森の掟を教えてくれたのは、おばばだ」
「森の掟?」
「人間には、関係ない」
ヤクだって、半分は人間の子供でしょう、という言葉をお姫様は飲み込みました。
「魔術や薬も、ここで生きるのに役に立つ。誇り高い狼の血を引く獣人には、敵も多いからな」
お姫様は少し心配になりました。
「『変化の力』が無いって、おばあさんが・・・」
「そんな事ない!」
ヤクは両手で机を叩きました。
「うまくいかないのは、慣れてないからだ。月の光を浴びれば、魔力も増す。練習すれば、きっと出来る」
ヤクは毎晩、月明かりの下で、練習しているのでしょうか。
「こんな姿に縛られるのはまっぴらだ。おれは立派な狼になるんだ」
「でも・・・」思わず口にしていました。
「練習しても、駄目だったら?どうしたって、生まれは変わらないよ?」
がたん、とヤクは椅子を蹴飛ばし、今にも噛みつきそうな顔でお姫様を睨みました。
「おれは獣人の子だ」
そう言うと、そのまま小屋を出て行ってしまいました。
寝藁の上にうずくまりながら、お姫様はヤクの背中を思い出し、考えを巡らせていました。
(ヤクを、傷つけた)
そう思う一方で、実のところ、ヤクの態度が理解できませんでした。
お姫様は、ものごころついた頃から人の悪意にさらされてきました。兄には殺されかけました。また、父である前王と、その周囲は、表立っては態度に出しませんでしたが、明らかに自分をうとんじていました。幼いお姫様はそれをどうすることもできず、ただ、そういうものだと思うようになりました。虐げられることに慣れ、求めても得られないものは諦めました。その上で、生きるために知恵を蓄えていったのです。
お姫様の心の大切な部分は閉ざされていました。傷つくことが無い代わりに、人の痛みに共感することも出来ないのでした。それでも、想像力を巡らせて、ヤクの怒りを理解しようと努めました。そうして、一方的に自分の考えを押し付けた理不尽に、ようやく思い至りました。そして、ヤクの心からの望みを無碍に否定してしまった事を、深く反省したのです。
(明日、ヤクに謝ろう)
そう思いながら、眠りにつきました。
夜半、物音が聞こえたような気がしましたが、ネズミかな、と思ったきり、また寝入ってしまいました。




