side C 07
軽いノリで坂井真を拉致するのに成功して、現在に至る。ええと、掘っ立て小屋って言うんだっけ。そんな感じの建物に、俺と、依頼人と、両腕と両足を縛られて眠っている坂井真が居る。此処なら死体処理がし易いから指定されて良かった、とかブリーダーが言っていた。理由は俺が知りたい。
「ええと、じゃあ」
依頼人の方をちらりと見て、ナイフを取り出す。見せしめ云々が失敗しているし、結構むごく殺した方がいいよなー、と脳内でプラン練ってたら、制止された。
「……私にさせて」
ん、あれ?
可笑しいな。俺は殺し依頼を受けた筈で、拉致の依頼を受けた訳ではないんだけど。
他人の殺人なんて見たって全然楽しくはない。大体、恨みで人を殺す感覚が良く分からない。そう本格的に人を恨んだ事がそもそもないのだが。気分が悪い。一応ほら、こんな人生でもというかだからこそ、殺っちゃいけない人というのを考えなきゃいけない訳で。良いから早く終わらせてくれ。周りを見ろ死体になりつつあるモノに集中するな無防備になるな。他人の首じゃなくて自分の首に神経尖らしといてくれ。
「……何?」
「ああいや、もういいんじゃないですかね?」
接近している俺に気付いて、歪んだ笑顔のまま振り返る。気付かれなかったらどうなっていたか分からない。職場に迷惑掛けたらまずい事くらい分かっているが、気付かなければ良かったのに、という感想はどうやっても消せそうにない。
「じゃ、まあ色々と予定狂いましたが、この辺で。死体は後で同僚が処理するので、このままにして置きましょう」
無抵抗とはいえ、人を殺した後で疲れた顔をしている。
「……ちょっと、同僚呼びますね」
早く仕事がしたい。何日もお預け状態だったんだから、そろそろヤバい。どうでもいい他人と二人きりという環境は、恋愛状態以上に甘ったるい。
気を紛らわせたい一心で、携帯を握る。
「……出ませんね」
コレつまりブリーダー死亡って事だろうか。ヤバい。それは色々とヤバい。俺の今後がヤバい。何て言ったって殺人鬼と一番仲良いヤツである。ソイツが居なくなったら今後俺はどうやってウルザブルンに居ればいいんだ。
「流石に放置するのはアウトよね?」
「ええ……誰かに来て貰わ、お?」
「どうかした?」
物音がした気がした。口を閉じて、耳を澄ます。
扉が開く音がした。
「どうも、成功してから言うのも何ですが、流石にちょっと気付いて欲しかった本人です」
空気が変わった。
暫くの混乱。依頼人が完全にフリーズしている、というのにやっと気付いた。
乱入者だけ、日常的な雰囲気を背負っている。
「……何で君、此処に来たの?」
「何で生きてるのよ!」
……え。
依頼人さん、今何て言った?
「んー、何処まで説明したら格好悪くならないかな……もう手遅れかな……」
俺の混乱も、依頼人の狂乱も、大した事ないとでも思っていそうな声。
「まあ要は情報はもっと集めてろって事だよね。お小遣い貯めたか何かして情報収集して、カキワラ以外にも頼ったのは正しかったとは思うよ。ネットの情報は信じてはいけませんってのと同じノリで。でもまあ一般人の情報なんて多寡が知れてるからね」
「……ええと、俺が君の事を勘違いした、って認識でオッケー?」
依頼人が声を発せるような状態じゃないので、彼女の解説の相槌係は俺になる。
「明とブリーダーさんが勘違いして、貴方は勘違いしなかった、って事です。明はそちらの」ちらり、と視線を死体に遣るのを見届ける。「真さんの情報を俺の情報と間違えた。ブリーダーさんは真さんの情報を俺の事だと勘違いした。貴方は真さんと知り合いだったんですよね? だから勘違いしなかった。全員が基本的な情報が載っていない事を確認しただけで終わるような偶然だったんですけど、まあ結果的に確認しなかったみたいで、ラッキーでした」
何となく。
今彼女が話している勘違いが起こらなくても、彼女を殺すのは不可能な気がした。
「……その基本的な情報って?」
「年齢です。俺は明より年下で、真さんは貴方と同級生だったんでしょう?」
「そうそう。だから拉致るのも簡単だったよ。久し振り、みたいな感じで話し掛けられるから」
まあ、コレでちまちました疑問は解決した。吉沢がこの依頼を蹴ったのも、それをブリーダーが疑問に思わなかったのも、『坂井真』が別の人だったからだ。……ブリーダーが解説入れただけでも、この計画は崩れる程のモノなのに。
結果的に、目の前の女は成功している。
「……今更だけど、君の名前を訊こうか」
「坂井真です。どうぞ宜しく、トミナさん」
「……やっぱり、知ってんだ。俺の本名」
驚きと相手のテンションのギャップの御蔭で、忘れていた殺意を思い出す。きっとワザとだ。
しかし幸い、今はさっきまでと違って、殺意は持っていた方がいい。
「お願い、もう何でもするから……!」
悲痛な依頼人の声。続きは何となく予想がつく。だから俺は今、笑っている。
「コイツを、殺して!」
ナイフを握った。
一応伏線回収および解説パートなんですが、作者も見え見えな事は分かってるのですよ。




