表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
予言に翻弄された者  作者:
本編
1/1

予言に翻弄された者

『くれぐれも長女を大切になさい。さもなくばあなたには破滅が待っています』


 かつて侯爵にそう告げた予言者がいた。

 だから彼━━侯爵はその通りに行動した。少なくとも彼なりに、精一杯。


 けれどその結果、侯爵は見事に失脚することとなった。

 果たして予言は外れたのか。それとも━━




 ルフェリア・トーラは十六歳。侯爵家の一人娘で長女である。

 少なくともそういうことになっている。公には。

 しかしもう十年ほどになるだろうか。彼女と父侯爵に関して長くささやかれているろくでもない噂があった。


 ━━トーラ侯爵は、ベルグモント伯爵家のアンネマリー嬢をとても大切にしている。実の娘であるルフェリア嬢よりもずっと。

 ━━学園生時代、ベルグモント夫人は伯爵以外にも()()()()親しくしていた令息が何人もいた。侯爵閣下もそのお一人だ。

 ━━もしかするとアンネマリー嬢は、伯爵ではなく侯爵の(たね)なのではないか━━


 予言という胡散臭い代物が過去、トーラ侯爵に告げられたことは身内しか知らない事実だが、それを知らなくとも第三者がろくでもない推測をする程度には、侯爵の振る舞いはあからさまであった。


「まあ、否定できる要素はないのよね。少なくともわたくしには。仮にそれが真実だろうとそうでなかろうと、今となってはどうでもいいことだもの」

「お母様ったら……」


 トーラ侯爵夫人の心底からの本音に、実の娘であるルフェリアも苦笑するしかなかった。

 母娘水入らずのお茶会には、給仕を担当するルフェリア付きの侍女マルタ他数名がいるだけで、いずれも口の堅さは折紙付きだ。多少の本音や暴言は問題ない。


 アンネマリー・ベルグモントは十八歳で、こちらも伯爵家の一人娘である。ただ噂通りに実父がトーラ侯爵であるとすれば、確かに彼の長女はルフェリアではなくアンネマリーだと言えるだろう。

 けれどかの令嬢は伯爵夫妻の婚姻後に生まれている。艶やかなピンクブロンドと菫色の瞳、愛らしい妖精めいた顔立ちは母親そっくりで、良くも悪くもアンネマリーの実父が誰なのか、自信をもって断言できる者はいない。

 その点ルフェリアは、淡い金髪とエメラルドの瞳という色合いこそ母譲りだが、大人びた端整な美貌はまさに父侯爵そのもので、こちらは間違いなくトーラ家の娘だと百人が百人認めるはずだ。

 にもかかわらず当の侯爵が、公私を問わずアンネマリーを最優先にしているということは、少なくとも侯爵自身には自分が彼女の実父だという確証があるに違いない。

 けれども━━


「よりにもよって、後継者たるルフェリアの婚約を当人に無断で白紙にしようとするなどというのは、父親としても侯爵家当主としてもあるまじきことだわ。しかもそうした理由が、他家かつ格下の伯爵家の娘におねだりされたからだなんて……わたくしの堪忍袋の緒も千切れて粉々になってしまったもの。ルフェリアもでしょう?」

「わたくしは()()()()に関しては、とうの昔に愛想というものが尽き果てていますわ」


 それこそお父様と呼ぶことすら嫌になるほどに。


 ルフェリアの婚約者は帝国の第五皇子で、妾腹ということもあり帝位継承権は既に放棄しているが、武に長けた立派な体格と長身を兼ね備えた美丈夫である。

 そんな彼がこの国に留学してきた際、同学年のアンネマリーに一目で気に入られたのが運の尽きだった。

 アンネマリーは昔から、優秀な令嬢と評判のルフェリアを目障りに思っており、年下の彼女の悪口をことあるごとにばらまくのが日常茶飯事だった。そのことにルフェリアが抗議をしても、アンネマリーはどこ吹く風。肝心のトーラ侯爵は何もしないどころか、アンネマリーにおもねって助長すらするものだから、年を重ねるごとにその傾向は増していく。伯爵令嬢にとっては「優しいおじさま」である侯爵におねだりして、最終的にはルフェリアの婚約を破談に追い込もうとするほどに。無論帝国皇族の絡む話であるので、目的達成は不可能でしかなかったけれども。

 当のアンネマリーは侯爵の強力な後押しにより第二王子の婚約者の座を射止めたというのに、その娘である次期女侯爵の顔に泥を塗ろうとするなど恩知らずにもほどがある。少なくとも周囲にはそうとしか思われない不義理な真似だ。

 彼女の目論見としては、ルフェリアに代わって第五皇子と結婚したいというわけではなく、あくまでも自分は第二王子妃のまま、将来的に第五皇子は愛人にしたいということだったのだろう。それならば素直に彼を婚約者と結婚させ、王国に定住させてから誘惑すればよさそうなものだけれど、とルフェリアは考える。無論、あんなろくでもない女を夫に近づけるつもりなど全くないが。


「それにしても、アンネマリー様の気の多さと来たら。第二王子殿下もタイプは違えどとても素敵なお方ですのにね。あなたもそう思うでしょう、マルタ?」

「お嬢様……」


 反応に困りつつも顔を赤らめる侍女兼異母姉に、ルフェリアはふふっと楽しげに微笑む。

 ルフェリアの侍女マルタの母はかつて女官をしており、戯れにトーラ侯爵に手をつけられマルタを身ごもった。子爵の娘だった彼女は勇気を出して侯爵邸を訪れたものの、辺境伯令嬢との結婚を控えていた彼の指示により、けんもほろろに門前払いされたのだという。

 後に侯爵夫人となった辺境伯令嬢は、ベルグモント伯爵令嬢に対する夫の態度に疑問を持ち、他にも隠し子がいるのではないかと動いた結果、母を亡くしたばかりのマルタを見つけ出した。夫が認知しないことはわざわざ頼むまでもなく理解していたので、あえてマルタの素性は伏せて表向きは娘ルフェリアの侍女として扱い、実際はルフェリアとともに令嬢に相応しい教育を施したのだった。

 つまり今のマルタは装いこそ侍女のものだが、振る舞いと知識、教養はどこに出しても恥ずかしくない貴族令嬢そのものと言える。容姿も普段は地味にしているけれど、十七歳という年齢相応に着飾れば、母親によく似た理知的な美貌に誰もが目を留めるだろう。


 だからルフェリアと侯爵夫人には、マルタへの償いも込めた思惑があった。


「マルタ。ものは相談なのだけれど━━」




 それから三ヶ月後。突然のトーラ家の当主交代を皮切りに、社交界に立て続けの激震が走った。

 直後にベルグモント伯爵夫人が離縁され、婚前からの数々の不貞が白日のもとに晒される。それに伴い、誰の子とも知れぬ身となったアンネマリーは第二王子の婚約者の座から外された。彼女の強力な後ろ楯であったトーラ侯爵家は、前当主が既に領地の隅に追いやられ、後継者のルフェリアは()()()()()()()()伯爵令嬢を支援する理由はないと明言したため、ごく当然の流れと言える。

 第二王子自身がアンネマリーを強く想っていたならば流れも変わろうが、王家に嫁ぐ身らしからぬ彼女の軽薄な言動と振る舞いの積み重ねは、かつてはのぼせ上がっていた第二王子の目を覚まさせるに十分なもので。

 その後のアンネマリーは母親ともども戒律の厳しい修道院に入れられ、生涯をそこで過ごしたという。

 空席となった未来の第二王子妃の座は、辺境伯家の養女が埋めた。マルタという名の新たな辺境伯令嬢は、アンネマリーとは対照的に完璧な所作と賢くも前に出すぎない控えめな態度で、自らが王家に嫁ぐに相応しいのだと周囲に容易く納得させた。彼女の後見人には、トーラ女侯爵ルフェリアと、その母にして辺境伯の妹である先代侯爵夫人が名を連ねている。

 残る懸念であるベルグモント家の次代は、離縁から半年あまりの後、後妻として迎えた女性の連れ子三人を養子とすることで無事決着した。十歳になったばかりの少年を筆頭に、連れ子たちの面差しは現伯爵によく似ており、後妻母子は密かに囲われていた愛人と伯爵の実子ではないかと社交界ではささやかれている。


 そうして諸々の事態は収束し、王国内は平穏を取り戻した。幾人かの愚者が消え、辺境伯家の影響力が少々増した形で。




「結局のところ、あのクソ野郎、もとい前侯爵に関する予言とやらは何だったんだろう?」


 ある夜のこと。愛しい新妻を抱きしめつつそんな疑問を発する第五皇子は、仮にも義父にあたる人物を「あのクソ野郎」呼ばわりしていた。これまでの所業を思えば無理もないとルフェリアは思う。


「さあ。こればかりは何とも。━━長女だったかもしれない元ベルグモント伯爵令嬢、確実に侯爵の血を引く最年長の娘マルタ、公的な長女であるわたくしルフェリア……いずれも前侯爵からすれば、大切にすべき理由はあったでしょうけれど。重要なのは『誰を選ぶか』ではなくて、『どう大切にするか』という方法の問題だったのだと思いますわ」

「確かに。誰かを大切にするということは、それ以外の誰かを蔑ろにすることじゃないからな」


 後継者たるルフェリアを真っ当に遇し、マルタも正式に認知してから娘として引き取り、相応の相手に嫁がせるなり何なりする。その上でアンネマリーには、後見人としての範囲に留まる常識的な扱いをすれば良かった。

 まあアンネマリーに関しては、実母にも問題があっただけにそう簡単には行かなかっただろうし、マルタにしてもタイミングが難しくはあったけれども。婚外子を本邸に引き取るとなれば、正妻に生涯頭が上がらなくなるデメリットが生じるわけで、それを受け入れるだけの器が前トーラ侯爵にあったかなどは言うまでもあるまい。


「何にしても、先代侯爵閣下の自業自得ですわね。忠告まがいの予言がなくとも、似たような事態にはなっていたでしょうから」

「同感だ」


 意見の一致を見た夫婦であった。




 こうして先代トーラ侯爵は、父や家族と呼んでくれる者のないまま、一人寂しく余生を送ることとなったのだった。

 自らの娘たちへの扱いや行いを、彼は心から反省したのか━━生前の父からの手紙に対し、ルフェリアが一度も返事をしなかったことが何よりの答えだろう。




全体的にあらすじめいた内容となりました。


アンネマリーの実父等については、今後番外編で明かせればなあと思っております。

アンネマリー母のベルグモント伯爵夫人は、要するに逆ハーエンドになった乙女ゲームヒロインのような存在です。若い頃はイケメンをさんざん侍らせて、婚約者のいなかった伯爵家嫡男の妻に収まったけれど……というパターン。

ルフェリアも父と異母姉(?)からの結構な被害がありましたが、一番きつかったのは間違いなくベルグモント伯爵だったろうなと思います。トーラ侯爵からの圧力もあったでしょうし。今後は後妻と子供たちとお幸せに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
父親は逆ハーヒロインへ対する未練もあったかもだけど。一番理想の娘(あざとい系美少女)を選んで可愛がってただけでは? いわゆる見た目で判断するタイプの親。 マルタや主人公がそのタイプだったら溺愛してそ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ