化物と幽霊①
酔っ払って騒ぐ、赤ら顔のサラリーマンや、楽しそうに街を写真に収める外国人の群れ。等間隔に歩道に並ぶメイドさん達は、今日も笑顔で呼び込みをしている。
大きな交差点で、信号が青に切り替わるのを待っている間、正面のビルに掲げられている看板に目を向けた。
2次元の女の子が大きく描かれた看板は、大衆の目に晒されていながら、自慢げに、どこか誇らしげに、煽情的な肉体美を惜しみなく披露していた。そのおかげか、露出が決して少ない服装ではないけれど、いやらしさよりも可愛らしさを感じる。
いいなあ。
この次元にいない看板の彼女に、憧れすら覚える。あんな風に自分に自信があれば、もう少し生きやすかっただろうに。交差点で人ごみに紛れる私には、そんな自信もなく、自身が生きていていい実感すら抱けていない。
ああ、生きるのが辛い。
色鮮やかな街の明かりは、私の惨めを照らすスポットライトのようだった。これだけ沢山の人が居て、私だけが1人。そんな風にすら思う。手提げバックに潜めたカッターナイフで、自らの気持ちを落ち着けたい衝動に駆られるが、ここの人混みで取り出したら、流石に警察のお世話になる。
それを理解して、自制するだけの社会性は辛うじて保てていた。
荒い呼吸を整えながら、青になった交差点を渡る。春先だというのに、顔に張り付いた脂汗が、家を出る前に時間をかけて描いたメイクを崩していないか気にかける。
ただでさえ長袖が手放せない私は、気温が上がりだした今の時期はそれが悩み。別にバックヤードで直せはするけれど、ヨレたりしたら嫌だし、何より面倒くさい。
私みたいな醜い存在が、少しでも社会に受け入れられる為には、少しでも顔をまともな見た目でいたい。そんな事を考えると、通り過ぎる人の視線が気になる。私の化物みたいな心根が見透かされ、侮蔑の目線を向け入れられているような、そんな風にさえ思える。
身体の奥は熱いのに、指先は冷えて、足元はふらつき、頭はチカチカと暴走したように余計な事を考えて、脂汗は止まらなくなった。ああ、絶対メイク落ちてきてる。顎に伝う汗を拭うと、汚れたベージュ色をしていた。
やっぱり、お店に行ったら、メイク直さなきゃいけないな。家を出る前にした時は、いつもより調子良かったのに。なんでこういう日に限って私は『こんな風』になっちゃうんだろう。もう行くのやだな。誰にも見られないでひっそりと消えたい。
「ああ、生きたくないなあ」
そんな事を呟いても、誰も私に目を向ける様子はない。都会の無関心さが、私の心の拠り所だった。良かった、私は皆からどうでもいい存在なんだ。そう思えるだけで、幾分心が救われた。
今は、手首で済んでいる自傷が、カッターナイフを持った手が、首に伸びるのも、そう遠くない。どこか冷めた心でそんな事を思う。
自分にも血が流れている事を実感すると、生きているのを許される、そんな気がした。痛いのも、私が生きているから。そんな風に思って、何年か前にリストカットにハマるようになった。
けれど、最近その痛みも、自分に血が流れているのにも、煩わしさを覚えるようになった。不愉快と言うよりは、マンネリに近い感覚。
それでも死ねていないのは、別に死にたいわけじゃないから。けれど、生きていたいわけじゃない。だから、今私は生きていたくない、そう言うのが一番正しい。
だから、きっといつか、死にたいって思ったその時に、私は自ら首を切って死ぬのだろう。実際それを妄想すると、幾分スカッとした気持ちになる。今も、少しだけ心が晴れた。
そうしてふらついた足元に、再び地面の感触を感じ始めた時、見覚えのあるビルが見えた。辛うじて、私が生きている事を許される場所。
地下に降りて、年季の入った洋食屋さんの横を抜けてたところ。そこが私の職場。正面の壁はシックなデザインで、扉の上部に取り付けられた看板には、『えんじぇる』と可愛らしいフォントで書かれていた。
所謂『ガールズバー』が私の職場。ガラス張りの扉を「おはようございまーす」と挨拶をしながら開けた。
◆◇◆◇◆
「………ようやく見つけたわ。最後の『フリークス』」
地下に消えた女を見つめ、彼女は呟いた。口元に浮かんだ笑みを隠すようにを当てるが、それでも彼女の喜びは、抑えたての端から零れていた。当然だろう、自分が死ぬか、生きるかの大事なのだから。
少し遅れて、彼女は、『幽霊は』地下に降りる。彼女から溢れる高揚と、先程の呟きは、誰にも届かない。




