大賢人、異世界に行く
一万年の歴史を誇る遺跡で、一人の大賢人と五人の賢人たちが、危険な試みをしようとしていた。
それは、異世界への扉を開くことである。
強く賢い彼らは、自分たちの世界だけでなく異世界までをも自分たちの手中に収めようとしたのだ。
そして、彼らの中で最も力のある光を操る大賢人が異世界へと行くことになった。彼は名をライと言い、彼は若くして大賢人の座を勝ち取り、長い間その座に君臨し続けていた。
彼は、自分の今までの三十年の人生の中のどんな冒険より危険な冒険がこれから訪れるなんて、きっと、思いもしていないだろう……
六人の魔法使いたちが古代の魔法のドアを開けるまでいよいよという時になった。
「では、本当に扉を開けてよろしいのですね? 大賢人どの?」と空間魔法の賢人、ゴースが言う。
「ええ、全く問題ありません。」と大賢人のライ。
「大賢人どの、私の力の都合で一度扉を開くと、一週間再び扉を開くことが出来ません。本当にそれでも良いのですね?」
「そのことについては何度も話し合ったでしょう。私はあなたの空間魔法の力を信じていますし、どんな世界であろうと、私が一週間生き延びることなど容易いことです。」
「確かにそうですね。あなたの力は強大だ。」どうやら、やっと、ゴースは安心したようで、呪文を唱え、扉を開ける準備を始めた。
「大賢人どの、偵察程度なら、やはりあなた以外の、他の誰かが行った方がいいのでは?」炎の賢人が言う。
「そうですぞ、万が一、大賢人の身に何かあれば国の一大事ですぞ。」と水の賢人。「あなたはどう思われますかな風の賢人どの?」
「さぁ、私には分かり兼ねます。」
賢人たちの会話はいつもこうで中々話が決まらない。
「老賢人殿、あなたはどう思われますかな?」
「さぁ。私は未来が見える訳ではありませんからな。」この賢人は六人の中で最も年寄りで何十年も賢人をしているが、この賢人が魔法を使うことを未だかつて誰も見たことがない。
そうこうしている間に、どうやら、ゴースは準備が終わったようで呪文を唱えるのをやめた。
「私は大賢人どのが行くべきだと思います。大賢人がいない時の為に我々がいるのですから。」
「確かに。そうですが。」
「では、私が行くということで良いのですね?」
二人の賢人も渋々承知した。
ゴースが言った。「それでは、扉を開けますよ!」
ゴースは己のすべての力を古代の魔法のドアに注ぎ込んだ。それは、彼が今まで、発動した魔法のどれよりも、強力なものだった。そして、彼が最後の呪文を言い終わると同時にドアは目も眩むほどの光を放ち、カチッという音を鳴らして、開いた。
ライがドアノブを引いた。彼は思った。この変哲も無い古代のドアの向こうには見たことのない世界が広がっているんだ、と。
「それでは、行って参ります。」
ライはドアをくぐった。ひとりでにドアがギィという音を立てしまった。光が消えた。空間魔法の賢人が、その場にバタッと倒れこんだ。
広大な山脈、地面に生える草木、そして、大地を流れる小川。異世界へ来たのはいいものの、ライは自分達の世界と至って変わらない異世界の景色に、少しがっかりしていた。
と、いうのも彼は一般的に呼ばれる地獄の様な場所を想像していたのだ。
「はぁ、何も変わらないじゃないか。そういえば俺の師匠が言っていたな、どこにいっても山があり、谷があり川があると。だが、この変わらなさは酷いな。」
そう言ってライは周りを見渡した。
彼の後方にもくもくと煙が上がっていた。ライは驚いた。「煙だ! 人がいるに違いない!」
ライは煙の方向へ歩き出した。魔法を使えばもっと早く、移動できただろうが、今回はあくまで下見なので魔法は使わないことにした。
しばらく、歩いていると村が見えてきた。村にしては大きく、町と村の中間くらいの大きさといったところだろう。
「おぉ! 村だ! どうやら我々の世界と同じぐらい文明が発達しているらしいぞ。」ライは胸が高鳴った。彼は、村へ小走りで駆けて行った。
賑やかな村だった。人はたくさんいたし、店も多くあるようだが、なぜか、よそ者のライはあまり注目されなかった。
「素晴らしい! ここの力を借りれば我が国はもっと発展するだろう!」
ライは嬉しかった。これで嫌味な国王に文句を言われずに済む!
ライは特に何事もなく村の中心部まで来た。
そして、彼が村の中心にある噴水を眺めていた時、突然、「キャーーーーーー! 泥棒!」と村人が叫んだ。どうやら、泥棒が出たらしい。
ライは思った。(こんな真昼間から泥棒? あまり治安はよくないのかもしれないな。だが、指をくわえて見てるわけにもいかない。魔法を少し使って転けさせてやろう。)
ライは草結びの魔法を使った。子供の頃これで何人もの友達を転けさせてきたのだ。お陰で友達がいなくなってしまったが。
「転べ!」とライが叫んだ。
だが泥棒は転けなかった。
ライは首を傾げた。おかしい、この魔法が効かなかったことはないのに……
彼は考えた。もしかして異世界に来た影響で魔法が弱まっているのかもしれない。
泥棒は逃げていってしまった。
「おかしいな……しかし、日が暮れてきたな。お金も持っていないし、今日は野宿するしかないか。」
ライは近くの森へ歩いて行った。大木のそばに腰掛けながら、ライは考えた。もしかしたら魔法自体、使えなくなったのかもしれない!ライは焦って落ち葉に火をつける呪文を唱えた。すると、パチパチ音を立て落ち葉が燃え始めた。
「よかった。魔法の力は弱まってないらしい。それなら、なぜ泥棒に魔法が効かなかったのだろう? まぁ、いいか。」
ライは安心したのかすぐ眠ってしまった。彼は何も心配はしていなかった。