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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
9/51

金曜日

結局考えた末に金曜日の正午私は学校を休んで環さんの家に向かった


お昼時におじゃまするなんて常識ないような気もするけど、一番日が高い位置にある時間帯に環さんに会いたかった


妖怪の妖力が一番弱りそうな時間


まあ、環さんが狐だなんてこれっぽっちも思ってないけど


考えてみればあの人こそがカウンセリングが必要なんじゃないの?




玄関でごめんくださいと声をかけたら環さんが階段から降りてきて、「上がれ」といった


部屋に入ったら目で布団の上に座れとうながされる

この日も布団は敷きっ放しだった


この布団を目にしたとき、この前のこと思い出して我に帰った

あれ!私なんであんな目にあった部屋にまた来てるんだ?!


一度襲ったのにまたのこのことやってきた羊…

それはどうぞ召し上がれと言ってるのと同じなんじゃないだろうか


緊張で体が固くなってきた


そんな私の様子を気に止めることもなく、単刀直入に


「なんか俺にはあんた、心がガチガチに固まってるように見えるよ?」


「何が原因?」


「…けっこうしんどそう」


と聞いてきた


心が固まっている?

イケメンの誘惑を拒否しただけでそんな風に思われちゃたまらない

って言うか私、しんどそうに見えるの?

それなりに心の葛藤はあるけど極力普通に振る舞ってるつもりなのに


どうしようかと思ったけど、話さなければ間が持たない

カウンセリングを拒否したら、じゃあなんでお前今日来たんだって思われかねない


お前の訪問の目的は…?って

しょうがないから私は環さんの質問に答えることにした




私はもともとひねた性格で生まれてきた

そこに可愛いくて素直な妹が生まれてきた


ただそれだけのことなんだよ…


第一子って下の子が生まれてくると家の中の王様の座から転落するじゃない?

それまでは家の中で最弱の存在で、だからこそ大切に扱われてきたのに


自分では妹が生まれたときのこと全然覚えてないんだけど、なんかお母さんに突き飛ばされたことだけは鮮明に覚えてるの


お母さんの話だと、私、赤ちゃんだった妹が寝てる上に正座してたらしい

それで思わず突き飛ばしちゃったって言うんだけど


その時私ははっきり王様の座から転落した事に気づいたの、多分


そんなのこの世の長男長女が必ず通る道なんだけど…

私はなんか消化しきれてない気がする

幼稚だよね


私、なんかいつも妹と比べられて

そのうち自分でも全て妹と比べるようになって


名前からして不公平だと思った

私は繭…名前に虫が入っているのに、どうして妹は雛人形のお姫様を連想させる雛なの?って


まあ、それぞれの何かを象徴している名前だなって今は思うけど


子供の頃は妹が嫌いだった


妹がまわりから可愛い可愛いって言われるから、私も張り合って親に可愛い服を買ってもらって着てた

そしたらいつも服を褒められた


中二ぐらいだったかなあ


ある日突然ひどく惨めになったの、自分を俯瞰して

優秀な妹を僻むダメな姉の図


これじゃダメだと思った

自分がすごく醜く思えた


そして考えて、考えて、考えた


その日、私は妹を可愛いがろうって決めた

そのほうが自分が惨めにならないって気づいたから


私は心の中でうごめく僻みを心の奥底に沈めることに成功した


今は本当に仲良し


すごく頼りになる

ちょっとお節介のところがウザいけど、本当に優しい子だし…

心からこの子が妹で良かったと思ってる

でもなんか、あの日から可愛い服とか、スカートとか着れなくなっちゃったんだよね


少しの間ご飯も食べれくなっちゃって


お母さんとお父さん色々話し合ったみたいで、それからなんか一切私と雛を比べなくなった


それまではよく雛は素直なのにお姉ちゃんは…みたいなこと言われてた


あと、妹が髪を伸ばしたらショートに、妹が髪切ったら伸ばすようにしているのはやっぱり未だに比べられたくないっていう気持ちがあるからかなあ


黒着てるのは…


高1のとき文化祭のクラТが黒で、あ、繭黒似合うねって言われたのクラス委員の娘に


それからなんとなく黒を選んじゃうんだよね

うんと嬉しかったんだと思う、褒められたのが


他にもちゃんと白とかベージュも持ってるよ

でも、朝何着ようかなって思った時、自然に選んじゃうんだよね、黒を

特に他に似合う色もないし


お母さんは若いうちにもっとおしゃれしてしとけって言うんだけど

黒着てるとなんか安心する




環さんの真正面からの強い視線を感じながら、私は布団に座ってぽつりぽつりと心の内を話した


あ、言い忘れた


「もっと努力して自分を磨いて自信を持てとか言わないで下さいよ、狐のカウンセラーさん」


「象がどんなに保湿ローションつけてもイルカみたいなツヤツヤの肌にはなれないのと一緒で、どう生まれたかがが大事なんだから」


「よくさ、素直になれって言われるけど無理だよね」


「なろうと思ってなれるもんじゃなくない?素直にって」


「素直な人間がひねることがあっても、ひねた人間が素直になるなんてことありえないと思う」


「なろうと思って素直になることはすでに素直ではないと思わない?」


「私はほんとひねくれた考え方しかできない人間なんだよ」


「それがコンプレックスなんだよね、私」


「でも、なるべくそれを人に知られたくない」


「こいつコンプレックス強いな〜って思われるの恥ずかしいから」


あれ…

こんなことしゃべっちゃって

この人本物のカウンセラーかどうかもわからないのに


環さんは身の置き場に困るほど私を凝視した後


「やっぱり違う」と言った


「もしかして生まれ変わりじゃないかと思ったけれど、違うと今はっきりわかった」


そう言って環さんは立ち上がり私を置いて部屋を出ていった


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