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1私の狐  作者: 川本千根
第一部
8/51

停留所

次の日の朝、家の近くのバス停で運行状況をスマホで見ていたとき後ろから声をかけられた


「あんた、ミニマリストなの?」


「今日も上が黒、下がデニムじゃん」


振り返るとそこに、環さんがいた

白いTシャツを着てカーキのカーゴパンツ履いた


「…なんで、ここにいるの」


「どうしてこのバス停使うって分かったの」


引きつった顔でした私のその質問には答えず


「なんか少し後味悪くてね」


「それにあんた、少し病んでる気がして」


「その黒い服がなんだか鎧みたいに見える」


「少しカウンセリングしてやろうか、専門だから」


と、環さんは言った


カウンセリング…専門…

ああ、やっぱり心理学やってた人だったんだ

なんで下島コーヒーで働いているの

専攻を生かせる就職先なかった?


病んでる?

私が?失礼な


毎日似たような服装してるだけでそんな判断されるなんて冗談じゃない


私はいたって健全だ


中学の頃、少しご飯が食べられない時期があったけど…

それはほんの少しの間にだけだったし


私は…

私は黒が似合うから黒着てるだけで…


う…


「泣かない泣かない」


「今日は俺も仕事だから」


「繭、金曜に家に来な」


「カウンセリングしてやる」


「じゃあ」


それだけ言って環さんが去って行った

私は言葉を発することが出来ずただその後ろ姿を見送った


なに言ってんの?

私が泣くわけないじゃん

ただ言葉に詰まっただけなのに


でも、なんだろう本当に不思議な人

なんで私がここにいるってわかったの?


狐…

じゃなくって狐の妖怪だったらいろんな辻褄が合う気がする

私、妖怪に取り憑かれたの…?


んなわけないか

やだ変なこと考えちゃった

ん?そうかここ下島コーヒー近いから…

出勤途中にたまたま私を見かけたんで声かけてきたんだ


金曜日…

何時に行けばいいの?


あ?行く気になっている、私

昨日あんなひどい目に会ったのに


でも、昨日は自分のメッキを剥がされた気がしたのは確かになんだよな


普通は嫌い、みんなと同じはイヤ、男の子と付き合うことに意義を感じないなんてずっと言ってきたのに


のこのことイケメン店員環さんの後をついて家に行き、普通こういうことはご飯食べて、映画見て、デデニーランド行ってから…だって


認めたくなかったけど私の偏屈はコンプレックスの裏返しなんだよね


競争力がないから

みんなと同じものを欲しがって、手に入れる

私、魅力無いから


見かけの可愛さもなければ、人としての素直さもない

そして文学やるほどの感性もない

面白味のない人間なんだよ


なんの武器も持ってないの、私


だからレースに参加しない

してこなかった


だって負けるのわかってるじゃん


みんなが一生懸命ぴょんぴょん跳んで高いところに実っている美味しそうな葡萄を手に入れようとしているのに、私はいつも遠くでそれを見つめそんな高いところにあるの手に入るわけないのにって馬鹿にしてた


そうやって斜に構えてなければ生きていけない

競争に参加できない哀れな自分を守れない


偏屈なんじゃない、欲しいものを欲しいって言えない弱虫なんだよ、私


素直さや勇気が私にはない


昨日だって、かっこいい男の人に誘われたことを喜べば良かったのに

彼女にしてやるって言われたときも

お願いしますって言えばよかったのに


すごく、すごく気後れした

私なんかがって思った


家に帰ってからは、私にもっと色気やら可愛げやら女としての魅力があったらあの自称狐は襲うの止めてくれなかっただろうなと僻んだことを考えた




ああ、なんだろう

今日は着ている黒が重く感じる


あ、バスが来た

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