表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1私の狐  作者: 川本千根
第二部
48/51

失敗しちゃった

「貸した金返せー!返せー!」


私は逃げ去るお弁当箱の背中にそんな言葉を投げつけていた。

もちろんお弁当箱にお金なんか貸してない。

ただどんな手段を使ってもあの人の足を止めたかった。

そんな気持ちがでたらめな言葉を口から出させた。

可愛く待って、なんて言っても絶体待ってくれないだろうから。


投げつけられた言葉にお弁当はビクッとした。

そして足を止め呆れた顔をしてこっちを振り返った。


聞こえないけど、お弁当箱はなにかをつぶやいている。


時路地裏の古っい小さなスナックの前で観葉植物に水をやってた干からびたおばあさんが私の声に驚いてこっちとお弁当箱を交互に見てた。


「おばあさん!その人を捕まえて!貸したお金返してくれないんですうっ!」


おばあさんはじょうろを持ったままちょこちょこと走って固まっていたお弁当箱を捕まえてくれた。

「あたしゃ逃げる男捕まえるの得意なんだよ」と言って。

確かに素早かった。つっかけ履いてるのに。


おばあさんは捕まえてくれた無抵抗のお弁当箱を引き渡してくれた。

「おや、こりゃ痴話喧嘩のもつれだね?」と私の涙でぐしゃぐしゃの顔を見ながら。


そしてその後「兄さん、こんな堅気の子泣かすんじゃないよ」とカラカラ笑いながらバンバンとお弁当箱の背中を叩いた。


おばあさんありがとうございます。

色恋については百戦錬磨っぽいおばあさん。

年齢的には小関さんと同じくらいだろうけど、赤い口紅つけてるおばあさん。

高齢者はなんか、私の味方だ。




私は大人しくなったお弁当箱の手を引いてもう一度ほっこりの里がある大通りに出た。


交通量の多い交差点の角の電信柱の所で話をする。


「おじさん、ごめんなさい。変な呼び止めかたして…

私はただこの前のお詫びをしたかっただけなんです。愛妻弁当を食べてしまった…


ほんとは私の店に来てもってサンドイッチ食べてもらいたいけど…

嫌でしょ?


だったらお茶を…お茶を一杯だけ私にご馳走させてもらえませんか?

そこのカフェで。

それで私の気が済みますから」


そう言って下げた私の頭の上で「愛妻なんかいない」と言うお弁当箱の声がした。


え…結婚…してないんだ…


「しつこいね、あんた。

別に稲荷ずし食べられたことはなんとも思ってないから気にしなくてもいい。

一緒にお茶をするのは断らせてもらう。

ほんとに悪いと思ってるならしつこくしないでくれ」


そんな…


自然にブワッと涙が溢れてきた。


そんな私を見てお弁当箱がうんざりした顔をした。

また何かを叫ばれたらたまらないと思ったのかもしれない。


「わかった、わかった。アンタの店に行く、そのうち。

だから今日は堪忍してくれ。

あんたはほっこりの里に帰って杉山のおばあさんを見舞ってやりな」


そう言ってお弁当箱は交差点の信号が青になった途端横断歩道を早足で渡って行った。


その後ろ姿を見て思う。

私、お弁当箱のナンパに失敗しちゃったよ…




なんて…ことをしてしまったんだろう。

貸した金返せっていったいどこから出てきたセリフだ?

まさか自分の人生でこんなに口汚い言葉を叫ぶ日が来るとは思わなかった。

私は会いたかった人に会えたけど…結果として益々変な女だと思われてしまったよ、きっと。


でもあの人…

結婚してなかったんだ…

じゃああの稲荷ずしは自分で作ったの?


それにしてもあのおばあさんの知り合いだったとは何という偶然。

どういう関係なのかな…

もしかして甥っ子とか?


なんだか、縁があるにはあるよね?


お弁当箱…約束通り来てくれるだろうか?

きつね屋に。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ