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1私の狐  作者: 川本千根
第二部
49/51

待ち人

待ち人?

はい。

来ませんよ、もちろん。

あれから一ヶ月経ってるけど。


当たり前だよね。

怖いもんね?あの人から見たら私。

何されるかわかったもんじゃないもんね?

この前のこと考えると。

君子危うきに近寄らずって思ってるよ、きっと。


私はあれからほっこりの里にこの家のおばあさんを訪ね、あの人がどういう人なのかおばあさんとどういう関係なのか聞いたんだけど、的を射た答えは得られなかった。

ただ親戚でないみたい。


日を変えてもう一度聞きに行ったときは、あの人昔の知り合いなの、うんとイケメンだったのよ〜と言ったけど…


いや〜それはないだろうと思った。

あの人多分人生でイケメンだった時期はないと思うよ?


態度はなんか俺様系のイケメンっぽいけどさ。


私はおばあさんの所に行ってあの人のことを聞くのを止めた。

なんか不純じゃん?

今後はほんとにおばあさんを見舞う気持ちのある時だけ行こうと思っている。




私は清々しく馬鹿だな。

あのときの必死さと愚かな言動を思い出すと恥ずかしくてのた打ち回りたくなるけど、後悔はしてない。

あの人は私のこと益々変な奴って思ったかもしれないけど、私のあの人への執着には気づいて貰えただろう。

私が一目惚れしちゃったことも察したよね?


私は前よりは少しさっぱりした気持ちで日常生活を送れるようになった。




あーそれにしても今日は忙しかったな。

前もって注文されていたあんバタも多かった上にお客さんが来てくれた時間帯が重なって。

けど小関さんが、初めてきたお客さんに丁寧に商品の説明をしてくれたりしたから助かった。


お釣りの計算も一瞬でしてくれたし…

昔信用金庫に勤めてたから数字には強いんだって。

はは、私あの人にバイト料払わなきゃいけないんじゃないだろうかか?




一時少し過ぎにはサンドイッチが売り切れたので、ブロックにかけてある小さな看板を裏返す。

閉店の面に。


この作業をするときに私はあーあ、今日もお弁当箱来なかったなっていつも思う。


さて、今日は夜の居酒屋のバイトがあるからちゃっちゃと明日の下準備をして家に帰ろうと思いながら庭を歩いているとき、エプロンのポケットでスマホがなった。


あ、大将からだ。


「もしもし」


「あ、繭ちゃん?ごめん、今日店臨時休業にするから。

九州の親が緊急入院したらしい。今から様子見にそっちに向かうもんで」


「あ、それは一大事ですね」


「悪いんだけど、春日や菅野に連絡してくれる?

それと二、三日店休むかもしれない。

また落ち着いたら改めて連絡するから」


「はい、わかりました」


私は電話を切ってから私はその場でバイト仲間にその旨を連絡した。




夜のバイトが無くなった私の目には庭の雑草が飛び込んできた。


あー趣がある…を超える量の雑草かも

二、三回小関さんがボランティアで抜いてくれたけど、私は庭にまで気が回らなかったな。

砂利道だけはきれいにしてたけど。


よし、少し抜くか。


そう思って抜き始めたら止まらなくなった。

小さく刈り込んだツツジの木の根本や塀の壁際の雑草を夢中で抜いていた。


その時突然キーンという金属音のような耳鳴りがした。

あっと驚いて顔を上げたとたんめまいがしてしゃがんでいた体が前に倒れた。


あ…まずい。

これ貧血?熱中症?


油断した。

凄く曇ってたし、9月下旬で気温もそんな高くないから…


起き上がろうと思った私を強烈な頭痛が襲う。

まずい、まずい。

体に力が入らないじゃん。


私が倒れた場所は壁際で表の道路からは死角になっている橘の木の根本だった。ちょうど壁と家の細い隙間。


庭の中央の砂利道にまで何とか這って行けば通行人に目を留めてもらえる。

そう思ったんだけど体が重くて動かない。


小関さーん小関さーん!救急車呼んで下さーいっ!と心の中で叫ぶ。

テレパシーは通じず、小関さんが助けに来る気配はない。


なんだか意識が薄くなって行く。

やだ私死ぬの?



う、ん…それならそれでいいかなあ。

楽かもしれない。

生きていても楽しいことないし。

お弁当箱には二度と会えないだろうし…


右の頬を地面につけたままの状態でそんなことを一瞬考えたけど、家族の顔がその考えを駆逐した。


いやダメだ。私がここで死んだらお店をやることを許可した両親がすごく後悔をする。


頑張らなきゃ!

頑張って…体を起こさなきゃ…

と、思うものの気持ちとは逆に益々意識が遠のいていく。


あ、ダメだこりゃ。


…お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し…下さ…い…

雛…両親のこと…頼む…ね…


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