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よみがえった勇者はGYU-DONを食べ続ける  作者: 稲荷竜
閑話 魔王の娘、魔王になる
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50話

「魔王さま! がんばって!」

「魔王さま! もう少しだよ!」



 右肩を影武者に――

 左肩を漁師に支えられ――


 魔王の娘は子供の足でも徒歩十分ぐらいの距離にある牧場にたどりついた。

 そこは牧場というか迷宮で、動物というより怪物が育っている。


 そびえ立つ箱型の建物は解放された入口から内部を見ても一切うかがえない。

 なんというか誤算だったが――



「昼に来てもめちゃくちゃ怖いな、ここ……」



 魔王の娘はゴクリとツバをのみこんだ。



「牧場長さまはこの中でお仕事中なのでしたわね」



 右側――

 黒髪に白い肌、赤い瞳――魔王の娘とほぼ同じ容姿をした少女が言う。


 動きにくそうなドレスで汗一つかいていない彼女は影武者だ。

 魔王に代わり勇者に倒されるのが役割の魔族である。

 一方――



「よくこんなところで働いて息が詰まらないね。やっぱり海の方がいいよね……広いし……お尻を虫に刺されたりしないし……」



 ――左側。

 下はふんどし、上は簡単な短い羽織のみという、尻を虫に刺されても仕方ない格好の少女がいた。

 今はリュックを背負っているぶん普段より露出度が低いものの、『リュックを背負うだけで露出度が下がる』という状況がまずヤバイ。

 短い青髪に、顔の左右には魚のエラのようなものが生えている――海で魚をとることが生業の種族、漁師であった。


 三人とも、なかなか踏みだそうとしない。

 やっぱり迷宮もミノタウロスも怖い存在なのだった。

 どちらも子供には荷が重い相手だ。


 そういえば……

 牧場長は普段、勇者についてもらってミノタウロスたちの世話をしている。


 ミノタウロスは自分たちの部屋に入ったものをエサだと思う習性があるので、強くないと世話をしている最中に食べられてしまうのだ。

 牧場長はまだ単独でミノタウロスにエサをやれるほど強くはなかったはずだけれど……



「……牧場長、中で食べられてたりしないよな」



 魔王の娘のつぶやきが、シンと静まり返った牧場(迷宮)に吸いこまれる。

 あたりにはなんとも寒々しい風が一陣、吹いた。

 カサカサとそのへんに生えた草が揺れる。

 青空にはいつしか分厚い雲がかかり、どこかでガラガラとなにかが崩れる音が、小さく、鳴り響いた。


 三人がイヤな空気を満喫していると――

 牧場(迷宮)の中から、カツカツと足音が響いてくる。



「……」



 中は暗くて外からでは見えない。

 だからゆったりとした歩調で外に出ようとしている『ソレ』がなんなのか、わからない。

 だから魔王の娘も影武者も漁師も、ゴクリと生唾をのみこんで、動けないまま『ソレ』が迷宮から出てくるのを待つしかなく――



「――ん? みんなしてなにしてるだすか?」



 出て来たのが、頭の左右に角を生やした、赤い髪の、パンクな格好をした少女――

 ――牧場長で、三人は非常に安心した。

 みんなで牧場長に駆け寄る(魔王の娘は取り残されてその場に崩れ落ちた)。



「牧場長さま! ご無事だったのですね!」

「牧場長! よかったよ! もう食べられたかと……!」

「な、なんの話だす? ウチがなんかしただすか?」



 魔王の娘を除いた三人がワイワイと盛り上がっている。

 その様子を少し離れた位置で倒れ見上げつつ、魔王の娘は言う。



「牧場長……!」

「魔王さま!? なしてそんなとこで這いつくばってんだす!?」

「歩きすぎて、みんなと一緒に駆け寄れなかった……! 足が、足が疲れて……!」

「魔王さま……!」

「牧場長……わたし、こんなんだけど……こんなんだけどさ……なんで牧場長は、わたしを王様扱いしてくれるのかなあ……?」



 会話ができたのでついでに聞いてみた(地を這いながら)。

 牧場長は魔王の娘に駆け寄り、助け起こしつつ――



「なにを言っとるだすか! 魔王さまが脆弱だからこそ、ウチは魔王さまと一緒にいるんだす!」

「え、どういうこと……? あと脆弱って……そんなハッキリ言わなくても……」

「ウチは気付いたんだす……! 弱い魔王さまが、だんだん育っていくのを見守ることこそ、魔族の役目だと……!」

「そ、そうなの? そうかなあ? 魔族の役目そうかなあ!?」

「だから魔王さまは遠慮なく弱くていいんだす! ウチはミノでも魔王さまでも、育っていくのを見るのが大好きだす! たくさん食べて、たくさん動いで、おいしい魔王になるだすよ」

「お前、わたしを食べる気なの……?」

「違っただす。おいしい……お、おいしい……おいしい……ポジティブな表現が『おいしい』しか思いつかねぇ!?」



 おどろくべき語彙量だった。

 ひょっとしたら牧場長は疲れているのかもしれない。



「おいしい魔王になるだす!」



 牧場長は勢いでまとめにかかった。

 魔王の娘はなんか怖かったので「そ、そうだな」とうなずいた。

 話題を変えたい。



「と、ところで、牧場長は勇者も連れずになにやってたんだ? ミノの世話は勇者がいないと危険だろ?」

「ああ、それは勇者に空けられた壁の修繕だすな」

「……牧場長って工事までやるの?」

「いい牧場長はみんな、オリジナルの迷宮を作るもんなんだす。ウチのとうちゃんもこの牧場を造ったんだす」

「それは聞いたけど……まさか工事で造ったとは……」

「工事以外にどうやって迷宮を造るんだす?」



 問われると困る。

 たしかに手段は他にない。



「とにかく、ウチはこのあとももうちょい作業があるっけ、用事があんなら今のうちに聞くだす」

「用事はもう済ん――あ、そうだ! 漁師! リュック!」



 漁師が「はい、魔王さま!」と言いながらリュックを下ろす。

 そして、リュックの口を開けると、牧場長の前にひざまずき――



「さあ、牧場長。この中にはおにぎりがあるから、三つ、取るといいよ」

「お、おやつだすか。工事は力仕事なんでメシはありがてえだす」

「ただし!」

「……なんだす?」

「中をのぞきこんではならないんだ」

「……なんでだす」

「このリュックの中には、ボクの作ったおにぎりと、影武者さんの作ったおにぎりと――魔王さまが作ったおにぎりが入ってるんだ」

「……」

「各三個。この意味が、わかるね?」

「……わかるだす」



 牧場長は静かにうなずく。

 そのそばで魔王の娘が「どういうこと!? 普通に渡せばいいじゃん!」と不可解そうに叫んでいた。

 その声を無視し、漁師は――



「さあ、引くといいよ」

「九個のうち三個はハズレ――いんや、漁師、おめえの作ったもんも当たりかわがんねえな」

「ふふ、よくわかってるじゃないか……そう、ボクら魔族は、自分でとる食材以外はうまく扱えない……影武者さんなどの一部例外はあるけれども」

「漁師の作ったのは、生魚入りおにぎりだすか?」

「包丁は使った、とだけ言っておこうか」

「へっへっへ」

「ふっふっふ」



 笑い合う牧場長と漁師。

 その横で魔王の娘が怖がり、影武者が魔王の娘を抱きしめてなだめていた。


 牧場長はひとしきり笑い、ふう、と息をつき――

 腕をガバッと後方に振りかぶって、



「いざ! 今後の体調を決めるおにぎりドローだす!」



 勢いよく、リュックに腕をつっこんだ。

 彼女の体調は、そして――

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