51話
その後、マンドラゴラ屋、コカトリス飼育員とまわり、『なぜ魔王を王扱いするのか質問』と『おにぎりくばり』を続行した。
その結果、おにぎりはほぼ均等に分配され――
マンドラゴラ屋とコカトリス飼育員が魔王の娘を魔王扱いする理由はそれぞれ――
『運命からは逃げないわ。魔王さまがいかに貧弱でも、それに立ち向かう方がいいもの』
『魔王さまはいつかコカトリスの卵を食べてくれるから好きですう』
という結果になった。
つまり、みなが魔王に従う理由は――
「――よくわからない!」
魔王の娘は家に戻っていた。
炊事場である――いつも食事をとるテーブルには、漁師と影武者もいた。
炊事場にはこの三人きりで、女神は今、いない。
家の掃除をしている。
「なんでみんなわたしを世界に二人といない君臨者のごとく崇めるんだろう……」
「崇めてはいるのでしょうか……?」
影武者がなにか言いたそうだった。
でも影武者の席は、魔王の娘から見て左側、漁師のさらに向こう側なので、その自信なさげな声は魔王の娘の耳によく聞こえない。
「そういえば、影武者と漁師はなんでわたしを唯一絶対の君主として奉るんだ?」
「まあ唯一絶対の君主ではありますし、奉ってもおりますけれど……」
影武者が奥歯に物が挟まったような口ぶりになる。
しかし魔王の娘からは遠くてよく聞こえない。
「はい、漁師から! なんで? ねえなんで?」
バンバンと魔王がテーブルを叩く。
漁師は顔の左右にあるエラをピクピクさせ――
「うーん、ボクはほら、魔王さまに従ってるっていうか、勇者さまに媚びへつらってるだけだから」
「ええええええ!? そうなの!?」
「魔王さま、ボクはね――死なないためならたいていなんでもするんだよ」
「すっごい格好よく格好悪い……」
だが、たしかに、漁師が勇者と初めて対面した時――
――土下座していた。
魔王の娘も、土下座する漁師のまんまるな尻はよく覚えている。
「じゃ、じゃあ、勇者とわたしが敵対したら、漁師は勇者につくの?」
「いやいや。その選択肢はさすがにありえないよ」
「そうだよな! わたしの味方だよな!?」
「ボクならまず敵対させないね」
「……」
「獲った魚全部を貢いでも、ボクは勇者さまと魔王さまを敵対させない。土下座してすがりついて足を舐めても、敵対させないよ。命以外だったら、なんだって懸けてみせるさ」
「……」
格好いいが、情けなくて、あとちょっと怖い。
足を舐めるとかそこまでされたら勇者もひきそう。
漁師が理解できない話をするので――
魔王の娘は影武者へ焦点を合わせた。
「影武者はなんでわたしに従うの?」
「わたくしですか? わたくしは……牧場長さまと似たような感じでしょうか……」
「どういうこと?」
「魔王さまの成長を見守ることが魔族のつとめと思っておりますので……なんと言いますか……うまく整理できないので勘違いさせてしまうかもしれないのですが……」
「いいよ! 言って!」
「……ひどい目に遭っている魔王さまを見ていると、胸がときめくのです」
「…………」
「あの、勘違いなさらないでくださいましね? 魔王さまがひどい目に遭うのが嬉しいわけではありませんわよ?」
「あ、う、うん、そうだね。そうだよね……」
「わたくしがときめくのは、常人ならばなんのことはない場面で能力がいたらぬために非常な苦労をし、それを乗り越えていく魔王さまの姿なのです」
「あ、わかった! それならわかる!」
「しかし乗り越えたところで、それはやっと常人レベルなので、そこもまた胸が……思い出すだけで胸が苦しく……この切なさ、たまりませんわ……」
「わたしのまわり変なのしかいない……」
魔王の娘は愕然とした。
明日からみんなと仲良く遊べない気がする。
「うーん……わかんない……あ、そうだ、みんなに聞き忘れたことがあった……」
影武者と漁師が首をかしげる。
魔王の娘はテーブルに突っ伏して――
「……『魔族の集落』の連中がわたしに従わないのって、『運命』との戦いなのかなって」
「「……」」
「だから、わたしが連中を従わせようとするのは、連中の『運命』との戦いを邪魔するのかなって、そうも思ったんだけど……」
「「……」」
「それで、お前たちにね、聞きたかったんだ。わたしに従わないだけで『運命』に抗ったことになるって、どうして考えないのか……うーんと……よくわかんないけど、なんかそんな感じのこと聞きたかったんだけど……疲れててそこまで頭回らなかったな……」
ぐでー、とテーブルの上に身を投げ出しながら、魔王の娘は言う。
そして、
「……でも、みんながわたしに逆らえば、魔族はみんな運命に勝てる――っていう気も、しないんだよな……なんとなくだけど、わたしでも誰でもいいけど、誰かのところでひとかたまりにならないと、けっきょく勇者に……次代の勇者に負けて運命通りの結末になりそうっていうか……」
魔王の娘は意味なく両手をバタバタさせ――
「弱い勝利な気がするんだ。わたしに従わないで得られる勝利は。『弱い』っていうのは、えっと……」
――ピタリ、と動きを止める。
それから――
「うわああああああ! わかんない! よくわかんない!」
テーブルの上で上半身だけバタフライした。
周囲で聞いてた漁師と影武者はビクッとし――
交互に、なだめるように魔王の娘へ話しかける。
「ま、魔王さま! ご安心を! わたくしどももよくわかりませんわ!」
「そうだよ! ボクらだってよくわかんないよ!」
「ええ! むしろ、わたくしは魔王さまがそこまで考えていらしたことに感服いたしました!」
「そうだよ! みんな魔王さまは寝て起きて食べるだけの生き物だと思ってたから!」
「そうですわ! まさか魔王さまがそこまで真剣に魔族の未来をお考えとは、この影武者の目をもってしても見抜けませんでしたわ!」
二人とも、どうやら、魔王の娘のことをバカだと思っていたようだった。
魔王の娘はギギギギと重そうに首を動かし、突っ伏したまま二人の方向を見て――
「お前たち、わたしを、バカに、しすぎ」
影武者と漁師は愛想笑いを浮かべた。
魔王の娘はしばしじとーっとした目で二人を見て――
――唐突に、笑う。
「でも、励ましてくれてるのはわかったから、ありがとう」
影武者と漁師はホッとしたように笑う。
――そのやりとりを隠れて聞いていた者がいた。
炊事場入口に並んで立つ二人。
一人は金髪に薄い金色の瞳の、エプロンをつけた女性――女神で。
もう一人は、魔王の娘たちの旅路に本当にこっそりついて行っていた勇者であった。
女神は微笑み、勇者に言う。
「なんとなく、今夜はごちそうにしたいですね」
「ごちそうなら毎日でもいいぞ」
「……あの、そうではなく……魔王の娘さんが、なにかこう、一皮剥けられたようなので」
「いや、変わらない。別に一皮剥けてない」
「あの、念のために補足いたしますと、『一皮剥けた』は『すりむいた』ではなく『精神的に成長した』という意味ですけれど……」
「知ってる」
「一皮剥けていませんか?」
「魔王の娘は最初から、けっこうああいうヤツだ」
「……」
「最初から、わりと色々考えてる。責任感だって強い。でも言動に出ないからみんな気付かないだけだ」
「……あの……つまり今は言動に出るようになったということでは……」
「そうだな」
「それは精神的に成長したからでは……」
「……そうだな」
「…………」
「………………」
「……今夜はごちそうにしたいですね」
「そうだな」
勇者はうなずいた。
女神は笑い――夕食の献立をなににしようか頭を働かせ始めた。




