表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/3

第1話:プロローグ、あるいはありふれた始まり

静かな病室に、医療機器の微かな駆動音だけが響いていた。


俺――ビリーはベッドに横たわり、ぼんやりと天井を見つめていた。

意識は自然と、あの襲撃の夜へと引き戻される。


駆け巡るアドレナリン。

乾いた銃声。

そして、痛みと恐怖が入り混じったあの混沌。


今となっては、それらすべてが遠い出来事のように思えた。まるで、現実感のない作り話のように。


コンコン、と。

控えめなノックの音が、俺の思考を遮った。


看護師かと思って視線を向けると、入ってきたのは一人の若い女性だった。

どこか緊張した様子で、おずおずと足を踏み入れてくる。


視線が交わると、彼女は申し訳なさそうな、小さな微笑みを浮かべた。


「こんにちは」

彼女はドアの傍に立ったまま、蚊の鳴くような声で言った。

「あの……お邪魔じゃなければいいんだけど」


俺は瞬きを繰り返し、彼女の顔を思い出すまでに数秒を要した。


「君は……あの路地裏の」


彼女は勢いよく頷いた。


「うん、そう。あの夜、すぐに逃げ出しちゃって、本当にごめんなさい。パニックになっちゃって……あなたの無事を確認することさえしなかった」

彼女の声は細かく震えていた。

「あれからずっと、罪悪感で押しつぶされそうだったの」


俺はなんとか薄い笑みを浮かべ、首を振った。


「気にするな。怖かったんだろ。誰だって同じことをしたさ」


俺の穏やかなトーンに目に見えて安堵したのか、彼女は一歩、ベッドへと近づいた。


「どうしても、お礼が言いたくて。あなたは私を救ってくれた。もしあなたが割り込んでくれなかったら、私、どうなっていたか分からない」


気恥ずかしさを覚えて、俺は一瞬だけ視線を逸らした。それから、再び彼女の目を見つめる。


「ただ、そうすべきだと思ったから動いただけだよ」


二人の間に、短い沈黙が流れた。

やがて、彼女は心からの、感謝の詰まった笑顔を見せた。


「私、マリーっていうの。よろしくね」


「ビリーだ」

俺も笑みを返した。


マリーは少し照れくさそうに髪を耳にかけ、さらに緊張した様子で言葉を続けた。


「突然で驚かせるかもしれないんだけど……もしよかったら、今度一緒に飲みに行かない? もちろん、体調が良くなってからでいいんだけど」


予想外の誘いに驚いたが、自然と口元が緩むのを止められなかった。


「ああ、いいよ。喜んで」


マリーの顔が一瞬でパッと明るくなった。


「よかった! じゃあ、退院する頃にまた来るね。約束だよ?」


「約束だ」


彼女は最後にもう一度温かい笑顔を残し、病室を去っていった。


ベッドに深く体を沈め、俺はさっきよりも少しだけ軽くなった心で天井を見上げた。


助けた見知らぬ美女と、飲みに行く約束か。

――俺の運(Luck)は、本当に悪くないのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ