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片思いしていた元同級生がうちの本屋でバイトを始めたんだが!?〜彼女は毎日のようにリビングまで上がり込んでくるし、距離感おかしくない?〜  作者: 早野冬哉
第三章

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40.打ち上げ

「みんな取材お疲れ様~」


「お疲れ様ですっ!」


「お疲れ」


「お疲れ様」


 桐山家の食卓に、カァーンとグラスを乾杯する音が響く。回らない高級寿司が置かれた食卓を優花、乃亜、母さん、そして僕の四人で囲い、取材の打ち上げが始まった。


「さあみんな食べて食べて~」


「いただきますっ!」


 母さんがゴーサインを出すとすぐ、優花は割り箸を割ってホタテを取った。そしてホタテを醤油皿に擦り付け、口の中へと放り込む。


「んー! おいひぃー!」


 歓喜に体を震わせながらホタテを味わう優花。その姿は天に召されそうなほど幸せそうで──僕と乃亜は息を呑み、僕はサーモン、乃亜はイクラを口に入れた。


「ん!?」


 乃亜が目を見開く。同時に僕も目を大きくした。


 うまぁ……。


 脂の乗ったプリプリのサーモンに、もちもちの酢飯。それに醤油の塩味とワサビの辛味も控えめで、寿司本体の味を際立たせている。


 今まで食べてきた回転ずしとは比べ物にならないおいしさに、僕たちは会話も忘れて寿司を平らげた。


「ねぇ、そろそろじゃない?」


「あらぁ~本当ねぇ~」


 寿司を食べ終え、壁掛け時計を見ていた乃亜が声を上げる。それに反応して、母さんはテレビをつけた。


 そう言えば打ち上げ今日にしたのって、取材の放送日と合わせるためだったな。


『今日の『地元の隠れた人気店』コーナーでご紹介するお店は──桐山書店です!』


 食卓からでも画面が見えるよう、あらかじめ位置と角度を調整しておいたテレビからアナウンサーの声が流れてくる。そして次に、優花のインタビュー映像が流れ始めた。


「優花ちゃん流石ねぇ~。テレビで見てもこんなにかわいいなんて~」


「もぉー。からかわないでくださいよ明美さんっ!」


「えぇ~本当にかわいいわよ~?」


「あはは……」


 母さんに「かわいい」って言われて照れくさそうに微笑んでいる今の優花もかわいい。


 思わず優花の横顔に見惚れていると、横からジトっとした乃亜の視線に刺された。


「ホント優花は流石だわ。それに比べてアンタは……」


「ごめんって……」


 ちょうど流れた、良くも悪くも目立たない僕のインタビュー映像を見て、自分でも苦笑いが零れた。けれど、それ以上に達成感も感じていた。


 目をキョロキョロさせて噛みまくっていた最初よりはだいぶマシになったから。


「でも乃亜ちゃん。透、最初よりは随分よくなってるわよ〜?」


「そうは言いますけど、最初があれじゃねぇ……」


「まあまあ乃亜さん。透も頑張ったんだしいいじゃん! 今は楽しもっ?」


 一切曇りのない、優花の太陽のように明るく純粋な笑顔を向けられた乃亜は「うっ……」と声を上げて口を閉じた。たぶん優花の純粋さは、嫌みっぽいところがあると自覚はしている乃亜にとっては弱点属性なのだろう。


「ほらほら乃亜さん。もっと食べて食べてっ!」


 心を浄化される苦しみを味わっている乃亜。そんなことに気付くわけもなく、優花は純粋な好意でイクラやカッパ巻きを乃亜の皿に乗せていく。


 優花と乃亜がじゃれ合う光景はなんだが微笑ましくて、僕は口に運ぶ途中のサーモンを箸で摘まんだまま二人を眺めていた。


 けど流石に乃亜がちょっとかわいそうだな……そろそろ助けるか。


「優花、水取ってくれない?」


「はいっ!」


「ありがとう」


 まるで呼吸をするかのように、ごく自然な流れで水が受け渡される。そうして優花の注意を乃亜から僕にずらし、話題を変える。


「あー、優花。インタビューの時はありがとうね。優花が回答見せてくれなきゃたぶん失敗してた」


「いいっていいって! 高校の時のお返しだよ!」


「……ん? 高校の時って?」


「あれっ? 覚えてない? ほら、高体連の後の数学の授業でさ。わたしが大会明けで疲れてうとうとしてた時に当てられて答え分からなかった時に──」


「あー、あったねそんなこと」


 確か、隣の席で首をカックンカックンさせていた優花が先生に当てられて。それで僕がノートの答えを見せたんだったな。


「あの時はホントに助かったよー」


 懐かしいなぁ……もうあれが二年前なのか。


 高校時代の優花との思い出に、僕の胸はいっぱいになる。湯船に浸かったみたいに体の芯から温かくなって、自然と思い出話を広げる方向に口が動く。


「そう言えばその時優花、急に先生に当てられて『ひゃいっ!?』って返事してたよね」


「もぉー! それは言わないでよぉー!」


「っていうか、よだれの跡もついてたし」


「もぉー!」


 ほんのりと頬を赤くし、僕の肩を掴んで揺らす優花。思い出話にテンションが上がった僕は恥ずかしがる優花を見て、たまにはからかう側もいいかもしれないと、そう思った。


 思い出話に花を咲かせる僕と優花の横で、乃亜が何か呟く。


「まぁた二人の世界に入って……なんでこれで付き合わないのか意味不明だわ」


「そうよねぇ~。でもね~これはこれでからかい甲斐があって楽しいのよ~」


「……叔母さんってそういうとこあるわよね」


 呆れた目を向けてくる乃亜と、おっとりと温かい視線を向けてくる母さん。彼女たちの視線の先で笑い合う僕と優花。なんとも言えない幸福感に浸りながら、僕たちは夜まで話し続けた。


***


「じゃあアタシはそろそろ帰るから」


 三十分ほどして僕と優花の思い出話が終わった頃、乃亜が席を立った。


「それならわたしもそろそろ帰ります。お寿司ご馳走様でしたっ!」


 椅子から立ち上がり、ペコっと頭を下げる優花。母さんは優花に向かって手をヒラヒラと振って、頭を上げるように促した。


「いいのよ~。今回の取材は優花ちゃんも頑張ったんだから~」


 優花は素直に頭を上げると、お辞儀の際に目にかかった髪を耳にかける。それから、その透き通った黒い瞳を僕に向ける。


 ほとんど毎日見ているはずの彼女の目が、今だけは何故か特別に見えて──吸い込まれそうになる。


「透も、思い出話楽しかったよっ!」


「え……ああ、うん。僕も楽しかったよ」


 優花に呼ばれて我に返った僕は、優花の目に見惚れてしまっていたことを誤魔化すために視線を逸らした。


「ねぇアンタ」


「ん……? 何?」


 乃亜に呼ばれて振り返ると、彼女はすでに玄関にいた。乃亜は僕を見下すような鋭い視線を向けてくると、相変わらず棘のある声で言う。


「ちゃんと優花を送ってあげなさいよ」


「え……あ、うん」


「そんだけ。じゃ、帰るから」


 乃亜の意外な一言に戸惑っているうちに、乃亜はさっさと扉の陰に消えていった。


「乃亜ちゃんまたねぇ~」


 最後、乃亜がすごく優しい目をしていたように見えたけど、たぶん僕の見間違えだろう。


***


「お寿司おいしかったねー!」


「うん」


 打ち上げが終わり、僕は今、優花を家まで送っている最中だった。


「ねぇ、透ってサーモン好きなのっ?」


 隣を歩く優花が、ちょっとだけ腰を前に曲げて僕の顔を覗き込んでくる。


「え……そうだけど、なんで?」


 僕は、突然の上目遣いから目を逸らし、聞き返す。


「だってサーモンだけすごい勢いでなくなってたもん!」


「えっ……あー、それはごめん。優花もサーモン食べたかったの?」


「ううん。ただ透はサーモンが好きなんだなーって思っただけだよっ? わたしが好きなのはホタテとイカだしねー」


「そうなんだ……」


 優花ってホタテとイカが好きなんだ……。


 また一つ、優花のことを知れて嬉しい。優花にバレないように喜んでいると、優花の黒髪が夜風に靡いた。


「そう言えば、もうすぐ五月も終わるね」


「うん」


 この時期の夜風はまだ少し冷たくて、けれどどこか夏の訪れを感じさせる。


「早いなぁー。透の家でバイト始めてからもう二か月経つんだ」


「そうだね……あー、もうバイトには慣れた?」


「あははっ! 当たり前じゃん! 透それ、最初の一週間とかで聞くことだよっ?」


「そ、そうだね……」


 バカなことを聞いてしまったと、頬が熱くなる。僕の歩幅は小さくなり、いつの間にか優花は前にいた。


「あ、でも」


 不意に、優花は街灯の下で立ち止まる。僕を振り返る際に靡いた黒髪が街灯の光を乱反射して、夜空を彩る星のように、優花のかわいらしい顔を際立たせていた。


「たぶん明日からお客さん増えるよねっ?」


「えっ……? ……あー、確かに。テレビの影響って強そうだしね」


 しばらくは忙しくなるかもな。


「だよねー」


 そうして僕たちが他愛のない会話をしながら歩いていると、いつの間にか優花の家の前まで来ていた。


「透っ!」


 家の前で僕を振り返る優花。彼女は背中側で手を組み、改めて僕の名前を呼ぶ。少し前傾した彼女の髪には、修学旅行の時に僕が選んだ鳥のヘアピンが付けられていた。


「また明日からもよろしくねっ!」


 ふわりと黒髪を揺らし、天使のような笑顔で微笑む優花。普段の僕なら絶対に見惚れて口が動かなくなっていたけれど、今だけは自然と口が動いた。


「うん。こっちこそよろしく」


 こうして僕と優花はまた、家まで上がり込んでくるバイト仲間としての日常へと戻っていった。

この話を読んでいただきありがとうございます!

ここで第一部完結です!


「面白かった!」


と思っていただけたら、


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