23.遊園地デート②
「きゃあぁぁぁああぁぁー!」
ジェットコースターが急降下し、隣の席で優花が楽しそうに悲鳴を上げた。両手を上げて笑顔を浮かべる優花とは裏腹に、僕は安全バーをがっしり掴み唾を呑む。
け、結構スピード出るな……。
それからジェットコースターは何度か上下を繰り返し、乗り場に戻った。
「楽しかったぁー!」
ジェットコースターから降りて伸びをする優花。彼女の黒髪は所々跳ねていて、寝ぐせみたいで微笑ましい。櫛でとかしてあげたくなるけれど、そんなことしたら絶交されかねないから我慢する。
「優花、髪跳ねてる」
「えっ? ……あ、ホントだ」
これ、見てていいのかな……?
跳ねた髪を押さえつける優花。その様子は優花の朝支度──プライベートのワンシーンみたく思えて、私生活を覗いているような背徳感を覚えた。
「あっ、透。次はあれ乗ろっ!」
髪を直し終えた優花が声を弾ませて指さしたのはコーヒーカップ。行列もなくすぐにでも乗れそうだ。
「分かった」
「たくさん回すから覚悟してねっ!」
「そう言って自分が吐かないでよ」
「大丈夫だよ! わたしそんなにバカじゃないからっ!」
本当に大丈夫かなぁ……。
「お二人ですね? どうぞー!」
コーヒーカップに乗り込むと、対面に座る優花がニヤリと口を歪める。間も無く、愉快な音楽とともにカップが回り始めた。
「行くよ透!」
宣言通り、優花は全力でカップを回した。無駄に無駄のない完璧なフォームでハンドルに力を加える優花の手によって、すぐに周囲の景色は線へと変わっていく。
飛ばし過ぎじゃ……これ乗り物酔いに強い人でも酔いそう。
「透もまだ平気そうだねっ! 透も回してよっ!」
優花は白のブラウスと黒髪を靡かせ、「ほらほら~」とかわいい挑発をしてくる。僕は流されるままハンドルに手を伸ばし、最終確認を取る。
「ほ、本当に回して大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫! じゃんじゃん回しちゃって!」
「分かった」
僕は優花と一緒に、全力でハンドルを回した。
「透も楽しんでるっ?」
手のひらから伝わる金属のひんやりとした冷たさと、優花の明るい笑顔に包まれて、思わず僕も笑った。
「ちょっと楽しい」
笑い合い、夢中でハンドルを回して過ごしたコーヒーカップでの二分間はあっという間に過ぎ去った。
「うぐっ……」
「大丈夫? 優花」
「これ、かなりヤバいかも……」
案の定、優花は酔った。顔は青ざめ、手で口を押えている。
だから言ったのに……。
僕は周囲を見回し、近くにベンチを見つけた。
「とりあえずあそこのベンチで休む?」
「そうするー……」
「えっ!? 優花何して……」
優花は僕の腕に手を回し、寄りかかってきた。二の腕やらなんやら、どこもかしこも柔らかくて温かくて──。
ってそうじゃない! これアウトでしょ……! 瑠夏さんにでも見られたら殺され──!
その時、ギロリ、と聞こえてきそうなほど強烈な視線が僕の背中を貫いた。
恐る恐る目だけで振り返ると、そこには建物の陰から僕たちの様子を見る、キャップとサングラスを付けた瑠夏さんがいた。彼女は建物の壁に爪を立て、ギリギリと音を立てている。
怖っ!? やっぱり瑠夏さんいるよね……「キミが優花にふさわしいかどうか、見させてもらうよ」とかいってもんなぁ……。
だからといって、酔って真っ青になった優花を振りほどくわけにもいかず──僕は瑠夏さんに気付かないふりをして、優花とくっついたままベンチまで歩いた。
「ありがとぉー」
優花はフニャフニャとベンチの上で溶けていく。普段ならかわいいと思って見惚れていただろうが、さっきからずっと僕の背中を刺している視線が気になりすぎてそれどころじゃなかった。
「の、飲み物買ってくる」
「うん。よろしくー」
僕は優花をベンチに残し、飲み物の屋台へ向かう。その途中で瑠夏さんがいた建物の横を通ってみると、当然のように二の腕を掴まれ建物の陰へと引きずり込まれた。
「透くん。さっきのはどういうつもりかな?」
「あれはえっと……優花からで僕は何も──」
「キミは! そんな言い訳が通用するとでも思っているのかい?」
笑顔を取り繕った口端がピクピクと震える、激怒一歩手前の表情を浮かべる瑠夏さん。彼女は一歩迫ってきて、両手で壁ドンされた。
「ズルい……」
……ん?
瑠夏さんは涙目になって、僕を睨みつけた。
「ボクも優花とくっつきたいのにキミばっかりズルいぞ! ボクなんか毎日優花と同じ屋根の下だというのに、二か月十三日前から一度も優花の温もりを直で味わえてないんだ」
そこに、いつもの少し気取ったイケメンの瑠夏さんはいなかった。今目の前にいるのは、かわいい妹にかまってもらえなくて拗ねている、ただのお姉ちゃんだけ。
「えっと……瑠夏さん?」
「ハッ……! す、すまない透くん。今のは忘れてくれ」
瑠夏さんはほんのりと頬を赤らめ。ばねに弾かれたように壁から手を離して横を向く。それから前髪に手櫛を入れて顔を隠す。その仕草に、照れた時に鳥のヘアピンを弄って顔を隠す優花の姿が重なる。
やっぱり姉妹なんだな……。
「ハァ……仕方がないか。……透くん、今回だけは見逃してあげよう。けれど、次また優花と密着するのなら容赦はしない。いいね?」
「分かりました」
「よし。なら早く行くといい。これ以上優花を待たせるわけにはいかないだろう?」
「はい。じゃあまた」
何故か許されたようなので、僕はそそくさと建物の陰から逃げ出した。
もしかして、瑠夏さんって思っていたより怖くない……?
そんなことを考えながら、僕は小走りで飲み物屋に向かった。




