18.二人でゲーム
「あっ、透も『マリモカート』持ってるんだ」
優花は今、少し大きい僕の服を着てゲームソフトを漁っている。雨で濡れた服が乾くまでの暇つぶしとして。
「優花も持ってるの?」
「うん。わたしこのゲーム強いんだよっ?」
「そう? ならやる?」
「いいけど、わたし強いよっ?」
優花は鼻を高くして胸を張る。
「じゃあやろう」
僕も「マリモカート」の腕には自信がある。それほど長い時間プレイしているわけではないが、なにせ僕はぼっちだ。友達と遊ぶこともなく、オンラインの猛者たちに揉まれ続けてきたのだ。当然強くもなる。
早速僕たちはコントローラーを握り、ソファーに並ぶ。
だから近いって……!
優花と肩が当たりそうになって、ちょっと左へ移動。それからスタートボタンを押した。
「わたし手加減しないからね? 負けても泣かないでよっ?」
それ、フラグじゃ……。
優花の挑戦的な視線に、白い目を返す。
画面では三、二、一とカウントが進み、「GO!」の文字と同時に僕と優花は完璧なスタートダッシュを決めた。
数分後──。
「えっ……?」
優花の画面には「一位」の文字、僕の画面には「二位」の文字が表示されていた。しかも、タイム差は十秒近くもある。完敗だ。
「やったぁー!」
ばねに弾かれるような勢いでのけ反り、万歳のポーズを取る優花。
さっきのフラグじゃなかったの!? ゲームも上手いって……勉強も運動もできてかわいくてコミュ強で、優花ってもしかしなくてもチートキャラ?
「優花って、七味唐辛子並みに万能だね……」
「ん? どゆこと!?」
「いや、勉強も運動もできてコミュ力もあって、ゲームまで上手いなんて多才だなぁって」
「あーなるほど……って、どうやったら多才から七味唐辛子に行くのっ!? わたしは透の思考回路の方がすごいと思うよ!」
「そう?」
「そうだよっ! わたし、透みたいな喩え方する人他に見たことないもん。連想の仕方が狂ってるよ!」
それって褒められてるの……?
「ねぇっ? まだ時間あるよね? もう一戦しないっ?」
「うん。やる」
次は勝つ。
こうして僕たちは雨の中、優花の服が乾くまで「マリモカート」を楽しんだ。
「あー楽しかったぁー!」
結果は僕の全敗。隣で満足げに伸びをする優花に手も足も出なかった。
「優花、上手すぎない? どれだけやり込んでるの……?」
「そんなにやってないよー? それに透だって結構強いじゃん! 最後なんて一秒差だよ?」
「そうだけど……」
伸びをしている優花を見ると、服の隙間からきれいなヘソが出ていた。ゲーム中は気にならなかったのに、ゲームが終わった途端に意識してしまう。
ゲームのリザルト音と雨音だけが聞こえる沈黙に、僕は耐えられなかった。
「えっと……雨、まだやまないね」
「そうだねー」
何で天気の話なんだよ……! それは話題がない時の最終手段だろ……。
「そう言えばさ、わたしたちって高校生の時に、一回だけ一緒に雨宿りしたことあったよねっ?」
「ああ……二年生の六月くらいだっけ?」
助かったぁ……雨から会話つなげられるって、やっぱり優花はすごい。
「そうそう! あの時もいきなり土砂降りで大変だったよね!」
そうして僕たちは、高校時代の一ページを思い出す。
***
高二の六月。下校途中に突然大雨が降り出した。
足止めかぁ……早く帰って新作のラノベ読みたかったのに……。
僕は公園の屋根付きベンチの下で、ため息を吐いた。靴の中がぐちょぐちょで気持ち悪い。
しばらく雨を眺めていると、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえ始めた。僕は人と話す気分じゃなかったから、雨を見続ける。
「あれっ!? 桐山くん?」
雨音と絶妙なシンフォニーを奏でる澄んだ声に、反射的に振り返る。
「鳳さん……」
「偶然だね! 桐山くんも雨宿り?」
「うん。傘持ってなかったから」
「だよね、傘持ってないよねっ! 今日天気予報で降水確率ゼロパーとか言ってたのにね。急に降りだすんだもん!」
「うん……」
学校外で鳳さんと二人きり。しかも、鳳さんの髪からは水滴が滴り、首筋やスカートから覗く生足も濡れて艶めかしい。直視できない。
これって誰かに見られたらまずいんじゃ……。
「あ、僕帰って読みたい本があるからもう行くね」
「えっ! でもこの雨だよっ? 風邪ひいちゃうよ」
「いや、でも、ずっと楽しみにしてた新刊だから」
そう言って僕が出ていこうとすると、鳳さんは力なく笑った。
「あはは……わたし、迷惑だったみだいだね。桐山くんは雨宿りしてていいよ。わたしが出てくから」
「……っ! そうじゃなくて。えっと、その……僕なんかと二人でいるところを知り合いに見られたら、勘違いされて鳳さんに迷惑が掛かると思ったんだ……」
観念して本音を話すと頬が火照る。雨のせいでもう熱が出たのかと錯覚するほどに。
対して鳳さんは、そんな僕を見て腹を抱えた。
「あははっ! 何それっ! わたし、そんなこと気にしないよ!」
やっぱりかわいい……ラブコメならメインヒロインだよこれ。それも僕はモブで、クラスのイケメンが主人公になるタイプの。
「ねっ! とりあえず座ろっ?」
そうして僕たちは雨が止むまで、他愛のない雑談をして過ごした。
***
「あの時の透。ずっと雨見てて一度も目を合わせてくれなかったよねっ!」
「それは……新刊ラノベのこと考えてたから……」
「ホントにぃー?」
「いいでしょ別に。もう二年くらい前なんだから覚えてない」
「あははっ! まあそう言うことにしておいてあげるっ!」
僕と優花は、リビングのソファーに並んで思い出話をしていた。
「それにしても二年前かー。もうそんなに経つんだ」
そう言って遠い目をする優花。彼女はいきなり、僕の肩に頭を乗せた。
はっ!? なんで!? ……あれ? でも、思ったより緊張しないな。
すぐ隣にある優花の髪からは、うちのシャンプーの匂いがする。だからだろうか。それとも、優花とこの距離感で関わることに慣れてきた?
何にせよ、僕の中では緊張よりも安心感が勝っている。腕に触れる柔らかい感触も、肩に乗る優花の顔も、ただただ温かい。
ずっとこうしていたいな……。
そんな傲慢な願いを思い浮かべた途端、洗濯機の乾燥完了の機械音が鳴り響いた。
まあ、そうだよね……。
仕方なく立ち上がろうとするが、優花が僕の腕を捕まえて話さない。
「もうちょっとだけ……」
えっ……!? それってどういう……。
優花を見ると、目を逸らされた。そう言えば眉唾だが、女子には誰でもいいから男子に甘えたくなる時があるとかないとか……。
「……分かった」
僕は優花の言葉に甘えて、もう少しだけ優花の温もりを謳歌した。




