第七話 「 眼下の黒影 」 昭和十七年 六月
バシー海峡を越え、はや一月。艦隊はパラオ泊地を出発、ラバウルへと進んでいた。
岩井は第一部隊と共にいたところ、事態は急変した。
コーン、コーンという警報と共に、艦内は慌てた様子になった。
グリム「みんな慌ててるけど・・・雪奈大尉、この警報分かります?」
岩井「一般警報だな。何か異変があったようだが、今は待機するしかない。」
グリム「ていうか、急に左右に振れ始めましたね・・・」
ぺい「波でも高いんですかな?・・・速度も心なしか落ちたような。」
左右に転舵を繰り返し、加減速も不規則的。
この状況がまさに教本通りであることを、中野は思い出した。
中野「・・・この動き、之字運動に似ているような気がします。」
グリム「之字運動?なにそれ?」
岩井「対潜戦闘時の、雷撃回避運動だな。やはり敵か。」
おちょ「ってことは、雷撃されたってことですか!?」
そう聞き返すのは、おちょ中尉こと、小杉吉彦。元陸軍飛行第22戦隊。
戦闘時はお調子者になるらしく、グリムが「おちょ」とつけたとか。
岩井「いや、敵艦発見時からやることだ。撃たれたと確定したわけじゃない。」
「さて・・・この艦隊、我々以外の航空機は何がある。」
グリム「確か、巡洋艦に偵察機が1機積んでありましたね。」
岩井「・・・そうか。」
岩井はしばらく考えたのち、こう口にした。
岩井「仕方ない、出るぞ。発着艦経験者を4人集めてくれ。」
「私は、司令に出撃許可を取ってくる。」
グリム「了解!・・・って出るんですか!?」
岩井「水上艦。特に空母と潜水艦じゃ相性が悪い。援護するぞ。」
「・・・でないと皆、死ぬからな。」
対潜戦闘。幾多もの実戦と教練を経験してきた岩井は、事態の深刻さを理解していた。
司令の許可を取ったのち、285隊からは、零戦5機が出撃することとなった。
装備は6番(60kg)2発。潜望鏡深度に合わせ、信管も設定済みだ。
「丹沢」は之字運動を一時止め、最大戦速。5機は発艦した。
そして、約10分後・・・艦隊9時方向の海に、黒い影が姿を現した。
岩井「敵潜発見。これより攻撃を行う。」
「ここで外せば逃げられるから、攻撃は私が行う。上空援護は任せた。」
隊員たち「了解!」
そう指示を出すと、岩井は垂直上昇の後に推力を切った。
機体は失速し、真っ逆さまに。向きを変えるその瞬間に、フラップを最大限展開した。
おちょ「えちょ、何やってるんですか!?」
司令「疑似的にエアブレーキを再現ししたか。とんでもないやつだな・・・」
ぺい「弘法筆を選ばず、ということですな。零戦で急降下爆撃は、想定外でござる。」
グリム「ほんと、零戦に乗せたら勝ち目無いね。何でもできちゃうんだから。」
艦上で見守る者たちが、その様子を見て感嘆の声を上げていた。
目線の先の動きにはブレがなく、さもできて当たり前かのような飛び方である。
岩井「ここまで来たのにまだ気づかないか。投下用意。」
爆弾を切り離す。それと同時にフラップを戻し、零戦は戦闘機の動きへと戻る。
岩井「投下よし。信管発動まで、2、1。」
投下の数秒後。大きな水柱が上がったと思えば、
気泡と共に、あたりには金属片や衣類が、大量に散乱した。
艦隊は無事に危機を脱し、零戦たちが戻ってきた。
司令「岩井大尉、よくやってくれた。感謝する。」
岩井「必要だから出た。それだけだ。」
司令直々の賛辞にも、淡々と返す岩井。
その横では、海に祈りをささげる者が。
グリム「・・・中野少尉?どうしたの?」
中野「・・・祈ってます。沈んだのは敵とはいえ、命は命ですから・・・」
命は等しく命。そんな人道を忘れない、新米少尉がここにいた。




