03 私とアレク
……いいや、場合によっては魔法で気絶させてうやむやにしよ。
足音が少しずつ近づいてくる。誰が来るのだろうかと緊張気味に待った。
そして。
「おや、逃げてない」
ドアが開き、姿を現したのはトーランド公爵令息だった。
「イザベラ、久しぶりだね」
「……お久しぶりです、トーランド公爵令息様」
「かたい、かたいよベラ。…昔みたいにアレクって呼んでよ」
目の前に現れたのはアレクシス・トーランド公爵令息。
トーランド家特有のプラチナブロンドに宝石のように輝く緑の瞳を持った、トーランド公爵家の一人息子。高位貴族らしい華やかで美しい見た目をしている。陽の光を浴びて髪がキラキラと光って、輝きが懐かしくて目を細めた。
……目の前の彼とは昔馴染みである。
お母様と公爵夫人が親友で、お母様が生きていた頃はよく一緒に遊んでいた。
かつてアレクシスは私をベラと呼び、私は彼をアレクと呼んだ。
お母様が亡くなってからは外部と交流することを禁じられたから、こうして話すのはお母様の葬式以来だ。当たり前だけど背も伸びて大人っぽくなった。
お互い見た目も中身もあの頃から変わったはずなのに、昔と変わらない距離感で接してくるから不思議な感じがする。
……こんな形で再会するとは思わなかった。
思っていたよりも唐突な再会だわ。
「久しぶりねアレク。はいこれ」
「なに、煙草くれるの?僕吸う習慣ないんだけど」
「共犯にして黙ってもらおうと思って」
私は制服の内ポケットから煙草を取り出してアレクに渡す。
「そんなことしなくてもベラの事を告げ口したりしないけど。まあいいや、火ちょうだい」
「ん」
指に火をつけるとアレクはそうじゃないと首を振って、私の煙草に先端を押し付けた。息を吸って私の煙草から火をつける。
「……ずいぶん破廉恥なつけ方をするのね」
「一度やってみたかったんだ」
アレクは慣れた手つきでふう、と吹かす。習慣がないと言う割には吸い慣れているように見える。
「ベラはなにしてるの?こんなところで」
こんなところ、と言いながら旧校舎を指差す。
「義妹が面倒だから逃げてたら授業に遅れたの。面倒くさくなっちゃってサボってるの。ついでに仕事でもしようと思って」
「ああ、妹できたんだったな」
「そうね。あまり仲は良くないけど」
「おかげで僕はベラと会えなくなった」
「そうねえ」
昔は本当に仲が良かった。ずっと一緒だった。
幼少期の思い出にはいつもアレクがいる。初めて経験することは全てアレクと一緒にやった。乗馬や魔法の練習、旅行にお泊まり。
私はアレクのことが大好きだったし、アレクも私のことを少なくとも信頼はしてくれてたと思う。きっとお母様が生きていれば私たちは婚約していたはずだ。
でもそうはならなかった。
お母様は急に逝ってしまったから。
お母様が亡くなると父は私を外部から隔離した。
部屋から出ることを禁じて見張りまでつけた。使用人と会話することも許されず、手紙を送ることも、受け取ることもできなかった。
部屋に閉じ込められ何も許されない中で、当主になるための教育が行われた。父の代わりに一刻も早く仕事ができるようになるために。一日中。
食事も取れたし最低限の世話はされたけれど、誰も反応してくれない世界は思ったよりも精神的に堪え、私を孤独にした。
強い孤独は私に悲しみや寂しさを捨てさせ、適度な諦めを覚えさせた。孤独が振り切れた私は抵抗を諦め、状況を受け入れ、求められるままに教育を受けた。受け入れれば物事は早かった。学ぶこと以外を禁じられていたのもあり、二年も経たずに教育は終わった。
教育がひと段落すると、今度は閉じ込められたまま当主の仕事をさせられた。その頃には流石に使用人との会話が許された。
部屋に閉じ込められている間に、顔馴染みの使用人たちはいなくなっていた。
最初は使用人たちも軟禁状態だった私との会話に戸惑っていた。
けれど次第に私の仕事ぶりに安心すると普通に話してくれるようになった。今では屋敷内の唯一の味方である。
やっと部屋の外に出ることを許されたのは義母と義妹が屋敷にやってきて一年ほど経った頃だ。
この学園に入学する二年前。閉じ込められて四年。
その時に初めて二人と顔を合わせた。部屋から出るまでは存在を人伝に聞くのみだった。
初対面のとき、義母から花瓶を投げつけられたのを覚えている。私には当たらず壁にぶつかり、花瓶は砕けた。お母様が気に入っていた花瓶だったのに。妹が花瓶の破片を浴びる私を見てケラケラ笑っていたのが印象的だった。
ああ、この家は本当に終わったのだと思った。そして確信した。この家は私たちの手中にあるべきじゃないんだって。
家のことや自分のことで精一杯で、アレクのことをきちんと思い出したのは学園に入学してからだった。
学園に入学する時、少しだけアレクのことを考えた。
会えるだろうかと。今はもう交流を絶たれてしまった幼馴染に。
だけど入学してしばらく経ってもアレクの話は聞こえてこなかった。こんな美麗な令息、話題にならないはずがない。だから学園にはいないのだと思っていた。学園に通うことは義務ではあるけれど通わなかったからと言って罰則はない。だから家の事情で通っていない貴族はそこそこいる。
実は隣国に留学していたから不在だったと知ったのは、ここ最近、彼が帰国してからだ。
公爵令息が留学から戻ってきて学園にいるらしい、とクラスメイトたちが騒いでいた。
でも、私はアレクを積極的に探して会おうとはしなかった。
会いたいという気持ちがなくなったわけじゃない。
少し怖かった。
もうあの頃の自分とは随分変わってしまった気がしたから。アレクと一緒にお茶を楽しんだり、庭でお昼寝をしたり、くだらないことで笑い合ったり。そんな自分は何年も前に死んでしまった気がして、なんとなく会うのが気まずかった。
なのに、こんな。よりによって授業をサボって煙草をふかしている時に再会するなんて。
でも会ってしまったものは仕方がないし、過去に戻ることはできない。
「ベラはここによく来るの?」
吸い終えた煙草を処分しているとアレクが問いかけてくる。会えなかった期間なんてなかったような、あの頃と変わらない気軽さで。
でもあの頃よりもずっと大人びた姿をしてる。私も変わってしまったけど、アレクも変わった。
「そうね、毎日来てる。実は先生から立ち入り許可ももらってるの。義妹たちがしつこくて、見かねた先生が許可してくれたの。ここなら学校側が許可した人以外は簡易結界に弾かれるでしょう?」
アレクと同じように、なるべく気軽に答える。
この校舎は数年後に取り壊し予定であるが、それまで生徒の立ち入りを禁じるために簡易結界が貼られている。生徒たちがこっそり立ち入って風紀が乱れるのを防ぐためだ。
「アレクもここにいるってことは許可をもらったの?」
「んー、まあそんなとこ。ベラがくるのはこの時間帯?」
「普段は四時限目の時間帯かな。あとはまちまち。テストの点数さえ良ければ単位をもらえる授業はあまり出てないの」
「なるほどね」
テストで良い点さえ取れば出席しなくてもいい授業は多い。だから授業に出ない生徒は多い。特に高位貴族や裕福な貴族は幼い頃から高度な教育を受けているから。
ただし、下校時間までは学園の外に出ることが禁じられている。そのため授業には出ず、他の生徒と交流したり、家の仕事をしたり、官吏試験のために図書館で勉強したりと各々過ごしている。まあ要は優秀な人間はその分将来への時間として使いなさい、ということだ。
ちなみにミスティアは双子の兄テオールと一緒に生徒会室で過ごしている。
「アレクは?あなたならほとんどの授業は出なくてもいいんじゃない?」
「そうだね。でも帰国したのが二週間前だからまだ過ごし方がいまいちわからなくてさ、一応授業出たり出なかったり。かと言って何をして過ごすかちょっと迷っていてね。別に積極的に社交する必要もないし、かといって生徒会に入りたくはないし。面倒そうだ」
「人と交流する必要がないならここはおすすめよ。基本的には私しかいないから。たまに先生方も休憩に来るけれど。生徒が来たことは一度もないわ」
「ベラは先生と仲がいいの?ここへの許可は誰にもらったの?」
「えーと、許可は魔法学の先生に貰ったわ。先生と仲がいいかと言われると普通じゃないかな。挨拶や当たり障りのない会話以外したことないし」
「そう」
むしろあまり縁のない先生から突然許可をもらって驚いたくらいだ。ありがたかったから何も言わずに受け入れたけれど。そういえばアレクは誰に許可をもらったんだろう。
「じゃあ僕もここに来ていい?」
「私が許可することじゃないわ」
「でもベラの一人の時間を邪魔することになるだろう?」
「アレクなら大丈夫」
それを聞いてアレクは嬉しそうに笑う。
「さて、私はこれからここで家の書類を片付けようと思ってるけどいい?」
「ここで?外だよ?」
「外だからよ。日差しが気持ちいいでしょ」
季節は初夏。日差しが気持ちいい。貴族令嬢だったら日差しを避けるところだろうけれど、今の私にはそんなことは関係ない。
運び出した机に書類を広げ仕事を始めると、アレクもどこからか椅子を持って来て、一緒に初夏の空気を味わっていた。




