02 私と旧校舎
「お姉様が殿下からいただいた指輪を隠したのです……!」
「イザベラ!どこにやったんだ、答えろ!」
しまったな…。
普段は義妹たちに会わないように遠回りをして学内を移動しているのだけど、授業に遅れそうだからと近道を使えば二人に見つかってしまった。
授業に遅れてもいいから遠回りをした方が結果的に早かったなこれは。
しかも真面目に対応すれば長引きそうな言いがかりである。
知らないよ、いつ指輪なんてもらったの。あなたそんなもの一度もつけてなかったでしょう。
……ああ、そうか。今度のパーティに着ていくドレスを買うために売ったのね。私があれこれ理由をつけてお金を出し渋ったから。で、こうして仕返ししているわけ。
どうしたものかな。
否定すればさらに激しく言い募るだろうし、認めても同じだろう。彼女らは私を責めたいだけなんだから。
周りを見渡せば、授業開始間近ということもあり誰もいない。
よし。こういう時はこれに限る。
「あっ、まて、イザベラ嬢!おい、ここは2階だぞ!?」
王宮育ちの王子は見たことがないだろう。淑女が全力で走るところを。そして2階の窓から飛び降りるところを。
焦った声を無視し、私は一階へ飛び降りた。着地の瞬間に魔法で衝撃を軽減すればなんてことはない。
二人の視界に入らないように、着地した後はすぐに建物側に寄って隠れる。
次の授業は3階の端。ここは一階で、しかも反対側だ。今からどうやったって間に合わない。もういいや、この後の授業はサボろう。あとでミスティアにノートだけ見せてもらおう。
何も言わずに授業をサボったからミスティアに後で怒られるんだろうなあ。
ーーミスティアというのは私の友達であり、この国の第二王女であり、第四王子と双子の妹である。
王女が二人しかいないので、第二王女で第四王子と双子という順番が分かり辛いことになっているが、要は王家の五番目の子どもだ。
第五王子に怯まず対応できるのは、ミスティアとその双子の兄であるテオールの存在が大きい。
出会ったのは一年生の時。始めはただのクラスメイトという認識だった。
入学したての頃、私はいつも図書室にいた。図書館は人気が少ないし私語厳禁で、誰にも話しかけられなくて居心地が良かった。
図書館に行くといつもミスティアを見かけた。難しそうな本を熱心に読んでいるのが印象的だった。
最初は図書室内で目が合えばお互い軽く会釈する程度だった。でもクラスメイトで、二人とも毎日図書館に通っているとなれば道中で出会うこともある。
当たり前だけれど廊下は私語厳禁ではないし、相手はクラスメイトだし(しかも王族だ)、出会ってしまうと会話しないわけにもいかず。……そうやって少しずつ話すようになった。
何回か話してみれば思ったよりも気が合った。
だんだん図書室でも一緒に過ごすようになって、仲良くなって、教室でも話すようになって、そうなるとミスティアを遠巻きに見ているだけだった他の生徒たちも混ざってくるようになった。
友達は無理して作らなくてもいいな、なんて思っていたけど今ではなくてはならない存在だ。
授業をサボったこと、あとで謝らなきゃ。
拗ねるであろうミスティアを想像して、苦笑しながら旧校舎の方へと向かう。
旧校舎は数年後に取り壊しが決まっており今は使われていない校舎だ。生徒は立ち入りを禁じられているので人気はなく、木々の手入れもやめてしまっているから鬱蒼とした雰囲気に仕上がっている。
お化けが出るとか変な噂まで出ている。数年前まで問題なく使っていたのだから出るわけないのに。
最近の私のお気に入りスポットだ。
旧校舎の裏へ回ると、せり出した屋根の下に椅子と机が一つ。私が勝手に教室から運び出したものだ。
椅子に座ってポケットから煙草を取り出す。面倒ごとに出会うとつい吸ってしまう。
元々お母様が吸っていたからそれを真似た習慣だった。お母様は仕事の合間にベランダに出て一人でよく吸っていた。私はそんな姿を見て「かっこいい」なんて思っていたっけ。
人差し指に魔力を通すと指先に火が灯る。
火をつけて、深く吸って、それから吐いた。ああ、美味しい。
はあ、ミスティアのノートを放課後に写して帰るとなると、遅くなって父はまた怒るだろうな。今日も夜ご飯は抜きになりそう。
父は世間体を気にして私を学園に通わせることを選んだが、他の貴族と交流することを許さなかった。
ミスティアに関しては王族だから学内の交流に限り何も言わないけれど、例えばクラスメイトと放課後どこかにいくだとか、お茶会の招待を受けて参加するだとか、そう言ったことを許さない。だから帰りが遅くなれば誰かと交流してたんじゃないかと言われて罰を与えられる。
罰は大体食事を抜かれることだ。
まあ殴られないだけマシなのかもしれないけれど。殴ったら跡が残るかもしれないし、それを誰かに見られるかもしれない。それが嫌だから父は食事を抜くし、義母や義妹が何か私に罰を望んだ時も食事を抜くだけに止めている。
徹底的に食事を抜くとこれもまた外部に何か言われるから、お昼はしっかり弁当を持たせているのもまたタチが悪い。バレないギリギリを行こうとするところに父の心の小ささが出ている。
それにどうして父が私が外部と交流することを恐れているのか、大体想像がついているからあえては何も言わないし、私も支障がないから特に反抗はしないけれど。でも。まあ。
「……めんどくさ」
思わず声が漏れた。淑女らしからぬ言動だけど別にいい。ここは旧校舎だから。誰もいない。
ふう、と息をついて再び煙草を吸う。
「あ、不良がいる」
「……あ?」
椅子に座ってぼうっとしていると頭上から声がした。声のした方向を見るのが遅れた所為か、屋根の下から出て、上の階を見上げた時には誰もいなかった。ぱたぱたと小さな足音が聞こえる。
誰かに見られた?
誰だろ。
先生…はほとんどこの時間授業に出ているはずだし、生徒だろうか。ここ数ヶ月この旧校舎で誰とも出会わなかったはずだけど、一体誰だろう。




