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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
44/71

戦果

118

 わからないわからない、なにもしりたくない。


119

 三人が通された部屋は、研究所内とは思えない程派手な造りで、お世辞にも趣味がいいとは思えないが、それでも何らかの娯楽用に設けられたその部屋は、多くの人間をもてなす役割くらいは果たしているようだった。

 

 「なんなの?この人たちは」

 「姫ちゃん、私たちこれからここで何をさせられるのかな」


 殻柳優姫も白塔梢も、これから自分たちに降りかかる何かに身構えてしまっているようだ。

 

 三人、殻柳優姫と白塔梢、そしてアイ。

 彼女らは知る由もないことなのだが、その部屋に集められている人間の中に一般人は一人としていない。

 政治家や投資家、芸能人など、各業界の重鎮ばかりが、その部屋で酒や食事を楽しんでいた。


 世の中には、普通の人間が立ち入れない世界が存在する。

 そこに入るにはそれ相応の資格が必要となる。

 財力、権力、暴力。

 それぞれの力が一定のラインを超えると、その世界への入り口に立つ資格をもらえるのだ。


 その世界が美しいかどうかは兎も角として、その部屋にいる人間にとって、少なくとも人が一人死ぬ程度のことは、目の前の食事を邪魔するようなことではないようだ。


 「いやはや、今日はどんなものを観せてもらえるんでしょうか」

 「そちらの取り巻きの子を一人売ってもらえませんか?」

 「例の取引の件で、また後ほど時間をいただきたい」


 会場に備え付けられている大きな画面には、時代錯誤な殺し合いの映像が絶え間なく流れている。

 しかし、三人は、彼女らはそれが作り物でも時代錯誤でもないことを、身をもって知っている。

 その殺し合いは、実際に起きている。

 

 「何これ」

 「梢、こんなクズにだけはならないようにね」

 

 白塔梢は、目の前に広がる光景に青褪めているが、殻柳優姫にとっては想像していた光景だったのだろう。

 少なくともひだまり園が無くなった後、枠綿無禅の屋敷に囚われていた彼女は、こういった光景を何度か目の当たりにしていたのかもしれない。

 そして、それはアイも同様だった。


 怪訝な表情の三人になど、ここでは誰も目を向けない。

 会場の端でただただ警戒する三人だったが、その瞬間はすぐに訪れた。


 「今宵もお集まりいただき、誠に感激でございます。これより皆様にお見せするのは、我らが枠綿無禅様による輝かしい功績とドラマチックなショーとなります。是非とも楽しんでいってくださいませ」


 会場のステージに上がった女性が、淡々とこれから始まる催しとやらの説明を始める。

 それに連動するように、モニターには催しに参加させられている人物が映し出される。


 「••••••っ舞白ちゃん、ひょうか姉も」

 「あれはやっぱり舞白なのね、生きていてくれたのはとても嬉しいけれど、何でこんなところに?」

 「舞白ちゃんはずっと闘っていたんだと思うんだよ。ずっとずっと優しい舞白ちゃんのままで」

 「••••••あの時から、あの子は強くなったのね」

 「う••••••うん」


 モニターに映る「時野舞白」は、過去を乗り越えてそこに立っていたのだろうか。

 彼女が背負う傷は、彼女を強くしていたのだろうか。

 戦闘、殺し合いにおいては間違いなく強さを得たのだろうけれど、それは彼女を癒してくれていたのだろうか。

 

 殺人鬼と共に過ごした時間は、彼女に何を与えたのだろうか。

 殺人姫となった彼女は、一体どこに向かっているのだろうか。


 「では、今回の参加者の紹介をいたします。千切原姉妹、双子の殺し屋で、実績こそまだ少ないものの、その潜在能力はあの不切木柘榴様のお墨付きにございます」


 ステージに立つ女性は、それに参加する者たちの紹介を始めたようだった。

 会場の関心は一気に高まる。

 

 「大猫正義、表の世界では正義の味方として活動している者です。こちらにいらっしゃる方々の中にも、彼を知っている方は少なくないと思います」


 会場の端からモニターを眺める三人は、もうお互いに口を開くのを辞め、紹介される人物を凝視する。

 

 それは、家族を案じてのことなのかもしれない。

 それは、見知った顔の誰かに不安を覚えたのかもしれない。

 それは、自分たちのこれからを憂いてのことかもしれない。

 

 しかし、それを無視するかのように、紹介は続く。


 「靴谷氷花、現役の刑事です。若手ではありますが、頭がキレて胆力も言うことなし。戦闘能力は高くはありませんが、幾つもの修羅場を無傷でくぐり抜けてきています」


 モニターには靴谷氷花が映し出されている。

 それを見て、白塔梢は何かを祈るように胸の前で手を合わせ、殻柳優姫は、悔しそうに唇を噛み締める。


 「時野舞白、彼女は十一年前のとある事件の生き残りで、一年前に死んだとされていた少女です。元々は何の力も持っていないはずでしたが、今の彼女は不切木柘榴様を凌駕するほどの戦闘能力を有しています」


 さらっと説明された彼女だったが、それは会場の空気を揺らした。

 十一年前に、「時野舞白」を襲った事件を知っている者がいても何もおかしいことではないのだが、会場を覆う雰囲気はそんな易しいものではなかった。

 

 まるで、珍しい玩具を見つけた子どものように目を輝かせて。

 まるで、宝の山を見つけた冒険家のように顔を綻ばせて。

 

 その狂気はまるで、ずっと探していた誰かに会えた殺人犯のように。


 「名無しの少年、彼はこの世で最も珍しいとされている存在、殺人鬼です。自称でも通称でもなく、ただの事実としての殺人鬼です。その技術は言うまでもありませんが、驚くべきは、やはり存在としての異常性です。彼と対峙した者の報告によると、殺気や殺意を感じ取ることに長けていて、数キロメートル離れた位置からの狙撃を察知したこともあるそうです」


 殺人鬼。

 その存在は、やはり誰でも知っているのだろうが、本物を見る機会というのは普通は皆無である。

 会場はざわめいているが、それは畏怖や軽蔑ではなく、興味や関心が止まらない様子だった。


 「そして最後に、そちらにいる三人。白塔梢と殻柳優姫、おまけにうちの実験体が混ざっていますが、その三人は参加者です。白塔梢は白塔弁護士の娘であり、五年前、楽心教の壊滅に関わっています。殻柳優姫は、あのひだまり園の園長を務めていた者です。実験体に関しては、皆様も知っていらっしゃるかとは思いますが、白塔梢の双子の妹の遺伝子を用いて造られた人造人間です」


 会場中の視線が三人に集まる。

 それは気持ち悪くて、気味が悪くて、気色が悪くて、ただひたすらに気分が悪い視線。


 「それでは、まず最初に皆様にご覧頂くのは、世にも珍しい殺人鬼と双子の殺し屋の対決となります。入札に関しましては、この説明が終わり次第すぐに受付を開始いたします。入札した人物がこの催しを生き残りましたら、最高額を入れていただいている方に、その人物の所有権を贈与いたします」


 女性の説明に、会場は湧き上がる。

 

 「あの殺人鬼は私が買い取るぞっ」

 「時野舞白という子は是非ともうちで飼いたいわね」

 「今雇っている殺し屋も飽きてきたところでね、双子の殺し屋というのも面白そうだ。女というのも良い」


 各々が好き勝手に喋り出す。

 

 「大猫のヤツには何度も邪魔されていますからね、ここで死んでくれると良いのですが」

 「あら、私は助けていただいたことがありますから、彼には死んでほしくはありませんわ」

 「しかし、そこにいる三人や刑事の娘は、殺し合いには参加しないのだろう?ならば確定で買い取れるわけだな」


 一度悪に染まった人間は、もう更正することはないのかもしれない。

 それは、罪を犯すのとは次元が違う。


 相対的な悪と、絶対的な悪とではその意味がまるで違う。

 それを自覚しているかどうかは兎も角として、欲望に従うことに躊躇いがない人間というのは、そうでない人間にとって、脅威以外の何物でもないのだ。


 支配欲、顕示欲、性欲、破壊欲、この世には数え切れない程の欲望が渦巻いている。

 欲望に溺れることは、きっと快感を伴うのだろう。

 一度その味を知ってしまうと、もう二度と忘れられないくらいに。


 そして、会場のモニターはグラウンドのような場所を映していた。


 そこには、殺人鬼と双子の殺し屋。

 

 

 

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