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モノクロダイアリー  作者: 忍忍
第一章 双子編
41/71

行方

111

 違うのです。

 貴方でなければならない理由など、ないのです。

 

112

 「なるほど、凄まじいね。彼の技術は既に至高の領域と言ってもいいかもしれないね。僕たちがこういう状況になければ、素直に賞賛の拍手を彼に贈っていたところだよ」

 「クロが負けるところは、私にも想像がつきません。でも真冬さんと真夏さんが••••••」

 「そうだね、残念ながら。しかし、彼女たちを憐れむ権利は誰にもない。自分の意志であの場に立ったのだから、それに口を出すようなことを、僕たちだけはしないでおこう」

 「••••••はい」


 二人の視線の先には、一台のモニター。

 そして、モニターに映し出されるのは、もう二度と動くことのないであろう彼女たちだった。

 

 「シロ」は、目的のために手段を選ぶつもりはないが、それでも縁のできた者が死ぬのを黙って見ているだけというのは、どこかやるせない気持ちになってしまう。

 殺し合いから始まった縁だったけれど。

 それでも、それでも死んでほしくなかったのだろう。


 静かに、部屋の扉が開かれる。

 そこには、老雨老虎が立っていた。


 「次の挑戦者は誰だ。次はもう少し盛り上げてくれ」


 冷徹に、冷酷に、そして冷静に。

 老雨老虎は、部屋の中で佇む二人を見ながら、問いかける。

 

 問われた二人は、話し合う素振りも見せず、一瞬で応じた。


 「次は僕が行こう。若い子たちばかりが頑張っているんだ、僕もいいところ見せないとね」

 「では、ついて来い」


 大猫正義の軽口に応える者はいなかった。

 「シロ」は少し申し訳なさそうに、目を伏せている。

 老雨老虎は、既に二人には背を向けており、部屋から出ようとしていた。

 慌てることなく、あくまで自分の足で、その後を大猫正義はついて行った。


 遂に、部屋には一人きりとなった「シロ」は、もう一度モニターに視線を戻す。

 

 人は死んでしまえば、それで終わり。

 どれだけ善人だろうが、どれだけ悪人だろうが。

 死んで、モノになってしまえば何もできない。

 

 では、死んだ二人は何も残せなかっただろうか。

 否、そんなことはない。

 彼女らが、何を想いあの場に立っていたかなど、本人たち以外にはわかる道理はないのだけれど、それでもその意志を尊重することくらいはできるのかもしれない。

 正しくなかったとしても、目的を果たせなかったとしても、死んでしまったのだとしても。

 彼女らが、あの場で成し得たかったことは、敵を殺すことじゃないのだ。

 それはきっと、「シロ」や大猫正義には伝わっているのだろう。


 彼女らは、「シロ」のために、そして自分たちのために闘っていたのだろうから。


 「真冬さん、真夏さん。私がこんなことを言うと怒られそうだけれど、言わせてください。••••••ありがとうございます」


 「シロ」は俯くのをやめ、真っ直ぐモニターを見つめる。

 彼女の目に、涙はない。

 

 失ったことを嘆くことは、きっと誰にでもできるのだろう。

 しかし彼女はそれができなかった。


 父親を、母親を、姉を、弟を殺された時も。

 取り乱しはしても、それを悲しみ泣くことはできなかった。


 ひだまり園の家族の死を知った時も。

 怒り、恨みはしても、それを憐れみ泣くことはできなかった。


 白塔梢の死体を見つけた時も。

 理性が吹き飛ぶほどに狂っていたとしても、涙は流れなかった。


 そのことを、「シロ」は、「時野舞白」はずっと恥じていた。

 大切なもののために、泣くことができない自分を呪った。

 否定して、非難して、忌避して、嫌悪して、拒絶し続けた。

 それが、あの日から「シロ」の、「時野舞白」の中に棲み続けた想いなのだ。


 濁り、澱み、沈み、重く溜まり続けたその想いは、彼女の心をこれ以上ないくらいに壊し続けている。

 

 それでも、彼女が強くあろうとするのは、一体何の為なのか。

 それでも、彼女が優しくあろうとするのは、一体誰の為なのか。


 そして、誰かのために闘う者同士が対峙する。

 一人は、友のために殺す殺人鬼。

 一人は、人々のために闘うヒーロー。

 似ても似つかぬ二人が、植物園の中で睨み合う。

 

 「君は殺人鬼なんだって?」 

 「あ?」


 「そう怖い顔をしないでくれ。別にだからどうと言うことはないんだ」

 「何だお前?こっち側の人間じゃねぇな」


 「そうだね、君たち側ではないね。似たようなものではあるんだけれどね」

 「••••••」


 「さっきの二人を殺した時、何を思った?」

 「••••••別に、何も」


 睨み合う二人は、淡々と話す。


 「君は何故ここにいる?」

 「教える義理はない」


 「僕は正義の味方なんてことを生業にしている」

 「••••••へぇ、正義ねぇ」


 「僕と協力しないかい?」

 「くはは、お前殺人鬼に協力させて、誰か殺したいやつでもいんのかい?」


 正義の味方は両手を広げ、彼を勧誘した。

 殺人鬼はナイフを構えて、彼を挑発する。


 何かを守る者は強い。

 それが何であろうと、そこに意志があれば、人は強くなれる。

 例え、悪だろうと善だろうと。

 血に染まったナイフも、血に塗れた拳も。

 

 両者は、本能的に呼吸を合わせる。

 阿吽の呼吸とでも言えば良いのかもしれない。

 初めて会ったはずの二人は、その二人きりの空間ではっきりと自覚する。

 同格の相手であることを。


 「僕は特定の獲物を持たない主義でね。もっぱら素手派なんだよ」

 「あっそ、俺も倣ってやろうか?」


 「好きにしてもらって構わないよ、僕は君を殺さない」 

 「あ?」


 「だから安心して殺しに来るといい、君の命の保障は約束しよう」

 「くはは、いいねぇ。俺はお前を殺すが、構わないんだよな?」


 刹那、「クロ」の姿が消える。

 そして、大猫正義の間合いの内側、胸元に潜り込み、右手に握ったナイフを力一杯突き立てんとする。

 

 それは、例え「シロ」でさえ避けれたかは分からないほどの速度で、技術だった。

 しかし、大猫正義は「クロ」の右手を難なく掴み、無傷のまま彼と目を合わせる。


 「なるほど、やはり似ているね。一度見ていなければ、流石に止められなかったかもしれないね」

 「余裕かまして、一人で納得してんじゃねぇよ」


 「シロという殺人鬼に成り損ねた女の子を知っているかい?」

 「っ!!」


 大猫正義は、「クロ」が一瞬力んだのを見逃さない。

 掴んでいた右手を離し、そのまま「クロ」の頭に回し蹴りをお見舞いする、はずだった。

 大猫正義の左足は、空振りをしたわけはなかった。

 しっかりと、他に表現のしようもないくらいに完璧に、「クロ」に防がれていた。

 戦闘能力において、この二人はほとんど同格にあると言っていい。

 

 「やるね、これは長引きそうだね」

 「すげえ業腹だが、同感だね」


 「少し、話しながら闘おうか」

 「好きにしろよ」


 有言実行。

 二人は、常人が理解できないほどの攻防を繰り返しながら、誰にも聞かれることなく、会話を続ける。


 「まず君に聞いてほしいのだけれど、僕や先程の双子は枠綿側の人間じゃないよ」

 「それを信じる理由がねえ」


 「それもそうだね、ではこれはどうかな?」

 「ん?」


 「僕たちは、大分県でシロくんに出会い、攫われた白塔梢さんを追いかけてこのゲームに参加している」

 「••••••、まだだな」


 「僕はシロくんを殺人鬼にしたくないんだよ」

 「••••••」


 会話は続き、攻防も続く。

 それは永遠に続くように思われた。

 しかし、それは徐々に激しさを失っていく。

 速度が失われ、殺意と闘気が緩和されていく。


 そして、二人は最初に睨み合っていた場所で、再び対峙した。


 「このゲームは、僕たちが潰し合うように仕組まれている。先程の殺し合い、僕とシロくんは実験場の一室でモニターを通して見ていたんだよ。彼女は死を受け止めるには、優しすぎる」

 「••••••チッ、わかったわかった。俺の負けでいい、信用してやる」

 

 「決め手は?」

 「あ?今度はそっちが見定めるってわけかよ」


 「一応、ね」

 「あいつをシロと呼んだからだ。それは俺が呼ぶか、あいつが自分で名乗らねぇ限り知り得ないもんだからな」


 「なるほどね、コミュニティの狭い殺人鬼ならではの保険ってやつかな?」

 「馬鹿にしてんのか?」


 「いやいや、感心しているんだよ。これまで通り、君がただの一匹の殺人鬼だったのなら、そんなことは絶対にしていないだろうからね」

 「俺の何を知ってんだよ、うざってぇな」


 苛立ちを露わにしながら、「クロ」はその場に座り込んだ。

 対する大猫正義は、そこに追撃を与えることもせず、ただ見守るように立っていた。


 「クロ」にとって、この闘いはすでに完結していた。

 残すのは、どう後始末をつけるのか。

 どのように「見せる」べきかの思考だった。

 どちらかが死ぬまで終わらない。それが条件である限り、このままでは何も進展しない。

 そして、「クロ」自身、死ぬつもりなど毛ほどもない。

 同様に、目の前の正義の味方とやらを殺す気も、今となっては失せてしまっている。


 大猫正義にとって、この戦いはまだ終わっていない。

 見られているということを考えれば、今の状況はかなり良くない。

 それに、このゲームに参加させられている人間を正確に把握できていないことが、彼を更に悩ませる。

 どちらかが死ぬまで次のステージへ進めない。しかし、死ぬのは全てこちら側に人間に限られている。

 これ以上の犠牲は出せない。

 それはもちろん、殺人鬼と言えど。


 「情報交換といこうか」

 「そうだな、いつまでも後手に回ってたら、殺せるもんも殺せねぇ」


 そう言って、「クロ」はゆらりと立ち上がる。

 今度は両手にナイフを握っていた。

 直後、重たい纏わり付くような気配が大猫正義を包む。

 

 「先程よりも、余程本気の殺意じゃないか?」

 「どうせ、趣味の悪い観客がいるんだろ?なら盛り上げてやんねぇと」


 「ふっ、君はお人好しだね」

 「ああ、知ってるよ」


 数刻前の攻防よりも遥かに激しく、本気で相手の命を獲りにいかんとする殺人鬼。

 数刻前の攻防よりも僅かに優しく、防御に徹する形をとった正義の味方。


 二人の間で、その時どんなやり取りがあったのか、それは最早誰にも分からない。

 もしかしたら、会話なんてしていなかったのかもしれない。

 

 兎も角、二人の戦闘は三分ほど続いた後、突如として終わる。


 激しい土煙をあげて、まるで爆発でも起きたかのように。

 周囲の植物たちは、もう殆ど原形を留めていない。

 

 土煙が晴れる。

 そこには殺人鬼も正義の味方も、誰もいなかった。

 

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