残滓
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人生に大した意味などない。
だからこそ、好きに生きたらいい。
生きることは、壮大な暇潰しでしかないのだ。
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例えば、過去にとても大切なものを失くした経験があったとして、その人は二度と同じ経験をしないという結果を得ることはできるのだろうか。
その答えは、否である。
人間の脳では、「無」を認識することはできないとされている。
何かが無いということを認識する時、人間の脳内では、その何かが有った状態ではい状態があると認識するという。
それは、彼女らにとっても同様に。
家族は失われているのである。
しかし、その傷を超えられたかどうかは別として、彼女らは新たな家族を得たのだ。
そして再び失い、今も尚、失いかけている。
その時、人は何を思うのだろうか。
その時、人は何を成すのだそうか。
思いは力に、想いは絆に。
一度結ばれた縁というものは、なかなかに厄介で、忘れたくても忘れられないものである。
忘れたくなくて、失いたくなくて、かけがえのないものなのだ。
「いい加減にしろよ。お前ら全員あたしが殺してやる」
靴谷氷花にとって、家族は自分の命に代えても守りたいものである。
幼い頃、何の力もなかった彼女は、目の前で家族が殺されるのを、ただ見ているだけしかできなかった。
己の無力を呪い、周囲の無神経を呪った。
自分は全てを失ったのだと、絶望していた時に、彼女は一人になれなかった。
彼女を一人にしてくれない家族がいた。
自分と対して歳も変わらないのに、自分と似たような傷を背負って、自分より強く生きていた。
生きていたのだ。
「お前らは、人の命を何だと思ってんだよ」
一度失われた命は、二度と還ってはこない。
記憶の中で、過去に縋って、未来を否定された時の中でしか、その命は生きられない。
どれだけやり直したところで、確定した過去は消えてはくれない。
人生をやり直す、即ち生まれ変わることはできなくとも、生きている限り、やり返すことはできる。
諦めない限り、続けることができるのだ。
そして、諦めてしまえば、いつでも解放される。
諦めることなんて、彼女にはできなかったけれど。
「呑荊棘を使って、何をしようとしてる?」
「それは今から教えてやる」
姉のために、死んだ彼女。
その死んだはずの彼女が、因縁の相手の屋敷で生きている。
「アレはお前の知っている白塔呑荊棘ではない、白塔呑荊棘の細胞から造られた人造人間だ。生命活動は確認されてはいるが、アレに自我などない」
「••••••は?」
「人造人間というものに聞き覚えがないなら、機械とでも思っていい。ボタン一つで機能を停止するわけだからな」
「下衆どもが。どうして、呑荊棘なんだよ」
「ふむ、理由など特にない」
悪意のない悪、というものは世の中に存在する。
己の行動を悪いと感じていない者は、存在する。
あの殺人鬼がそうであるように。
しかしそれは、露見してしまえば、ただひたすらに悍ましく、理解できない者にはどうすることもできない気味の悪さを感じることだろう。
「理由••••••も、なく?呑荊棘の••••••命を?」
「そうだ、アレが量産できたから使っているだけだろう」
「量••••••産?あ、あの子••••••が」
「別に誰でもよかったのだろうが、偶然白塔呑荊棘の細胞が人間を造るのに適していた、それだけだ。まあ、若い女の使い道など幾らでもあるからな。その点は確かに無意味ではなかったとは言えるのかもしれんな」
人は、本当に感情を抑えられなくなった時、どの様な行動をとるのだろうか。
どの様な行動がとれるのだろうか。
その要因は多岐に渡るのであろうが、結果として、普通の人間が取れる行動は限られてしまうだろう。
震えて、力の限り叫ぶのだ。
「ぅわあああああああああ!!」
「落ち着け、お前では何も変えられん。お前はここで見届けるしかできない。何も成し得ず、何者にも成れず、何にも届くことなく、ただ見ているだけ。それがお前にできることだ」
血相を変え、目の前の男を睨み、震える手で銃口を向ける。
彼女の目には今、何が映っているのだろうか。
彼女の目には、怒りや憎悪、恐怖の色が宿る。
「こ、殺してやる!!お前も枠綿も、あの子らを苦しめるもんは、あたしが全部殺してやる」
「無意味だ、何の価値もない。お前の感情も行動も、ここでは無駄だ」
「うるせぇ!!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ••••••」
「感情的になるな、話が進まん。いいか?こんなことでいちいち感情的になっていたら、この先のことを聞くのはさらに酷なことになるぞ?説明するこちらのことも考えろ」
悪が悪であることを、どのように定義するのか。
立場や状況が変われば、掲げる正義も変わる。
これまでの当たり前の道徳が、当然のように否定された時、正常でいるためにはどうしたらいいのか。
例えば、人は何故、人を殺してはいけないのか。
自分がされて困ることを、人にはしてはいけないから?
違う。
例えば、家族を殺した人間に復讐することはいけないことなのか。
悪を裁く為に法がある?国民を守るための警察?正しい行いをするべき?
違う。
社会は、罪を犯した人間の救済に美学を用い、被害に遭った人間の傷を美談にする。
人の尊厳を、笑って踏み躙るような人間の未来を、どうして慮る必要があるというのだろうか。
仮に、ここで靴谷氷花が警察として、枠綿無禅の関係者を全員逮捕できたとして、その行為に果たして意味があるのだろうか。
ここまで、枠綿無禅を野放しにしてきた法に、何を期待すればいいのだろうか。何を信用すればいいのだろうか。
警察内部にも、悪に手を貸す者はいる。
正義の中に、悪が存在しているのだ。
そこに、彼女らを守る何かは、果たして存在しているのか。
正義が守っているのは、果たして一体何なのか。
そもそも、いつからそんなものに縋って、守ってもらうことが当たり前になったのだろうか。
弱くあることに甘んじて、嘆くことを闘うことだと勘違いし、自己陶酔にすら及ばない気持ち悪さの中でしか肯定できない正義に、いつまで逃げ続けていればいいのだろうか。
「お前の感情も感傷も、どうでもいい。今ここで大事なのは、お前が全てを知るということだ。お前には、これから我々と共に、あの方の下で働いてもらう。裏切りなど考えられないほどに、この世界の闇というものを見せてやる」
「そんなことになるくらいなら、死んでやる」
「父や母、兄や妹の犠牲の上で、救われた命だとしてもか?生きていれば、いつかあの方を殺せる日が来るかもしれないというのに、お前は簡単に捨てるのだな」
「うるせぇ、勝手にあたしを語ってんじゃねぇよ」
靴谷氷花の言葉など、どうでもいいことのように、男はモニターの方を見た。
「お前が連れてきた殺人鬼とやらは、生き残れるかな」
言われて、一瞬モニターに視線を飛ばす。
そこには、「クロ」と双子のような出立の女が二人、睨み合うように立っていた。
「お前は全てを知ることが、仕事だ。だから教えてやる。殺人鬼の目の前にいる二人は、白塔梢を助けるために動いている殺し屋だ。元々は警察内部から秘密裏に雇われた様だが、大分で小さな戦闘があり、その後白塔梢救出のために即席のチームを組んだらしい。彼女らを雇った人間は、お前の上司だそうだ。名前は狩渡断路、既にこちらの手の者が処分しているだろうが、彼の関係者は一族郎党皆殺しだ」
男が話終わる頃には、モニターに映る三人は次の展開に移っていた。
一人が倒れ、それを一人が抱き抱え、一匹がそれをただ見ていた。
「ふむ、流石だな。あの殺人鬼はどこで拾った?」
「••••••」
「まあ、どうでもいいことではあるな。それより、お前はどこまでがこちらの計画だと思う?」
「••••••あ?」
「白塔梢と白塔呑荊棘の両親の死は、最初から計画にあった。そして、白塔呑荊棘の死も、おおよそこちらの予定通りに進んだ。時期的なところは少し修正が必要だったが、誤差の範疇ではあった。白塔家は最初から、あのお方の思い通りに動かされている」
悪が悪であることを辞めない限り、犠牲も被害も止むことはない。
常に後手に回るしかない正義に、未来を預けることはできるのだろうか。
靴谷氷花は、沸き立つ脳で思考する。
相手の思考を読み取り、先読みし、最善策を講じる。
深く、深く。
目の前の悪を根絶するために、今何ができるか。
何を守れるか、何を切り捨てれるか。
靴谷氷花は、あくまで一般人であり、ただの人間である。
しかし、思考することにおいて、彼女はほんの少しだけ普通の壁をぶち破る。
彼女の周りにいる者たちは、彼女のことを「天才」と称する。
その片鱗を、自覚的に彼女は発現させようとしていた。
モニターには、もう既に「クロ」は映っていなかった。




