私が…ミーア?
公爵家へ向かう馬車の中。
私は窓の外を眺めていた。
大きな屋敷が立ち並ぶ街並み。
窓から差し込む柔らかな陽光。
そして、すぐ隣に座る小さな女の子。
何もかもが夢のようだった。
やっぱり、ここはゲームの世界なのだろうか。
そんなことを考えていると、隣から声が聞こえた。
「ねえ」
振り返ると、リリアンがこちらを見つめていた。
「あなた、名前はなんていうの?」
「……ごめんなさい。私、自分の名前が分からないんです」
「そうなの?」
リリアンは不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ、名前がないのね」
「……そう、ですね」
なんだか自分が世界でひとりぼっちのような気持ちになり、私は俯いた。
すると、リリアンは何かを思いついたように手を叩いた。
「それなら、私が名前をつけてもいい?」
「えっ?」
「だって、お友達なのに名前がないと不便でしょう?」
そう言って、リリアンは楽しそうに考え始めた。
「うーん……」
真剣な顔で悩む姿を見つめる。
やっぱりかわいいなぁ。
しばらくすると、リリアンはぱっと顔を上げた。
「ミーア! ミーアっていうのはどう?」
「……ミーア」
その名前を口にした瞬間、脳みそをガンと殴られたような衝撃を感じた。
頭の中に、ある光景が浮かび上がる。
ゲームの冒頭で見た、あの裁判の場面。
リリアンの隣に立っていた、一人の少女。
彼女はリリアンの侍女でありながら、主人公をいじめ、数々の悪事を働いた人物。
そして、最後には自分の罪をリリアンに押しつけた。
その名前は――。
「……ミーア?」
背筋が凍った。
まさか。
そんなはずはない。
「どうしたの? ミーアって名前、気に入らなかった?」
心配そうに私の顔を覗き込むリリアン。
私は恐る恐る、震える自分の手を見つめた。
小さな手。
細い指。
泥に汚れた肌。
そして、ふと視界の端に赤いものが映った。
「……え?」
顔を上げる。
馬車の窓に映った自分の姿。
そこにあったのは、赤い癖っ毛の髪。
ゲームの中で見た、あの少女と同じ色。
「うそ……」
心臓が嫌な音を立てた。
薄桃色の髪に、エメラルドグリーンの瞳。
目の前にいるのは、間違いなく私が大好きなリリアン。
そして、赤い髪の私は――。
「私が……ミーア?」
その瞬間、頭の中が真っ白になった。
ゲームの中で、リリアンを裏切った少女。
彼女の罪を押しつけ、悲惨な運命へと追いやった張本人。
それが、私。
「ミーア?」
リリアンの声に、私ははっと我に返った。
彼女は心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
「大丈夫? 顔色が悪いわ」
「だ、大丈夫です! 何でもありません!」
慌てて笑顔を作る。
けれど、心臓は激しく鼓動していた。
どうして。
どうして私がミーアなの?
よりによって、リリアンを裏切る役だなんて。
私は彼女の大ファンだった。
彼女を救いたくて、この世界に来たと思っていた。
それなのに、まさか自分が彼女を苦しめる側の人間になるなんて。
「……ミーア?」
リリアンが、私の名前を呼ぶ。
その声は優しくて、温かかった。
私はぎゅっと拳を握りしめる。
違う。
私は、ゲームのミーアとは違う。
彼女を裏切るつもりなんて毛頭ない。
むしろ、誰よりも彼女を大切にしたい。
ならば、やることは一つだ。
原作の運命なんて、知ったことか。
私が変えてみせる。
リリアンが笑っていられる未来を。
彼女が心から幸せだと思える未来を。
――私が、あなたを幸せにしてみせる。




