100回目のアン・プロポーズ
──すべては、最近巷で流行っているというロマンス小説をなぞったような、彼のひと言から始まった。
「アシュタリゼ・フォン・ホーエンベルク侯爵令嬢。本日をもって、私と君との婚約を解消させてもらう」
不思議なのは、何度ループを繰り返しても、彼から一方的に告げられるこの言葉だけは、一言一句変わらないということ。
おかげで婚約破棄されるのも〝一〇〇回目〟となると──さすがに、飽きた。
「はあ、そうですか。では、邪魔者はこれにて失礼いたします。ご機嫌よう」
というわけで今回も、このあたりのくだりはサックリ終わらせて次へ行こうと、私は淑女の礼で元婚約者に応えたのち、くるりとドレスの裾を翻す。
するとたちまち、舞踏会に集った貴族たちの間にはどよめきが広がった。
「どういうことだ? フェルディナント殿下とアシュタリゼ侯爵令嬢が婚約解消なんて……」
「じゃあ、やっぱりあの噂は本当だったってこと?」
「あの噂って?」
「やだ、知らないの? 殿下と婚約関係にありながら、侯爵令嬢が別の殿方ともお付き合いしてたって……」
「しかも、何人もの殿方を取っ替え引っ替えして、相当貢がせてたって話よ」
「まあ、なんて破廉恥な……」
──ハイハイ、そういうのももう聞き飽きましたから。
内心そう嘆息しつつ、だけど今回は事情が違うのよね、と、私は醜聞好きの貴族たちを一瞥し、ニヤッと不敵に笑ってみせた。
それがまた彼らの目には、とんでもなくふてぶてしい態度に見えたようで、老いも若きも、紳士も淑女も、誰もが顔色を変えている。
(そうよ。あんたたちが私にそうあれかしと言ったのよ)
──うぬぼれた悪女。
──恥知らずの尻軽女。
──ホーエンベルクの恥さらし。
一〇〇度も繰り返したループの中で、彼らから何度も吐きかけられた言葉。
初めの頃は何故私がそんな謂れもない中傷を受けなければならないのかと悩み、抗ったりもしたけれど、途中からは聞き飽きてどうでもよくなり、そして、ついに逆転の発想に辿り着いた。
そう。そこまで私を悪女にしたいなら、喜んでなってあげる。
この不毛なループを抜け出せるなら、もう何だってやってやるわ!
「末永くお幸せに、フェルディナント殿下。どうかくれぐれもお体にはお気をつけて、ね」
会場を立ち去る間際、私は最後に一度だけ彼を振り向いて、にんまりと微笑みかけた。視線の先では、私の元婚約者であるビュロン帝国の皇太子──フェルディナント・マンフレート・フォン・ビュロンライヒが、氷のように青い瞳を細めて私を睨み据えている。けれど、これまでのループでは少しも揺らがなかった彼の眼差しが、今回、初めて少しだけ、揺れ動いたような気がした。
そんな彼に寄り添い、私の反応に当惑した様子で袖を引いているのは、アリマニカ・アウグシュタ──五年前、我がビュロン帝国に征服されたアウグシュタ王国の王女様だ。私との婚約を破棄したフェルディナントは、このあと彼女と婚約する。その未来もまた、一〇〇回繰り返したループの中で一度も変わっていない。でも。
(もうひとつの変わらない未来──それは、ループの起点から一〇〇日後に、フェルディは必ず命を落とすということ)
そのルールに気がつくまでに、私はうっかり三〇ループほども時間をかけてしまった。ときが巻き戻ってからきっかり一〇〇日で再び時空が歪み、起点に戻されることには気がついていたのだけれど、それまでの私は、フェルディナントの死の瞬間に立ち会うことがなかったのだ。だけど三〇ループ目で初めて彼の死を目撃し、以降、数ループをかけて調査したところ、この世界はフェルディナントが死を迎えた瞬間に時間が巻き戻るのだと気がついた。つまり──
(ループから抜け出すためには、何が何でもあなたを助けなきゃならないってこと。覚悟しなさいよ、フェルディ。あなたが泣いて嫌だと言ったって、絶ッ対にその手を引っ掴んでやるんだから……!)
どんなに拒まれようが、軽蔑されようが。
それで痛むような心は、五〇ループを超えたあたりで捨て去った。
あんな男のために、もう一日だってへこたれてやるものですか。
私は、誇り高き『赫鷲のホーエンベルク』のアシュタリゼ。
誰に何と言われようとも、必ずこのループを終わらせてやるんだから!




