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きみの存在意義  作者: 柊原 ゆず


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第一話 日常と非日常


【登場人物】

尖 琴音(とがり ことね)&リリス

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

悪の組織『ミレトス』の女幹部。


阿久戸 翔(あくと かける)

挿絵(By みてみん)

リリスの部下。


千石せんごく 京之丞きょうのすけ

挿絵(By みてみん)

悪の組織『ミレトス』のボス。


夕日 奏(ゆうひ かなた)水谷 凪(みずたに なぎ)胡桃沢 小春(くるみさわ こはる)

挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)挿絵(By みてみん)

『機動戦隊アイギス』のレッド、ブルー、ピンク。








 押し潰されそうな満員電車に揺られ、息苦しさに耐えること三十分。

 尖 琴音(とがり ことね)は、今日も『株式会社メティス・テクノロジー』のオフィスに出社し、デスクでコツコツと仕事をこなしていた。

 この会社は、表向きは最先端の技術開発を担う一流企業だが、その裏には政府と提携した特殊防衛部門が存在している。琴音自身は、何の変哲もない一般の事務員として働いていた。


「琴音さーん!昨日の会議資料、すっごく分かりやすかったです!助かりました!」

「あ……いえ、夕日くん。お役に立てたなら良かったです」


 太陽のように明るい笑顔で話しかけてきたのは、社員の夕日 奏(ゆうひ かなた)だ。少し暑苦しいほどの熱血漢だが、裏表のない性格で社内でも好かれている。


「いやー、琴音さんが手伝ってくれなかったら、俺今頃絶対徹夜でしたよ!ホント、うちの部署の最強助っ人っす!」

「こら、奏。尖さんの仕事の邪魔をするんじゃない。大体、君がギリギリまで仕事をサボっていたからだろう。彼女は君と違って計画的に業務を進めているんだ」

「うっ、凪……。わ、分かってるって!次はちゃんとやるから!」

「その『次』が今まで何回あったか……。尖さん、こいつがまた迷惑をかけたら私に言ってください。キツく絞っておくので」

「ふふっ、大丈夫ですよ。水谷くんも夕日くんも、いつもお疲れ様です」


 奏の暴走を冷静にたしなめるのは、眼鏡をかけた知的な男、水谷 凪(みずたに なぎ)だ。彼の容赦ないツッコミに奏がタジタジになっていると、横からふわりとした甘い香りが漂ってきた。


「琴音先輩っ!お仕事中お疲れ様です!よかったら、ハーブティー淹れたのでどうぞ」

「わぁ。胡桃沢さん、ありがとうございます」

「特製のカモミールブレンドです!リラックスできますよ〜。最近、ミレトスの事件とか物騒なニュースが多くて気疲れしちゃいますもんね」

「……ええ、そうね。ありがとう」


 ふんわりとした笑顔でお茶を差し出してくれる胡桃沢 小春(くるみさわ こはる)。三人はいつも仲が良く、一般社員である琴音にも優しく接してくれる、とても良い社員達だった。

 和やかな空気がオフィスに流れる。琴音もハーブティーの香りにほっと息を吐いた――その時だった。


『――緊急事態発生。市街地D区画にて、ミレトスによる大規模な破壊活動を確認』


 突如、社内のスピーカーから無機質な放送が鳴り響いた。


『機動戦隊アイギス、直ちに指定ポイントへ集合してくれ。君たちの出番だ』


 そのアナウンスを聞いた瞬間、奏たちの顔つきから日常の緩さが消え去った。彼らこそが、このメティス・テクノロジーが擁する対ミレトス防衛部隊――『機動戦隊アイギス』のメンバーなのだ。


「行くぞ、二人とも!」

「ええ!」

「了解しました」


 奏の号令と共に、三人は足早にオフィスを駆け出していく。琴音はハーブティーのカップをデスクに置き、彼らの背中を静かに観察していた。

 大規模な破壊活動。あのエリアはたしか、ボスが指示を出していた場所だ。……カケルが動き出したようね。さて、私も行かなくては。

 ミレトスの幹部『リリス』として、彼の監督役を務めるために。琴音は今日この時のために半休の申請書を提出していた。彼女は「午後休いただきます」とスマートに告げ、帰り支度を始めた。






 轟音。悲鳴。そして、崩れ落ちる瓦礫の雨。

 ほんの数十分前まで平和だった市街地は、今や見る影もない惨状を呈していた。


「あはっ、あはは!!もう終わっちゃった〜。つまんな~い」


 倒壊したビルの瓦礫の山。その頂上に立ち、楽しそうに破壊の限りを尽くす男――阿久戸 翔(あくと かける)は、退屈そうに首を鳴らした。彼の周囲には、警備部隊の成れの果てが物言わぬ物体となって転がっている。


「ミレトス! 破壊はそこまでだ!!」


 そこへ、装甲スーツに身を包んだ三人の戦士が降り立った。赤、青、ピンクのカラーリング。メティス・テクノロジーから出撃した『機動戦隊アイギス』――レッド、ブルー、ピンクの三人だ。


「え〜?」


 正義の声を張り上げるレッドたちを見下ろし、翔は小首を傾げた。

 事前の犯行声明の通り、目の前の惨状は間違いなくミレトスの仕業だ。しかし、何度も奴らと交戦してきた三人の記憶にもデータにも、この男の姿は存在しない。新手の幹部か、それともただの下っ端か。見知らぬ男から放たれる異様な気配に、三人は警戒を深めて臨戦態勢を取る。

 翔は三人をじっくりと観察し、やがて何かを思い出したようにポンと手を叩く。


「あっ、分かった〜。お前達、アイギス?」


 無邪気な声。臨戦態勢を取る三人の前で、翔はふと自分の両拳を見つめた。その直後、翔の纏う空気が、底知れぬどす黒い殺意へと一変した。


「お前達……こないだ、リリス様を攻撃してたよねえ」


 紫色の瞳が、獲物を狙う鷹のように細められ、アイギスの三人を真っ直ぐに射抜いた。

 世界の平和などどうでもいい。組織の理念も知ったことではない。

 翔にとっての唯一の行動原理。それは、『俺の愛するリリス様』に害をなすものを排除することだった。


「じっくり殺してあげるから、覚悟しろよ」


 ドゴォッ!!

 爆発のような踏み込み。一瞬にして、レッドの目の前に翔の顔があった。


「なっ――!?」


 レッドが防御の構えを取るよりも早く、翔の重い拳がレッドの腹部に深々と突き刺さる。衝撃波が抜け、レッドの体は紙屑のように吹き飛ばされ、後方の瓦礫に激突して動かなくなった。


「一人目〜」

「レッド!!」

「嘘……?!見えなかった……!」


 ブルーとピンクの悲痛な叫びが響く。凄惨な光景の真ん中で、翔は口角を吊り上げ、歪な笑みを浮かべていた。


「さ〜て、次はどっち?」

「くっ……! ピンク、後方から援護を!」

「了解!」


 ブルーが腰のホルダーから特殊合金製の刃を抜き放ち、翔へと斬りかかる。同時にピンクが電磁ロッドを構え、側面から回り込んだ。しかし、翔は飛来する刃をまるで鬱陶しい虫を払うかのように、素手で軽々と弾き飛ばした。


「えっ!?」

「そんなおもちゃで、俺に勝てると思ってるの?」


 瞬きする間に、翔はブルーの懐へと潜り込んでいた。


「な……っ!」

「お前さぁ、この間の戦いでリリス様のこと、その剣で斬ろうとしてたよね?」


 翔の手が、ブルーの剣身を掴む。メティス・テクノロジーの粋を集めた強固な金属が、翔の握力だけでメキメキとひしゃげ、呆気なく砕け散った。


「あはっ」


 そのまま、翔の容赦ない蹴りがブルーの鳩尾にめり込む。


「ガハッ……!」

「ブルー!!」


 くの字に折れ曲がり、十メートル以上も吹き飛ばされたブルーを見て、ピンクが悲鳴を上げる。彼女はロッドを振りかざして翔に飛びかかったが、翔はその細い腕を片手で容易く掴み止めた。


「お前も。リリス様に生意気な口、きいてたよね」

「ひっ……!」


 翔の紫の瞳が、至近距離でピンクを睨み下ろす。そこには一切の慈悲も、人間らしい感情も無かった。ただ純粋な、リリスを害する者への排除の意志だけがドロドロと渦巻いている。

 翔がピンクの腕をへし折ろうと、楽しげに力を込めた――その時だった。


「――そこまでよ」


 凛とした、しかし氷のように冷ややかな声が戦場に響き渡った。空間が黒く歪み、そこから蝙蝠のような翼を持つ漆黒の女幹部――『リリス』が姿を現した。


「あ、リリス様!」


 先程までのどす黒い殺意はどこへやら、翔はパッとピンクの腕を離し、尻尾を振る大型犬のようにリリスの元へと駆け寄った。


「リリス様、見て見て!僕、リリス様をいじめた奴らをやっつけたよ!偉いでしょ?」

「……ええ。よくやったわ」


 ひぃぃぃっ!間一髪……!あと数秒遅れてたら小春ちゃんを殺してたわよバカ!!

 内心で冷や汗を滝のように流しながらも、リリス――琴音は、表面上は微塵も焦りを見せず、気高く冷酷な幹部の顔を保っていた。


「リリス様、コイツらもう少し苛めてもいい? リリス様に攻撃しようとしてたし、許せないよね?」

「いいえ、もう十分よ。力の差は歴然。……蠅のような力しかない人間をこれ以上痛めつけても、何の娯楽にもならないわ」

「……ちぇ、ざんね~ん!お前達、リリス様が寛大で良かったねえ。僕一人だったら全員殺してたよ」

「行くわよ」

「は~い!じゃ、また今度ね~、お遊戯会のヒーローさんたち!」


 制止する隙も与えず、リリスが指を鳴らすと再び空間が歪む。二人はそのブラックホールの中へと溶けるように姿を消していった。


「待て……!逃げる、な……!」


 瓦礫の中から這い出し、レッドが血を吐きながら手を伸ばす。しかし、その声は虚しく空を切った。腹部を押さえて膝をつくブルーと、恐怖で震えが止まらないピンク。


「レッド、無理はしないでください……!我々は、幸運でした。今の僕達では……あのまま戦っていれば間違いなく全滅していたでしょう。……あの男は異常だ」

「……悔しいけれど、私達はまだ弱いわ……」

「俺達は……絶対にもっと強くなってやる!」


 圧倒的な力と、理不尽なまでの悪意。三人はボロボロの体で寄り添い、もう二度と負けはしないと、そう強く胸に誓うのだった。






「ねえ、リリスさま~」

「何かしら」


 ブラックホールでの空間移動を経て、二人は『ミレトス』のアジト――リリスの私室へと帰還した。

 途端に、翔は甘えた声を出しながら琴音の背後から抱き着いてくる。つい先程まで残虐な笑みを浮かべ殺戮を繰り返していた狂犬の姿は微塵もない。琴音の前では常に、愛らしい大型犬のようにすり寄ってくるのだ。

 琴音は背筋を粟立たせながらも、それを悟られないよう平然を装い、彼の腕を冷たく解いた。皮張りの椅子に腰かけた琴音を残念そうに見つめた後、翔は彼女に絶対の服従を示すように、その足元に傅く。


「僕、今日初めてだったけどよく頑張ったでしょ? 雑魚ども、いっぱい蹴散らしたよ」

「ええ。そうね」

「『ご褒美』、ちょ~だい!」


 翔は琴音を見上げてねだる。期待に目を輝かせる彼は、恭しく琴音の右手を取ると、黒い手袋越しに爪先、掌、手首へと、這うように何度も唇を落としていった。


「んっ……」


 嬉々として口付けを送る翔の瞳の奥には、底知れぬ狂気とどろどろとした暗い執着が渦巻いている。琴音は、彼のちらりと覗く闇に背筋が凍りつく思いだった。

 彼女は気付かないふりをして、眉間に皺を寄せ、翔の手を振り払った。


「まだ、我々の『目的』は達成されていないわ。……『ご褒美』は、その後ね」

「ちぇ~。しょうがないなあ。……約束だよ?」

「ええ、勿論よ」

「やったあ!」


 翔の目が、三日月のように細められる。


「……カケル。私は一休みするわ。あなたも部屋に戻りなさい」

「え~。僕、リリス様ともっと一緒にいたい!リリス様の匂い、好きなのに」


 頬を膨らませてむくれる翔に、琴音は内心の震えを必死に抑え込み、幹部としての威厳を保って言い放つ。


「戻りなさいと言っているのよ。……それとも、私の命令が聞けないのかしら?」

「……。も~、リリス様のいじわる。じゃ、またね。僕の可愛いリリス様」


 翔は名残惜しそうに、渋々部屋を後にした。重厚なドアが閉まる音が聞こえた瞬間、琴音はピンと張っていた背筋を崩し、盛大なため息を吐いた。疲労感がドッと押し寄せてくる。

 ああ、本当に怖かった。

 翔といると心が休まることは片時もない。まるで首元に常に刃物を突きつけられているような心地だ。しかし、この異常な戦闘力を持つ男を利用しなければ、自分の組織での立場はない。全ては、『あのお方』――社会の底辺で泥水を啜っていた自分を救い上げてくれた、千石様に認めてもらうため。これからも身を粉にして、『ミレトス』の目的達成へと突き進む他ないのだ。


「……お風呂、入ろ」


 疲労と胃の痛みが、全てお湯と共に流れてくれたらいいのに。彼女はそんなことを思いながら、重いスーツを脱ぎ始めた。






「リリス様……リリス様、リリス様……ああっ、可愛いなあ〜……♡」


 暗闇の中、モニターの淡い光だけが唯一部屋を照らしていた。液晶画面には、シャワーを浴びるリリス――琴音の無防備な姿が、鮮明に映し出されていた。至る所に仕掛けられた隠しカメラの映像だ。

 翔は液晶越しに、彼女の白い肌を指先でゆっくりとなぞる。彼女の輪郭を確かめるように、じっくりと、執拗に。


「大丈夫だよ、リリス様。あの目障りな虫ケラ共は、僕が全部潰してあげるからね。そしたら、い〜っぱいご褒美もらうんだあ♡」


 恍惚とした表情を浮かべる翔。先ほどアイギスたちに向けられていた残虐な冷たさはなく、そこにあるのはただひたすらに重く歪んだ愛情だけだった。


「僕だけのリリス様。……愛してる♡」


 暗闇に響くその歪な愛の囁きは、誰の耳にも届くことなく溶けていった。


つづく

翔くんにめちゃくちゃにされる琴音ちゃんの話です。

よろしくお願いします。

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