俺はどっちかといえば猫派
「「「先生、おはようございます。」」」
生徒たちの間を抜けて、体育館の中を突き切った。みんな綺麗に道を開けるものだから、モーセの海割りみたいだ。
壇上では、四つん這になった男に腰掛けた金髪少女が、手を振っていた。
あー行きたくね…
全部夢ってオチは流石にないよな。
漂う血の匂いが、俺を現実に引き戻した。
指が千切れかけた男の背から飛び降りるようにして金髪少女が駆け寄ってきた。
「見てみて、約束破ったからワンちゃんにしたよ。可愛いでしょ。ナデテしてあげてよ。」
どこが可愛いんだよ。グロすぎてドン引きだわ。しかし、俺はそんなことをおくびにも出さず、笑顔を向けた。
「シャーロットが用意してくれたのか。ありがとう。」
「そうだよ。大変だったんだから。」
えっへんと胸を張る。
俺は、ワンちゃん?の前に、シャーロットの頭に手を伸ばして、髪の毛を掻き回した。
「もう!私はもう子どもじゃないよ。」
そう言いつつも決して嫌がる素振りも見せない。とりあえず、彼女たちは撫でておけば機嫌が良くなる。俺が培ってきた生き残るための処世術だ。
隣を見れば、ワンちゃん?が寂しそうにこちらを見ていた。お前…そんなキャラじゃなかっただろう。善人とは言えなかったが、人外だらけの学園で唯一の同族だったのだ。
俺のしょうもない雑談によく付き合ってくれる仲間だと思っていた。
代わり果てた仲間に向けて、優しく手を伸ばした。
「ガブ!!」
びっくりしてしまったのか、思いっきり手を噛まれてしまった。慌てて手を確認すれば、うっすらとだが血が滲み出てきた。
なんてことはない軽傷だ。
「は?お前、死ねよ。」
「ギャン!」
ドスの効いた声が響き、ワンちゃんは自分の舌を思いっきり噛みちぎった。
あっという間の出来事で、口が塞がらない。
「先生!大丈夫?ごめんさい、まだ躾までしてなかったの。血が出ちゃってる!早く治さなくちゃ。誰か、『保健室』からアリスを呼んできて!」
「シャーロット、これぐらい大丈夫だから。
それよりもあいつが…」
「先生に怪我させたんだよ!このまま死なせてあげようよ。
」
そこに罪悪感も動揺もない。
彼女にとっては、当たり前のことをやっただけなんだ。
冷たい汗が背中をつたって落ちていく。
「ダメだ。先生との約束忘れちゃったのか。」
「違う。忘れてなんかないよ
一つ、人は無闇に傷つけない。
二つ、みんな仲良く平和に暮らす。
三つ、先生の言うことは絶対。
これであってる?」
一応、合ってはいる。正確には、三つ目が微妙に違うのだが。先生の言うことはよく聞こう。これが正解だ。
ただ、彼女たちには俺の言葉が全て。言うことを聞かないという発想がないのかもしれない。
「ちゃんとわかってるな。なら、いきなり舌を噛み切らせちゃダメだろ。」
「ええー。でも、もう人間じゃないよ。
それにコイツ、先生を傷つけた。だったら死んだ方が、マシでしょ。」
あ…
本当に。致命的なまでに言葉が通じない。
どうしたものかと悩んでいるうちに、ドタバタと外から少女が入り込んできた。
シャーロットよりも、さらに小柄で、2サイズほどでかい白衣を着た赤眼の子。
両目に涙を浮かべながら、俺の前に転がりこんだ。
「ルークさんが怪我したって本当ですか?
ヒッ…ルークさんが死んだら…私も死にます」
「アリス、たいした怪我じゃない。
落ち着いて。」
安心させようと噛まれた部分を、アリスに見せた。ちょっと噛みつかれた程度だ。血もほとんど止まっている。
「ウソ嘘うそ。ルークさん…言ってました。
人間は…ヒッ…私たちよりも弱いって。だから、大切にしなきゃダメって。このままじゃ、ルークさんが死んじゃう。うええーん。」
アリスは俺の話など聞かず、大声で泣き出してしまった。
まずい。
体育館が小刻みに揺れ出し、ガラスが全てにヒビが入った。
「アリス、大丈夫だから。だから、俺とあのワンちゃん?を治療してくれないか?」
俺は必死にアリスの頭を撫でた。
これさえしとけば、だいたいなんとかなるんだ。むしろこれでうまくいかなかったら、俺死んじゃうんだけど!!
「は…い…」
涙を拭うと、アリスはコクリと頷いた。
そして、次の瞬間には、全てが『無かった』ことになった。
俺の傷も、ワンちゃんの舌も、ひび割れた窓も全てが元に戻った。
終わった。
あまりの疲れに、思わず空を仰ぎ見た。
なんで俺、こんなことしてるんだろう。
読んでいただきありがとうございます!
少しでも皆様の退屈しのぎになれば幸いです。




