ある男の話
雲一つない空の下。
桜が舞い散る学校の体育館の壇上で、俺は体を丸めて、ひたすらに頭を下げていた。
目の前には、学生服に身を包んだ小柄の金髪少女が赤い瞳でじっと見下ろし続ける。
大の大人が、自分の半分も生きていないだろう娘に頭を下げる。通常じゃありえない光景が広がっていた。
しかし『学園』においては、赤瞳には、絶対逆らってはならない。これは絶対に覆らない理だ。
そして、体育館内に整列して少女たちも、何も言わずに、じっと事の運びを見守っていた。
「おじさんたちは、薬を売った間違いないよね?」
白い粉が入った袋が、ポトリと床に落ちった。金に目が眩んでやるんじゃなかった。
今更な後悔が体を支配していく。
「入学式の時に、先生から校則のお話しがあったでしょ。その中に、薬はやらないってあったはずだけど。おじさんは、先生の話聞いてないんだ。」
「違う!!」
俺は必死に声を張り上げた。
ここは嘘を並べたててでも、うまく言いくるめるしかない。彼女たちは、先生の言いつけを破った人間を決して許さない。
「金のために、大量に仕入れたんだ。
誰があんなナヨナヨ野郎の言うことなんて聞くか。俺は、ここで這いやがって、億万長者になって、それでー」
俺は今何を口走ってるんだ。
自分の意思から完全に切断されてしまったように、口が勝手に言葉を紡いでいく。
頼む止まってくれ。止まれ!!
手を口に突っ込んで、なんとか動きを妨害する。
「それじゃ、最初から先生のことを馬鹿にしてたわけ?」
痛い。気づくと、俺は手を噛みちぎっていた。血が溢れて、激痛で思考が止まる。
なのに、口が勝手に動いていく。
「当たり前だろ。『学園』に入ったのだって、ここが魔王勢力の一角だからだ。それに構成員はちっこいガキだけ。おまけにボスは、あんなモヤシじゃねぇか。
忠誠心なんてあるわけねぇだろ。」
本音がポロポロと外に落ちていく。
「あっ、そこまででいいよ。どうせ最初から知ってたし。先生がどうしても、同性の仲間が欲しいって言うから入れてあげただけなのにね。とっとと追放の理由作ってくれてありがと。だから、選ばせてあげる。
犬と猫ならどっちが好き?」
は?
質問の意味が読み取れなかった。
イヌとネコ。それが、一旦なんだって言うんだよ。
「はい、時間切れ。そしたら今回は犬にしよっか。えい!」
可愛らしい声と共に、少女の手が頭を貫いた。血の一滴すら流れず、まるでゴーストに触れられた感触と一緒だ。
実態を感じられない。
なのに、絶対に触れられてはいけない何かを握られてしまった。そんな恐怖が、遅れてやってきた。
「やめてくれ」
「やめるわけないじゃん。バイバイ、おじさん。はーい、ぐしゃぐしゃ」
意識が遠のいていく。
俺は…こんなところで死ねない。
俺を誰だと思ってるんだ。俺は…俺は…
「お手」
「ワン!!」
差し出された手に、前足を重ねた。
「良くできました。人間のころより、賢くなったんじゃない。」
何を言われているのかわからないが、褒められているのだろうか。だとしたら、なんて嬉しいだろう。
「そういえば、名前はなんって言うんだっけ?
まぁ、どうでもいっか」
‥……
やばすぎでしょ!?
体育館入り口前で、痩せこけた青年が、静かに頭を抱えていたのを、生徒たちは誰も知らない。
この膨大にある作品の中で目を通してくださりありがとうございます。皆様の退屈しのぎになれば幸いです。




