28:仲直りと友人
凪に冷たくあしらわれ、花は落ち込みながらビルを出た。
(やっぱり、私、余計な真似をしてしまったみたい。凪さん、怒っていたわ)
親切でついてきてくれた静香には、怒ったことを正直に言えない。
疼く気持ちを静めながら、花は車の運転手が待機しているビルの正面へ向かう。
車に乗り込もうとすると、後ろから自分を呼ぶ声が聞こえてきた。
驚いて振り返ると、凪が走ってくる。
「あらまあ」
静香も驚きながら凪を見ていた。
「花、話がある」
「……はい」
ついに結婚の解消でも告げられるのかと、花の体に力が入る。
「花様、私はここで待っていますから。行ってきてください」
後押しする静香の言葉に頷いた花は、黙って凪の方へ移動した。
彼はそのままビルに戻り、近くの一室に花を誘導する。そうして、部屋の扉を閉めた。
二人きりになり、花の手は汗ばんだ。
「あ、あの、なんでしょう」
花は覚悟しながら口を開く。
気を強く持たなければ、このあとの展開に心がついていけそうにない。
しかし、凪から返ってきた言葉は意外なものだった。
「すまない」
「えっ……?」
「お前を責めてしまった。お前は何も悪くないというのに」
凪はやや落ち込んでいる様子で、なんとか言葉を尽くそうとしているように見える。
花は静かに彼の話を聞こうと決めた。
「昨日、私はお前を傷つけてしまった。無理矢理あのような真似をするなんて、怖い思いをしただろう。だから、少し距離を取ろうと思ったんだ」
「凪さん……」
「だが、結果として、さらにお前を追い詰めてしまった。私は……番のこととなると駄目なαだ」
「そ、そんなことはありません」
思わず花は大きな声を上げた。
「な、凪さんは悪くないです! 昨日だって、私がヒートを起こしてしまったから……凪さんは完全に被害者なんです。今日も、それを謝ろうと思って会社に来たんです。凪さんはいつも帰ってくるのが遅いから、少しでも早く伝えたくて。でも、お仕事の最中に邪魔してごめんなさい」
「……いや、それは」
凪は眉間にしわを寄せてしばらく考える様子を見せたあと、迷うように口を開く。
「ただの嫉妬だから気にするな」
「嫉妬?」
「そうだ。あの部屋にいた絢斗にな」
「絢斗さんに?」
「お前を取られるかと思ったんだ。あいつは私と違ってそつがないし、異性との会話も上手い。だから、お前が私よりもあいつを選んだらと考えてしまった」
「それはありません」
花は断言した。
「絢斗さんとは今日お会いしたばかりですし、Ωの貸し借りを提案される方はちょっと……」
自分が意思のない物のように扱われている感じがして、複雑な気持ちを抱いてしまった。
もちろん、凪だって最初はそうだったが、今の彼は花に歩み寄ってくれている気がする。ともかく、二人は花の中では明確に違うのだ。
「凪さんが反対してくださってホッとしました」
「当たり前だ。妻の貸し借りだなんてぞっとする」
彼が普通の感性を持っていてくれてよかった。
お互いに気持ちを伝えることができ、花の肩の力が抜ける。
「仲直り、できて安心しました」
花がつぶやくと凪も微笑む。
滅多に見られない優しい微笑みだった。
※
結婚式が迫ってきた。
でも、花の心は以前より落ち着いている。
凪との絆が深まっているからだろうか。
Ωやαという枠組みを抜きにして、素顔の凪本人と接せている気がして、それが花には嬉しい。
今まで、こんな風に仲良くなれる男性もいなかったので。
男性と言えば――近頃、よく絢斗が屋敷まで遊びに来るようになった。
凪に会いに来ているみたいだが、時折花のところにも顔を出す。
絢斗は人に対する距離がとても近く、何度会っても慣れない。
今は応接室で凪と一緒に絢斗と話していて、花の席は凪のすぐ隣だ。
凪からは、絢斗と二人きりは絶対に駄目だと念を押されていた。もともと、二人だけになる気もないけれど。
「そういえばさあ、花ちゃんはもうすぐ結婚式だねえ」
「はい……」
「龍王家の結婚式はそりゃあ盛大で、マスコミも呼ばれるくらいなんだ。まして今回は凪の結婚だから、人の数もすごいだろうね」
「そう、なんですか?」
花は少し不安になった。
もともと人の多い場所は苦手な上に、たくさんの人に自分がΩであるとさらされてしまう。
『Ωなんて、汚らわしい』
頭の中に家族の声がよみがえる。
無意識に体を抱える花に向かって凪が声をかけた。
「お前は俺の花嫁だ。誰にも文句はつけさせない」
「凪さん……」
優しい言葉を聞き、守られているのだという実感が湧いてくる。
(私、あなたの花嫁になりたい)
そんな風に思えたことが自分でも意外だった。
「あーあ。俺の入り込む余地はなしか」
絢斗が残念そうにぼやき、それを見た凪が眉をひそめる。
「最初からそう言っている。まだ諦めていなかったのか」
「今諦めたよ。ほんと、ほんと」
「どうだかな」
こんな話題でも軽口をたたき合えるのだから、二人は本当に仲がよいのだろう。
「結婚式には行くよ、樟葉家の一員として。それからお前の友人として……あと、花ちゃんの友人としてもね」
「え、わ、私の?」
「何度も会っているし、話してるし。もう友達だよね?」
「友達……いいの?」
「もちろん」
絢斗は、花にとって初めての友達だ。
「嬉しい。ありがとうございます」
花が微笑むと絢斗は何故か頬を赤く染め、不機嫌顔の凪に睨まれていた。
結婚式についてはまだ不安だが、凪や絢斗がいれば、なんとか乗り切れるかもしれない。
そう思うことにし、花は心配事を頭の外へ追い出した。




