お友達になろう
文字数2300くらい
一週間ぶりに学校へ来た瞬だが、授業に集中出来なかったので早々に屋上向かい、堂々とさぼっていた。
屋上のドア付近の小さなスペースに出来た日影に座って、空の蒼と山の緑と白ベースの住宅の色をボーッと眺めている。日差しの熱さを含んだ風がビューと流れてきて、柔らかい髪とスカートを軽く揺らす。
風が吹くと涼しいので、パタパタとスカートをはためかせた。
瞬の思考は新種カンゴウムシ発生で占められている。仮説すら浮かばず答えのない出口をさ迷っていた。
キーンコーンカーンコーン
三時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが静かな町に響く。
(はー。考え纏まらない)
調査の結果、ホープのある地域に改造カンゴウムシがいた。種類はおよそ26種。個体数は日に日に増している。
世間ではカンゴウムシの個体数が増えているだけ。と伝えられており、人為的に改造され放たれた新種だ。とは報道されていない。混乱を招かないようにするのが目的だ。
カンゴウムシをよく見れば違いに気づくだろうが、形状そのものに嫌悪を覚えるため、大半の人間は逃げる、若しくは、すぐに退治してしまう。
つまり瞬のように観察する人は少数派だ。そのため『いつもと同じ大量発生』とくくられてしまっている。
(でも女神様はこの事を知っていた。じゃないと、私に調べるように言わないだろうし)
改造された虫がいることも驚きだが、改造したのは誰かを突き止めるのも重要だ。
単なる愉快犯ではない。目的があるのは火を見るよりも明らかだ。
(うーん、その辺も調べることになりそう。カンゴウムシを研究する権限は警備隊の環境課と民間の薬品工業、害虫駆除系のいくつかだったような気がする)
瞬がある程度自由に動ける場所は警備隊の内部。十二分の特権である。
(誰かが研究しているとするとして。そうすると、しっかりした設備が整ていて、資料もサンプルも隠せて尚且つ怪しまれにくい。っていうのは、絶対に警護隊なんだよねー。やっばーい)
あはははと、つい乾いた笑いが出てしまう。
どう転んでも厄介事に首を思いっきり突っ込むしかない。
とはいえ瞬は、危険に足を踏み入れることを疑問手と思わず、寧ろ最善手と認識していた。心躍る事があれば危険を顧みず、足を突っ込むことを厭わない。好奇心旺盛であり、一種の馬鹿である。
(さて、方針はどうするかなー。一人でやれるのには限界があるし。ここはやっぱり)
「ここにいたの? 古林さん」
不意に呼ばれた。瞬は考えを中断して横に視線を向ける。
眩しい日差しの中、低い背丈と二つ結びの髪の毛のシルエットがこちらに近づいてくる。
「どうしたの加田さん。ここに来るの初めてじゃない?」
「やっと見つけた!」
芙美はドスドスと大またで寄ってきた。ぷんぷんと頬を膨らませている。
瞬の脳裏に怒っている母親の姿が浮かび、内心ちょっとたじろんだ。言葉を選びきれす、半開きの口から音を出しながら芙美を見あげる。
「えー……と。何?」
「もぉ! 久しぶりに来たと思ったら! サボっちゃいけないでしょ」
芙美は瞬の正面で仁王立ちになった。両手を腰に当てて、瞬に顔を近づけるように腰を曲げる。
「明日から試験だよ! 授業聞いておかないと成績に響くよ!」
「あ、あーー。それねーー」
瞬は苦笑いを浮かべた。
勉学に関してはしっかり学習しているので、授業を休んだからといって成績に響かないから大丈夫だ。
この翠高等学校入学は家から近いという理由だけで決めたわけではない。成績と出席日数が規定に達していれば、教師は指導を行わないと事前に知ってたからだ。たびたび勝手にサボっている事を親に報告しているが、常に上位成績をキープしている瞬には何も言ってこない。なので出席日数だけ気をつければいいだけだった。
「わからないところがあっても逃げないで! 私のノート貸してあげるから!」
唾が飛びそうな勢いがあったが、芙美は純粋に瞬を心配している。驚いて目をぱちくりとさせた瞬だったが、ちょっとだけ気恥ずかしくなり、頭をカリカリと掻いた。とりあえずニコリと微笑む。
「心配してくれてたんだ。ありがと、加田さん」
お礼を言われると思っておらず、芙美はびっくりして目を丸くした。すぐに顔を真っ赤にして頷く。
「え! え、ええ、私、学級委員長ですから」
「気にかけてくれて嬉しいな。あんまりクラスの人と話しないから新鮮」
「そ、そりゃ……、古林さんのも原因があるのでは?」
「そうだねぇ。その通りだね」
瞬は学校生活にあまり興味がない。簡単に挨拶はするものの、クラスに溶け込むことはしない。
趣味が合わない人間と親密になる必要がないと思っているからだ。
第三者からみれば孤独に見えていると分かっていても、うわべだけの付き合いに抵抗を覚えてしまう。なので学校では常に独りでいるが、特に不自由はしていない。
「一人が好きだから、どうしても単独行動しちゃうんだよね」
瞬の返答に、芙美は少しだけ安堵したような顔を見せた。
「そっか。いじめとかじゃないのね、良かった」
……と、瞬に聞こえるように呟いていたが、聞かなかったことにする。
芙美から悪意は全くない。面倒見が良い性格なゆえ、クラス内でトラブルがあるのかもしれないと単純に心配していたようだ。
「加田さん。隣座る?」
瞬が右横の地面をトントン叩いて勧めると、芙美は吃驚したように瞬きを繰り返しながら、ストンと腰を下ろした。拳一つ分ほど距離が開いている。
芙美はすぐに瞬を見た。
「問題ないなら授業出ようよ! 成績が良いんだから勿体ないよ」
力強い眼差しを受けて瞬は苦笑する。
「留年しなかったらいいんで」
あっけらかんというと、芙美は驚愕して大きく口をあけた。
「えええー!? 何ための学校生活!? 折角来たのに話もしないで帰るのは勿体ない! というか、もしかして人見知りするとか? そうでなかったら恥ずかしがらずもっとクラスメートと喋ったらいいのに! 折角同じクラスになれたんだから、せめて私と喋って……」
そこまで力説して、あ。と声を出すと、すぐに両手を合わせて謝った。
「ご、ごめん。古林さんにも事情もあるのに好き勝手言っちゃって」
「良いよ。そう思ってくれてる人がいるって分かって嬉しくなっちゃった」
瞬が笑うと、芙美はポッと頬を染めた。
美少年風の少女が笑うと可愛いよりも格好良さ際立つ。芙美しばし見惚れてから我に返る。熱した顔を冷ますため、扇を仰ぐようにパタパタと手を動かしながら咳払いをする。
「え、と。ええと、私だけじゃないんだ。ええと、クラスの女子も古林さんと話したい子が多い。というか、気になってる子もいる。というか。声をかけにくいから取っ掛かりがつかめないというか。うん、その」
スポーツ大会や運動会、球技大会、体育の授業など、身体を動かしている瞬は大変男らしいため、女子たちが黄色い声を上げることが多かった。
それを言っていいのか迷ったため、芙美は視線を泳がせてしどろもどろになる。
「ふんふん、それで?」
瞬の視線から避けるように、芙美は反対側に顔を向けた。
気合を入れて小さくガッツポーズをすると、瞬に向き直る。
「すっごく気になるので私と友達になってくれませんか!」
「どストレートな友達 申請発言!」
勢いが良すぎたため、瞬は思わずツッコミを入れてしまった。
芙美は真っ赤になって両手で顔を覆い隠れたつもりになる。穴があったら入りたいとはまさにこのこと。
「ごめんなさい! でも古林さんのことずっと気になってたの!」
「こっちこそ、茶化してごめん。でも、そんなに私が気になって……って、ふふふ。お友達歓迎! こちらこそよろしく」
「そんなに気になって……ふふふ、いいよ。こちらこそよろしく」
瞬が手を出しだし握手を求める。芙美はぱあっと笑顔になって、ぎゅっと握り返した。
「よろしく! 私の事は芙美って呼んで! 瞬って呼ばせてもらってもいいかな?」
「なら、私も芙美って呼ばせてもらうね」
「もちろん!」
「よろしくね」
お互いに呼び名を決めると、瞬と芙美はにっこりと微笑んだ。
ドストレ~トですが、そこが彼女のよさ。




