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水面下ならば潜ろうか  作者: 森羅秋
瞬とカンゴウムシ事件と夏休み
13/56

女神様に報告一回目

 瞬と芙美は昼休憩を使ってカンゴウムシの話をした。

 誰かに聞かれると嫌だからと、瞬は体育館の横にある小さめの倉庫に向かい、手前にある花壇の煉瓦に腰を下ろし、芙美もその隣に座って弁当を広げた。

 芙美が好奇心いっぱいで尋ねるので、瞬は少しだけ調査について話した。

 先ほどの改造カンゴウムシのことである。


「ニュースで話題になる前から、その片鱗があってね。私の家が山に近いから、なんか変な蟲いるなぁって思ってたらさぁ」


 そう切り出して、図鑑などと照らし合わせても特徴が違うカンゴウムシが増えていて、毒性も強いと話した。

 芙美は嫌がるどころか興味津々で、真剣に意見を述べる。

 瞬にとってはごくありふれた一般論であったが、この話題を抵抗なく聞いてくれる相手との会話は久々であった。

  その後も、休憩時間の度に芙美が話しかけてきたため、瞬は久々に放課後まで外に出ることはなかった。






 瞬は自宅で着替えると、リュックに荷物を入れて、深淵都市に向かう。

 今回は母親に見つからなかったが、帰宅は深夜になるため説教は回避することが出来ず、微弱でも怒り緩和を期待して置手紙を残した。


(さぁて。どうするかなぁー。ニュースで取り上げられたってことは、女神様の耳に詳細な情報が入ってるってことだ。私が集めた情報、役に立つんだろうか)

 

 一抹の不安が過るものの、行かないという選択肢はない。重複してようと調べた結果は提出する必要があった。


(あわよくば、女神様が持っている情報も得たかったんだけど。無理かもなー)


 期待と不安が入り混じる中、アクアソフィーに到着した瞬は、近くの森林に足を向ける。進入禁止の立て看板を越え小道を進み、香紋の公邸へ向かった。


(厳重な警備が敷かれているのに、この小道に兵士の姿はないって、おかしいんだよねぇ)


 周囲の建物から侵入者を隠すように林が密集しているため、周囲を見渡しても緑しか見えない。

 それなのに地面は不自然に整頓されている。使うには楽であるが、誰かがなんの目的で作ったのか想像できず、あまり良い気分ではなかった。


(兵士の知らない抜け道。使う時本当に気をつけないと。こんな容易に女神さまのところへ行けるなんて、悪人に知られたらマズイ)


 瞬は小道の出口で足を止めた。

 前方に広がる香紋の公邸。普段なら兵士が等間隔で立ち、巡回などして女神の安全を守っている場所である。

 だが、見える範囲にその姿はない。まるで、予め人払いがされているような奇妙な感覚を覚える。


(偶然。もしくは仕組まれている? すごく気になるけど、今は丁度いいから追求しないでおこう)


 知れば、もしかしたら足がすくんで前に進めなくなるかもしれない。

 警備の緩さに思いっきり引っかかりながらも、都合がいいから良しと、思い込むことにした。





 香紋の公邸へ到着する。

 黄昏色が湖に色づき、鳥や虫の気配を漂わせつつも、静けさに満ちていた。


「えーと……女神様……来ました」


 瞬が小さく声を出すと、湖の色がチカチカと目に入って残像が残る。

 すぐに水面から水の塊が伸びあがり、女神ミナが目前に姿を見せた。


 瞬は調査したカンゴウムシ資料を女神に手渡すと、口頭で説明する。

 女神ミナは淡々と頷くだけで、口を挟まなかった。


(これは……資料内容が無駄になるくらいの情報はもう入っているのでは?)


 徒労だったかなと思いつつ、説明を終えた瞬は口を閉じる。

 女神ミナは資料を水球で包むと、湖の底に沈めた。そして瞬を見つめて形の良い唇を動かす。


『貴女の情報は正しい』


 瞬はやっぱり知っていると思い、生唾を飲んでから、ゆっくりと聞き返す。


「その、不躾ですが、お聞きします。私が提出したその情報、すでに女神様はご存知なのでは?」


 女神ミナは面白そうに目を細めた。


『大筋は、ですね』


「大筋……。知らないことが書いてありましたか?」


『浄化の内容です。市販されている全商品、その効果を比較する記載。これはまだ報告されていません』


「それは……リクビトだから、まずはカンゴウムシの商品を試してみようと思いまして」


 だって発生するのはこっちだし。と瞬は口の中で言葉を溶かした。


『殆ど、浄化の効果が効かないのですね。これは非常に助かります』


 思わぬ言葉を聞いて、瞬は吃驚した。


「え、何で?」


『使ってみて、どう思いましたか?』


 女神がにこやかに微笑む。その目が早く答えろと催促していた。

 瞬は息を飲んでから、女神を見つめた。


「まず、浄化しきれず生存する虫が多くいました。漬けていれば動きは止まりますが、未だ形を保ったままが多いです」


『消える気配はなかった?』


「浄化できたカンゴウムシもいましたが……従来とは違い、溶け込んだ水に強い毒性がありました。成分は分かりません」


 まだ入れ物につけっぱなしで部屋の隅に放置している。

 手足を金具で縛っているので大人しく沈んでいるが、そろそろ両親に見つかりそうだと感じていた。


(今日こそは溶けているといいな)


 淡い希望を胸に抱いたが、おそらくまだかかるだろう。

 どこかに移動させなければと考えていると、女神ミナが手の平から小瓶を浮かび上がらせた。

 幅8センチ、高さ13センチほどの瓶の中に透明の液体が入っている。


『ではこれを使ってみてください』


(……どうやって、出したんですか?)


 瞬は瞬きを繰り返して凝視していると、女神ミナは瞬の手に瓶を握らせた。ガラスの瓶の中にたっぷりと入った、薄く輝く水がチャプチャプと音を立てる。


「これは?」


『不浄を浄化する水です』


(え? なんて?)


 激レアアイテムの名前である。

 瞬が怪訝そうに眉をひそめていると、女神が言い直した。


『ライニーディーネーです』


 浄化水の正式名、ライニディーネ―。

 女神の体液で作られた特別中の特別、島全体の毒素を正常化させる水。

 女神の体力を著しく消耗するので非常時しか使われない上に、空気や水中や陸に放たれると即座に効力を発動し短時間で消滅してしまう、超貴重なアイテムである。


(本家本元の浄化水いいいいい!?)


 瞬の手が震えはじめた。

 こんなのを持っていると知られたら何が起こるか分からない。冷や汗がつぅっと背中を伝っていく。


『これで改造されたカンゴウムシが浄化出来るか、検査してください』


「はい……?」


『発見された全種類お願いします。足りなければまたいつでも取りに来てください』


 そう言われても、無くなったのでまたください、と言いにくい品物である。

 瞬は恐る恐る瓶を握った。


「あの……質問よろしいでしょうか」


『なんでしょう』


「これ、兵士に任せるべき業務なのでは?」


 一般人が手にしてはならないアイテムを渡されれば、確認したくなるのも当然である。

 女神ミナはため息をついて、困ったように形の良い眉を下げた。


『それが出来れば貴女に頼みません。よろしくお願いします』


 有無を言わせない圧を感じて、瞬は「……はい」と頷いた。

 兵士に頼めない理由は分からないが、これだけは確定した。女神は改造カンゴウムシが増えた原因の一因として、兵士を疑っている。

 瞬はそれ以上言葉を続けずに、そそくさと瓶を鞄に納めた。


 そのすぐ後に――


『貴女、ここは立ち入り禁止よ』


 凛とした幼さが残る女性の声を聞いて、瞬の全身が硬直する。

 瓶を納めていなければ落して割っていただろう。そのくらい不意打ちの声である。

 声の人物は考えなくても分かる。もう一人の女神だ。


『あら……?』


 女神ミナが後ろを振り返った。


 対岸側から水面を歩いてくるのは、波及の女神ユク。

 柔らかそうな白色に近いローブで、スリットが右側に入っているドレスを着ている。

 ミナと瓜二つの風貌をもち、濃い黄緑色の瞳が力強さで輝いていた。

 

『ユク。彼女は私の使いでここへ招いたの。皆には秘密にしてちょうだい』


 よく似ている二柱の女神だが、並べてみると、女神ミナの方が年上のようである。


『もう、貴女っていっつもそう。一人で何でも決めて』


 女神ミナは頻繁に極秘の使いを頼んでいるのだろう。女神ユクは、またかという表情で女神ミナを見つめた。そして、その視線がすっと瞬に流れる。


『……それで、彼女はどんなお使いなの?』


 瞬は心拍数が一気に上がる。

 女神ミナは友好的でも、女神ユクが同じとは限らない。


(どうしよう……)


 チラっと女神ミナに視線を向けると、彼女は瞬に笑みをこぼし、小さく頷いた。


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