6-E 雷撃! まさかのまさかり真っ逆さま!
5秒で分かる前回のあらすじ
「扉あ〜け〜…………ない!」
「————ああっ!」
扉を後にし、関城さんが待っていたリビングルームに着いた時、私は見た。
「……どうしたのアルカ。今日はやけにテンションが高いね」
「え⁉︎ いや、高いというかなんというか……ってか、なんでもないよ……」
私の答えを探るように、こちらにジト目を向ける百合ちゃん。冷や汗が出るのを見せないように、私は人差し指で頬を掻きながら顔を背けた。
彼女が目線を逸らしたのを見定めると、私は左腕に巻いた腕時計——もとい、エフェークオスを見つめた。肝心なのは、裏のメタルバンド。ここに掘られている模様、星形と正五角形が組み合わさった模様が掘られている。
「さっきの違和感は……やっぱり……」
先ほどの扉に描かれていた模様と似た雰囲気がある。と言うことは、あれは天使軍のマーク……ましてやアルカディアのマークの可能性もある。
「エルなら、わかるかもしれない……」
私は顔を上げ、次に関城さんに向かってこう言い放った。
「トイレに!!!!! めっちゃ行きたくて死にそうなんです!!!!!!! どこですか!!!!!」
*
「——ということで、エル、今関城家のトイレにいるんだけど、個室が三つもあるんだよ、すごくない? 関城さんって一人っ子なんだよ? なのに一階にも二階にも個室が三つなんだよ?」
『う、うん、それはわかったけど……』
私のエフェークオスから漏れているのはエルの声。少し笑い混じりに、彼は落ち着いた声で話す。
『わざわざ連絡をくれたってことは、他に何か用事があったんじゃないかな?』
「はっ! そうだった!」
私は自分を落ち着けるべく、目の前の便座のフタを高速で上げ下げさせた。
「あのさ、エルのフェークオスについてるマークってあるじゃん? 星形のやつ! あれって天使軍のマークだよね?」
『うん、そうだよ』
「だよね! なんかなんとなくそう思ってた!」
『うん、そ……なんかパカパカ音が聞こえるんだけど気のせいかなあ』
私は便座も上げ下げし始めた。
とりあえず、早く本題に移らなければ。
「あの〜、アルカディアにも、そういうマークってあるんでしょうか……」
『……ふむ、それはどうして?』
『どうして』……? 『どうして』と言ったかコイツ⁉︎ 質問を質問で返すな!
私はエフェークオスを口元により近づけて、小声で話した。
「えっと、実は天使軍のマークに似たようなマークが描かれてる扉が関城さんちにあって」
『うんうん』
「なんか天使軍とかと関係してないかな〜と思って。こう、六角形っぽいやつなんだけど」
『……なるほど』
私が模様の特徴やその時の状況を伝えていくと、彼の声が急にハキハキしだした。
『確かに、それはアルカディアのロゴマークだ。ソレイルにも伝えておくよ』
「うん、わかった」
『それと、関城千薔薇には気をつけて。そんなに目立つ場所に扉があるのは罠の可能性が高い』
「えっ、関城さんがアルカディアってこと?」
その可能性は考えていなかった。関城さんは日本の一位二位を争うお金持ちなはずだ。両親共々有名な方であり、お父様が『セキジョウカンパニー』の社長であり、うちの学校の理事長でもある。そんな人の娘がアルカディアなんて、思っても見なかった。
『アルカディアなら、アルカが天使軍側であることは理解しているはずだ。アルカは慎重に移動して』
「……うん」
『それと、人間が被害を受けるのは避けるべきだ。単独行動は危ないから、集団行動を徹底してね』
「わ、わかった……」
『うん、あとは、それから————』
いつもと違う雰囲気のエルにドギマギしながら、耳をかっぽじってよく話を聞いた。
今この声だけ聞けば、確かにエルが軍人さんっぽいと思えるかもしれない。
『——うん、これくらいかな。それじゃあ、通信切るよ、気をつけてね』
「いいよ! ありがとう、エル」
プツン、と彼の声が切れた。それを合図に私はエフェークオスの液晶画面を切り、扉を開ける。
その前にいたのは百合ちゃんだった。
「あっ…………」
「……遅いから、少し気になって」
彼女は少し俯いて、ワンピースを摘んでもじもじしていた。
まずい、さっきの会話を聞かれたかもしれない。ここは言い訳混じりの言葉を選んでおこう。
「大丈夫だよ! えっと……ちょっと力んでて!」
「それは言わなくても……まあ、何もなかったのならよかったけど」
百合ちゃんは少し頬を緩ませた気がした。よかった、このリアクションなら、会話は聞かれてなさそうだな。
お互いに無事を確認し、リビングに向かおうとしたその時だった。
————バチンッ
目の前が真っ暗になった。
「————ッ!」
やられた!
瞬間そう思った。停電だ。恐らく、私があの扉をアルカディアのものだと気づいたことに勘付いたのだろう。
「アルカ……! どこ……!」
「百合ちゃん、こっち!」
私は彼女の腕を掴み、一目散に広い廊下を駆ける。停電したとはいえ、微かに見えはする。
————『単独行動は危ないから、集団行動を徹底して』
エルの言葉が頭にちらつく。そうだ、はやくみんなと合流しなければ。
足を早め、玄関の広間にまで出られた。よし、このまま急げば……
「まって、アル、カ……はやぃ、はぁっ」
不意にかけられた声に、足止めを食らった。私に手を引っ張られていた百合ちゃんは、私が止まると、ぺたんと床にお尻をつけてしまった。はあはあと大きく呼吸している。
「ご、ごめん百合ちゃん! 気がつかなくて……!」
「……はぁ、はぁっ………アルカ、はぁ、先に行ってていい……よ」
彼女は苦しそうに胸を押さえた。そうだった、百合ちゃんは——でも、『単独行動』は避けないと——
「————よし!」
「ひやぁっ⁉︎」
考えた末、私は百合ちゃんを背中に乗せた。いわゆるおんぶである。昔おんぶした感覚はとうに忘れてしまったが、思っていたよりかなり軽い。百合ちゃん、ちゃんと食べているのだろうか。
「あわわぁわわぁわっ……! アアアア、アルカ、ちょっと大胆っ……!」
「えっ⁉︎ 何が⁉︎」
「し、知らないっ!」
なるほど、急な停電で気が動転しているのだろう。彼女が落ちないように体勢を直し、私は彼女にしっかり聞こえるように言ってみせた。
「大丈夫。百合ちゃんは私が、ちゃんと守るからね!」
「————っ!」
私は彼女をしっかり抱え、嫌な予感の漂う暗闇を走った。
「————うわぁぁぁぁぁぁぁ!」