5-D 休養! 交わす言の葉希望の鍵!
5秒でわかる前回のあらすじ
「エルvsマニ」
「悔しいぃぃ! エルさんに! エルさんに負けたぁ!」
「マニ、暴れないで。手元が狂う」
広間でマニさんが駄々を捏ね出した。
彼女の身体には無数の傷が入っており、その一部一部に、エルが手を添えていく。
彼の手からは、青白い光が漏れている。どうやら傷を直す魔法、かっこよく言えば「治癒魔法」をかけているそうな。
「……『治癒魔法』と言う割には、傷が残っているようだけど?」
私が聞くと、エルが少し困った顔で答えてくれた。
「そうだね。この魔法は回復を早めているだけなんだ」
「早める……ってことは、完璧に治っちゃう訳じゃないんだね」
「うん。でも、小さな傷ならあと一分もすれば消えるし、骨折なんかは一日あれば治るよ」
そう言ってから、彼は再びマニさんの方へ向き直した。
「うぇぇん! もうちょっとで勝てると思ったのに……あいたたたたっ!」
「うるさいなぁ……って、ここ折れてるじゃん」
「みゃぁぁぁぁ! 折ったのはエルさんでしょ!」
彼女は椅子の上で足をバタバタさせて、なかなか泣き止まない。それを見て、エルがなにやら考え込み始めた。
「マニ」
そして、彼はさっきまで見られなかった満面の笑みで、マニさんに向かって両手を広げた。
「おいで」
「行くものか‼︎」
もはやコント! ……と、ツッコミたい気持ちは抑えよう。
すると、彼はマニさんを見て、小首を傾げた。
「……なんで?」
いやなんでとかじゃないんだよエル殿。君、とりあえずハグしときゃなんとかなるとか思ってるだろ。
「ただでさえ負けた相手にすがるなんておかしいですし、自分から締め殺されに行くなんて嫌ですよ! あと図体が大きすぎます!」
マニさん大正論。最後の「図体」は彼女の好みの話なのだろうけど。
「私はもっと小さくて可愛らしい子供みたいなサイズを……」
と言いかけ、彼女ははっと静止した。
——待て。どうして二人ともこっちを見るんだ!
「えーっと! そうだぁ! 私、急に用事が!」
「アルカさん逃げないでください!」
私が彼らから離れようと踏み出した途端、マニさんに片腕を引っ張られ、私は盛大に後方へ転ける。
と思えば、私は何か柔らかいものの上に座らされていた。
まあ、マニさんの膝の上なんですけどね。
「聞いてくださいよアルカさん! こないだもエルさんってば、模擬戦だって言うのに、素手で私の足ボキボキに折ったんですよ! そろそろ慣れましたけど、本当に痛いって言ったのに! 本当に折らなくていいじゃないですかぁ!」
そしてマニさん、怒涛の愚痴吐き。
相当溜まってたんだろうなあ、などと思いながら、私はしばらく彼女の膝の上で静かにじっとすることにした。
「よかったね、マニ」
頭を撫でられたり、頬を軽く抓られたりなど、通常中学一年生にやるべきことではないことをやらされながら、しばらく優雅な一時を過ごすこととなった。
*
その数分後、マニさんは自分の傷の完治を待つべく、自室に入って行った。
そうすると、白い広間の大きなテーブルの端っこに、私とエルだけが座っているという空間ができた。
模擬戦といえど、エルもそれなりに体力を消費していたらしい。卵型の椅子にどかっと座り、全体重を背もたれに預け、ふーっとため息をついている彼に、私は話しかけた。
「……エルとマニさんって、いつもどっちが強いの?」
「……えっ? なんで?」
質問を質問で返すんじゃあないぞ。
ツッコミしそうな自分を抑え、私は椅子から浮いた足をパタパタ動かした。
「うーん、なんか、さっきはエルが勝ったけど、結構互角だったように見えて」
「へぇ……そうか、そうなんだね」
彼はどういうわけか、感心したように私を見た。その顔は、いつも通りの爽やかな笑顔だった。
彼は、いつも笑っているような気がする。いや、ただ単にそういう顔をしているんだ。声音だったり目の細め方だったり、そういうところで喜怒哀楽は見分けられることがあるけれど、大抵は、ずっと笑っているように見える。
もしかしたら、私が気がついていない時に、「笑っていない」ことも、あったかもしれない。
「そうだなぁ……マニは、優秀な人材だよ。僕なんかよりも、ずっと仕事ができる」
彼は背もたれに肘を突き、その手の甲の上に顎を乗せた。そして、私の目を、疑るかのように真っ直ぐに見つめてくる。
「えーっと、エルは仕事ができないの?」
「できないというか、なんだろうな……」
彼は少し考える素振りを見せてから、ゆっくり口を開いた。
「例えば、普段の話をするとき、経緯から長々と話すのが僕で、初めから結論を話せるのがマニ、って感じかな」
それを聞いてもピンとこなかった私は、腕組みをして、もう一度考えてみた。
だがやっぱりよく分からなくて、捻った頭を先頭に椅子から転げ落ちそうになる。エルが瞬時に支えてくれたので、頭を床に打つことはなかった。
「うーん、ごめんエル。ちょっと、私にはよくわからないよ」
私が言うと、相手はまた、柔らかい笑みを浮かべる。
「あはは、実は僕もよく分かってないんだ。ごめんね」
えへへ、と彼は肩を竦めた。エル、たまにこうやって子どもっぽい仕草を見せるよなぁ、と思いながら、私はつられ笑いをした。
「あはは……あっ、じゃあさ、エルはなんで天使軍に入ったの?」
私の椅子を彼の椅子に少し寄せてから、私は話を変えた。
すると、相手は少し驚いたような顔をした。
「……僕?」
「うん!」
「……聞いても、あまり面白くないと思うよ」
彼は恥ずかしそうに微笑した。しかし、さっきより雰囲気の柔らかみが増しているのを察した私は、更に距離を積めることを試みた。
「私はエルに昔のこと教えたじゃないか! ちょっとくらい教えてくれてもいいんだよ、ぎぶあんどていく!」
「あはっ、んー……そうだなぁ、どうしようかな」
勿体ぶるなよこの……! あの、あれだ、えーっと………
……やっぱやめた! 悪口はよくない!
「でもなんというか……僕が軍に入ったきっかけは、本当に流れだったんだよね」
「流れ?」
やっと口を開き始めた彼の前で、私は前のめりになって話を聞いた。すると彼は、私の頭に手を置いて静かに撫で始める。
「うん、僕の周りの人がみんな天使軍の人たちだったんだ」
彼は懐かしそうに、目を細めて笑った。
一方私は、頭を撫でられるがままになり、その場から動けなくなってしまった。なので、相槌がわりに質問を返す。
「へぇ! でもさ、軍人さんって結構大変なんじゃないの?」
「そうだね、最初は大変だったけど、でも、今は…………」
そこまで言うと、彼は口を閉ざしてしまった。
私は、彼の顔がいつのまにか笑顔ではなくなっていることに気がつく。なんというか、なにか悪いものを思い出したかの様な。そんな顔だ。
声をかけようかと私がまごついていると、彼がポツリと呟いた。
「…………人を、探してるんだ。そのために、強くなろうと思って、軍人を続けてる」
彼の手つきが減速した。
「僕の……たぶん、大切な人。もしくは、僕がお世話になったことがある人……だと思うんだけど」
「……なんでそんな曖昧な」
神妙にしている割に返答が微妙だったので、私は膨れっ面になった。そんな私を、彼は、いつもの優しい目で見下ろした。
「実は、小さい頃の記憶が無くなっててね。その人がどんな人かわからないんだけど」
…………
…………
……………………は?
「え? ごめんエル、もっかい言って?」
私が聞くと、彼はきょとんとした顔で返してきた。
「えっと……『人を探してる』……」
「そのあと!」
「『どんな人かわからない』……」
「うぅぅん! そのもうちょぉぉっと前!」
「『記憶が無くなってて』」
「それだ!」
私は勢いよく彼の顔に向かって指差した。
「記憶がないって、どういうこと⁉︎ つ、つまり記憶喪失ってこと⁉︎」
すると彼も指さ——すフリをして、私の頬をつついた。
「そうだけど」
「そうだけど……じゃないよ‼︎ 記憶喪失って⁉︎ そういう肝心な要素はさ、物語の序盤に言うべきじゃないの⁉︎ そういうのって! ねえ⁉︎」
私も興奮してメタいこと言っちゃったし‼︎‼︎
私は落ち着いて、エルの話を思い返してみることにした。
「……でもそっか、エルは、記憶が無いから、その人を探せば記憶が戻ると考えてるってこと……だよね?」
すると相手は、首を横に振った。
「いや、記憶が戻るとは限らないし、そこには期待をしてないよ。でも——」
彼はひと呼吸ついてから、私の頬から手を外した。
「記憶はなくなってしまったんだけど、僕の中に光がある気がするんだ」
「光とな?」
「うん。なんというか、希望? ……そんな感じの」
私は適当に相槌を打ちながら、エルの照れ臭そうな顔を下から覗いた。この表情、もしやかなりレアなのでは。
「外の光の入らないような、僕の中の奥底にね、なにか……いや、“誰か”の存在がある気がしていてるんだ」
彼は、私の目を見つめ直し、話を続ける。
「それが、誰かはわからないけど……その人を探しているんだ。そのために、僕は強くなることを求めてる。下界に来たのは、まあ——最後の手段、ってカンジ」
くすり、と無邪気に彼が笑った。後半にかけて、一度崩れた調子が戻ってきたように感じた。
彼の瞳の中で、小さな星が瞬いた。
記憶を失くしている……ということは、彼は真っ暗な場所で、一人で苦しんでいたことも、あったのかもしれない。
その中に、一つだけ光があったら——私も、そっちへ行こうとするだろう。
そんな彼の目を真っ直ぐに見て、私は心から言葉を出した。
「きっと——きっと会えるよ!」
私は彼の手を取って、言葉を続けた。
「だってエル、すごく頑張ってるから! 私みたいなヘタレな人でもいつも助けてくれるし、いつも人のために一生懸命考えてくれる。それに、すごく強い! 握力もそうだけど、敵とか、マニさんとかと戦ってる時のエルはめちゃくちゃかっこいい! それって、普通ちょっとやそっとじゃ身に付かないことだよ! だから、エルはさ、その人に、絶対絶対、会えるよ!」
私は、エルの両手をギュッと握って、笑いかけた。
一方彼は——いつもみたいに、いつも通りに、頬を緩めて笑った。
「——ありがとう、アルカ。僕もそんな気がしてきたよ」
【————緊急出動命令。緊急出動命令】
人工音声が、けたたましく軍基地に響くまでは。




