3-F 隠蔽! 追い風されどスガオ無し!
五秒でわかる前回のあらすじ
「友達っていいな〜♪ 作者なんて中学の時友達いなかったぜ」
「え……と、アズサ?」
「ア、アルカだよ」
「あ…………アルカか……」
「…………『あーちゃん期』って、あんたのちっちゃい頃のことなんだって?」
「————っ⁉︎」
——パシュッ!
「……ストライク。バッターチェンジ」
「ちょ、鬱穂くん⁉︎ まだ一振だよ‼︎」
彼は帽子の陰でニヤッと笑った。こんな、ゾッとするような冷たい笑み、というのを生まれて初めて見たぞ。
「あ、そうかすぐるに聞いたんでしょ! ったくあいつは」
「……どうかな」
「…………野生児のあーちゃん」
——パシュッ
「……ストライク」
「くっ……こんなのに負けねえ‼︎ たしかに私は野生児っぽかったけども‼︎」
「——今は全然違うんじゃああああああああああ!」
——カキーン!
清々しい音が、青空へ弾け飛んだ。
金属バットは手から離れると、高く飛ばずに地を這う。茶色い砂が舞い、滑るバットに摩擦を加えた。
弾けたものは、高く高く。どんどん小さくなっていき、最後は緑色の大木で隠されてしまった。
私は、その場でくるりと片足で回ってみせる。
「ホォォォォムラン!」
拳を高く突き上げ、腹の底から叫んだ私に、上空を飛ぶ球を唖然と眺めていた人物がポツリと喋った。
「ホントになんでそんなうまいんだよ……」
彼の名はすぐる。幼なじみ。野球部。以上。
「体が覚えてるからな〜」
「でも俺は毎日のように投げて打ってるんだぞ。それでもこうはならん」
私達が話していると、もう一人の人物がこちらへやってきて、首を突っ込む。
「…………ヘイ。言いにくいんだけど」
彼はクマのできた目で、野球ボールの行方を見つめていた。
彼は鬱穂くん。野球部。
左手にはグローブをつけており、エアーで球を叩きつける動作を繰り返していた。球を持っていないと落ち着かない症候群なのだろうか。すっごい気になる。
「……球、校外行ったけど」
彼はフェンスの向こう側にある、背の高い街路樹を指さした。
その言動に、私もすぐるもはっと息を呑み、顔を見合わせた。
「やべぇっ! どうしようアルカ」
「とりあえず、取りいかなきゃ!」
私達はキョロキョロと辺りを見渡した。その探し物は、見つからない方がいい。なぜなら……こっぴどく怒られるから!
「先生、さっきからどこにもいなかった」
私とすぐるの間からひょっこり顔を出したのは、猫耳カチューシャをつけた茶髪の女の子——百合ちゃんである。
彼女は足元に三毛猫を添わせ、腕の中に1匹のトラ猫を抱えており、彼? 彼女? の肉球をひたすらに揉み続けていた。肉球を触らないと落ち着かない症候群なのだろうか。わからない気もしない。
「良かった、見ててくれてありがとう、百合ちゃん!」
私は彼女にニッと笑って見せた。
すると、彼女の顔が数秒で赤くなり、頭が沸騰したかのように湯気が立ち始めた。
それと一緒に、彼女はおぼつかない舌を動かして喋る。
「なっ、えっ、あっ、のっ、私は……その……アルカのため、だった……から……なんて……えっと……」
「ごめん、なんて……?」
「き、聞かなくていいっ! なんでもない……!」
百合ちゃんは首がちぎれそうなほど頭を横に振った。そんな彼女を、どこか窘めるかのように見上げていた猫が「にゃーん」と一言だけ鳴いた。
——説明しよう。
今は、学校の昼休みの時間。この私白雨存華と、夜咲勝、百合ちゃん、鬱穂くんはグラウンドに出て、少人数野球をしていたのだ。
しかし先程、私達は学校の外に野球ボールを出した。その時点で外部に迷惑をかけてしまうのは勿論のことだが、それを取りに校外へ出て行くところをたまたま先生に見られたりしたら少し面倒なことになるだろう。事情を話せばいいとは思うが、それが面倒くさいのだ。
「まー、誰か一人取りに行くか」
すぐるがそう提案した、その時だった
「待った‼︎ ですわ‼︎」
「待った‼︎ なのだ‼︎」
私達の背後から声がかかった。
「そ、その声は……⁉︎」
振り返ると、二人の少女が立っ——いや、一人は立ち、もう一人は車椅子に座っていた。
「なんだよ、理事長サマが俺らなんかにご用でも」
すぐるは金髪カールの車椅子女子に、何故か喧嘩腰で話しかけた。
彼女の名は関城 千薔薇。なんともすごい名前だ。
しかし、校内で彼女の名前を知らない者はいない。関城さんは、何を隠そう、この学校の、理事長の娘なのである。
するとその目線を断つように、もう一人の、銀髪の少女、伏見那智さんがすぐるの前に立ちはだかる。
「理事長サマではないのだ! 関城サマはその娘なのだ!」
「ああ、細えこたぁいいんだよ! 俺たち急いでるの! 早く用件を言ってくれないか」
「な、なんで怒ってるのだ……?」
すぐるの大声に驚いたのか、彼女は余った両袖を顔の前でぎゅっと握って震え出してしまった。
彼も不意の反応に慌てだす。見ていられなくなり、即座に私が間に入った。
「だ、大丈夫だよ伏見さん。すぐるは目つき悪くて煩くて一見怖そうに見えるけど、怒ってはないからさ!」
「えっ……俺ってそんな風に思われてたの……?」
「そ、そうだったのだ? なーんだ、心配して損したのだ」
たはは〜、と笑う伏見さんの後ろで、うずうずしていた関城さんがようやく話し出した。
「本題に入りますわ——あなた達、先生方の許可も貰わず校外に出ようとしましたわね?」
ビシッと差し出したのは、五本の指が綺麗に伸びた右手。指を差さないスタイル、さんきゅっぱナイスだぜ‼︎
「……ボール取りに行くだけ。別にいいでしょ」
私の後ろからチラッと顔を覗かせる百合ちゃん。ニュアンスからして彼女らに反抗しているようだが、私の背中に張り付いていて、そのまま動かない。まあ確かに、関城さんに逆らうの、ちょっと怖いもんなぁ。
ここまで何も喋っていなかった鬱穂くんも、百合ちゃんの言葉には首を縦に振っていた。しかしものすごぉく面倒くさそうな顔をしていたのを私は見逃さなかった。こういう系、絶対好きじゃないんだろうな。
「いいえ、良くありませんことよ。外には子供も知らない恐ろしいことだって起こることもありましてよ!」
「お前も子供だろ。あるかどうかすらわからないのに知ったかぶりするなよ」
「まあ! 私だって皆様が心配で言っていますのよ!」
まずい、なんかヒートアップしてるよ。
ここは私が間を持たなければ……!
「——ふ、二人とも! まあ聞けよ‼︎」
ざざっと足元の砂を巻き上げ、スライディングで彼らの視界を私で塞いだ。
勢いに任せて、瞬間で息を吸い、叫んだ。
「私がボールを取りに行こう!」
…………。
…………。
…………。
「…………白雨さん、お話ちゃんと聞いておりまして?」
関城さんは唖然とした表情で問い掛けてきた。冷たい目を向けられるよりマシなので良しとする。
私は自分の胸を拳でドンと叩き、仁王立ちして見せた。
「ええもちろんですとも。要は子供の知らない恐ろしいことを知ってれば良いのだろう?」
「え、ええ……まあそうですわ……」
「ならば私が行こう」
「なぜそうなりますの⁉︎」
なぜ? なぜと言われれば、そうだな…………
私は後頭部から垂れるポニーテールををサラリと掻き上げ、両手を腰に当てるとドヤ顔で皆を見下ろした。
「この中で、幼少期に外出して過ごした時間が多いのはダントツで私だから……デス‼︎」
「「なるほど」」
「何を納得したんですの⁉︎」
素晴らしい! あの関城さんをツッコミに回すなんて‼︎ ……ん? 私は一体誰を称賛しているんだ? まあいっか。
「ということで、行ってきまーす」
「ええっ!? ほ、本当に行くんですの!?」
私はくるりと回って、校舎の周りに生やされた、緑色の金網の塀へ向かう。実はあの金網のどこかに、人ひとり通れる穴が空いている。私はそこがどこか知っているのだ。
「行ってらー」
「……気をつけて」
「………………」
「早めに戻るのだ〜」
「伏見さんまで! うう……な、何が起きても責任は持てませんわよ!」
後ろでみんなの声が聞こえる。よし、待たせないようにちゃちゃっと見つけてこなくっちゃ。
「大丈夫! もちろん責任は私が取るから!」
一瞬だけ振り向いて、彼女の顔を確認してから、もう一度振り返ると、私は足取りを速めた。
「……これは…………チャンス」
誰かの呟きだけは、私の耳に届かず空気に溶けてしまった。