3-D 停戦⁉︎ 我が傷に自由を!
五秒でわかる前回のあらすじ
「全米が泣いた会議」
「アルカディアの……!」
私はぎりりと歯を押し合わせた。
一体、どこまでエルたちを困らせる気なんだ、アルカディアは。一体、何が目的なんだ?
……私の中でなにかが渦巻く。止まらない、体全体に染み渡る、これは、確かに「怒り」だ。
拳を握り締めながら耐え、代わりにグラウミュースの背中を撫でておく。そうしながら、ソレイルさんの次の言葉を静かに待つことにした。
『主な原因は、「結界」。それも、悪魔の魔力であることが確認済み。結界が張られている範囲は、下界全体である』
「下界全体、か……」
エルは握った右拳を口元に当てて思案顔をした。
『天界へのゲートを開けるため、できる限りの方法を試行した。しかし、どれも無に終わった。』
「……どうしても僕らを天界に帰したくないみたいだね」
「あらまあ、彼らがそこまで天使軍が好きだったなんて知りませんでした」
マニさんは左腕を机の上に乗せ重心をかけ、相変わらず右手の人差し指でカップの取手をいじくっていた。
今のセリフは……たぶん皮肉ってやつだろう。
マニさんのような優しそうな人がそういう事を言うと、他の人が言う時より10倍怖い気がする。
「……ねえ、私だったら結界を外せない?」
無謀だと思いつつ、何も発言しないのはヤマなので、右手を小さく挙げて申し出を試みた。
しばらく皆が目を泳がせた。私はなんだかいたたまれなくなったので、追加で説明を入れてみる。
「ええっと、アルカディアの——悪魔が結界を張ったんだよね……? そしたら、私も悪魔だから、それを外せるんじゃないかな〜って……」
すると、はじめに口を開いたのはマニさんだった。
「一瞬いい案だと思いましたが……結界が大き過ぎます。あなたの魔力では難しいでしょう」
「そうなの? でも、やってみようよ」
日本にはものは試し、という言葉がある。ダメだったらダメで別の方法を考えればいい。そんな風に考えたが、次の彼女の言葉でその論理は打ち砕かれた。
「根本的な、結界の作り方が違うんですよ」
彼女はコーヒーを一杯口をつけると、音を立てるのを最小限に、丁寧にカップをソーサーに添える。
「作り方……?」
「はい、我々天界人は、体一つあれば小さい結界を貼ることができます。ですが、ここまで大きいもの——もっと大きなものだと、天界全体に張られているものがありますが——そういったものは、機械で作って、張らなきゃいけないんです」
き、機械とな?
なんか、魔法とは反対の——化学的な世界が介入しているが、それは一体?
私が眉を潜めていると、エルが声を掛けてくれる。
「アルカ、エフェークオスはわかるよね?」
「うん、もちろん!」
私が頷くと、彼は目を細めて微笑した後、彼のズボンのベルトに手を添える。カチン、と金属音が鳴って現れたのは、彼のエフェークオスだった。
「マニが言った機械っていうのはね、エフェークオスと同じようなものだよ。これはね、日本語でわかりやすく訳すと「魔力拡張器」。使う人の魔力を認識して、もとの魔力を大きくさせるんだ」
「へえ〜……え、でもエル、魔力が大きくなるとどうなるの?」
私の質問に、一瞬彼は不思議な顔をした。しかしすぐ、いつものニコニコ顔に戻ってしまう。
……今の彼の心中のセリフを推測してみよう。「そこからわからないのか」か、もしくは「やっぱり知らないのか」の二択だろう。毎度ご迷惑をおかけしてすみません。
「魔力がたくさん必要な魔法が、少ない魔力で使えるようになるよ」
彼は、手元でエフェークオスを半回転ずつ小さく投げ受けして弄んでいた。器用なことに、たまに手の甲に乗せたり手首に乗せたりしてみている。
……いや危ねえよ。エル殿、せめてそういう精密機械くらいは大切に扱ってください。
「なるほど、こないだエルが使ってた、シュピーン! バーン! みたいな、必殺技みたいなやつ使った時とか?」
「必殺技ね……うん、そうかな……レーテーとか、広い範囲に魔法を当てる時にも必要になるよ——あ、そうだ」
「何かあったらいけないし、僕のを持っておいてよ」
そう言うと彼は、私の目の前にエフェークオスを置いた。
「えっ……いいの?」
「うん、必要だったら僕がアルカに会いに行くし、今はマニも居るからね」
彼はまた微笑んだ。
念のためマニさんの方に目を向けると、やれやれと苦笑いで首を振った。と、いうことは、これはエル単独の行動……か。
私も釣られて苦笑いして、ありがたく彼のソレを受け取った。
「でも、このエフェークオスを使っても、問題の結界は無理かな」
「えー! そんなぁ! じゃあどうすればいいの⁉︎」
私はテーブルに乗り出した姿勢で彼を見た。
「アレだと……もっと大型か、もっと高性能な拡張器が必要になるだろうね……生憎、今僕たちは天使が使える物しか持っていないんだ」
彼は少し困った様に笑った。ふと周りを見ると、マニさんは頭を抱えていた。
『ううっ……天界に帰れたら、こんなに悩まなかったでしょう……』
『マニ、ない物をねだっても仕方ないよ。無くてもできることを考えなきゃ』
彼らがギャラクアスで話すので、また私は置いてけぼりだ。ちらり、とソレイルさんの方を見てみる。
この人も存在からして謎がありすぎる。そもそもなぜ電光版を被っているのか? なぜ肉声で喋らないのか? 好奇心というのは恐ろしく、私の中で疑問が浮かぶたび、無意識のうちに彼女の隅々を眺めてしまうことになる。
『ミスアルカ。私の顔に何かついている?』
呼吸もなしに彼女が話し出した。思わず肩が竦んでしまったが、口のチャックは私の強すぎる好奇心に逆らえなかったらしい。
「あの……聞いていいのかわからないんですが……ソレイルさんって、その……なんでそれ、被ってるんですか?」
私の問いは、返答が遅くなるものだと思った。
しかし、プログラムに沿って話す様に、電光版は彼女の言葉をすぐに示した。
『私は、他人の目を合わせて話すのが苦手。また、表情を表すのも特に苦手。しかし、このボードを使えば、そのような私でも自然に会話をすることができる。・・・理解できる?』
機械音声だが緩急のある文の読み方。
時折表示される顔文字。
さっきからテーブルの下で手が動いている。
「なるほど……! 全ての謎が解けた……!」
『それは何より。』
彼女の顔は「笑顔」になった。
果たしてその壁の内側は、どうなのだろうか? その疑問だけは、心の中にしまって置くことにした。
すると、先ほど項垂れていたマニさんが、立ち直ったのか話を戻した。
「とりあえず、今はハイジュウとハイジンをとことん壊していくしかないですね……きっと、結界の拡張子はあっち(アルカディア)の巣にあるはずですから、しばらく様子を見ましょう」
「まあそれでいいけど……でも、最終的にはジザがいないと、戦力不足だろうなあ」
エルが椅子の背もたれに全ての重心を預けた。
それを聞いて、私は天使軍人の顔を疑い深く見渡した。
彼らが戦力不足……? さっきのハイジン退治を思い返しても、そう問題は無さそうだが……?
それでも確かに、敵が何人いるのかはわからないから彼らは心配しているのだろう。恐らくソレイルさんは戦わないから、残るはエル、マニさん、おまけで私の3人……それしかいないのは、確かに痛いかもしれない。
——しばらく沈黙が続く。
しかし後に、エルが「無理じゃない?」と発言するので、解決策を立てるのは後回しにされる事になるだろう。
*
「ところでアルカ」
会議中、ちょうど、天界で使われる魔法や道具についての説明を受けていた最中だった。
エルがポツリと口を溢したので、私は耳だけ彼に傾けた。
「フタポニオンの時もだけど——アルカ、戦うことに慣れてるよね。理由を聞いてもいい?」
ビクッ
私の全身が微動した。膝の上のグラウミュースも、感じ取ったのか顔を上げる。
他の二人も「そういえば」というかのように私を見つめてきた。
まずい。これはまずい。
策を立てるべく、私は目玉だけ左上に回した。
「う……うんと……いや、エフェークオスの使い方がわかったから、そのあとは流れで体が自然に動いたというか————」
——ぐさり。
私の胸を抉ったのは、マニさんの眼差しだった。ふと我に帰った時、目が合ってしまったのだ。
明らかにそれは、悪いものを見る目だった。
そうだった、彼らには私がアルカディアであると疑いをかける権利があるのだ。嘘を吐こうとしたって、彼らは腐っても軍人だ。すぐにばれてしまうに違いない。
そう思って、グラウミュースを膝から床へ移した後深呼吸をしてから、もどかしくも喋ることにした。
「じ、実は……その……私、昔は……野山を駆け回っていました」
——しん。
時間が止まってしまった。
ほら、思った通りじゃないか。みんなきょとんとしている。こいつ今日本語じゃないもの喋ったか? みたいな。うう、しかし彼らと自分の身のためにも、最後まで説明しなければ。
「ほ、ほら、皆さん知っての通り私は貧乏なので、ち、ちっちゃい頃は……保育園とか幼稚園に行けなかったから、遊び場がそういうところしかなくて……なので、裸足で野山を駆け回って遊んでました! だ、だから、私は身体能力が高いです!」
——ぃよし! 言い切ったぞ‼︎
私は謎の達成感に包まれた。反面、まだ周りは固まったまま。ずっと和かだったはずのエルまでも。
「ま、まさかアルカさん……」
マニさんがぽつりと日本語で。
直後はブブブ、と小さな音が鳴る。同時に部屋に響いたのは人工音声だった。
『それは野生児』
その一音は、私を震えさせるスイッチを押した。
「〜〜〜〜〜〜‼︎‼︎」
————ガタンッ!
テーブルに手をつく。立ち上がる。椅子が鳴る。
さすれば隣人は驚いた顔をする。
「え……エルのバカァァァァァァァァ!」
「えっ⁉︎」
純粋で、温厚で、ずっと味方でいてくれて、最も正しいはずの人。その人に向かって暴言を吐いたのは、私だ。
声量に驚いたのか、私の暴言に驚いたのかはわからない。しかし、彼のこの表情は初めて見る物だった。
それでも私は彼を無視して回れ右。初めにこの部屋に入った時に開いた扉に向かって全力ダッシュ。
「もう時間だし学校行くからぁぁぁぁ‼︎ バーカ! バーカ! エルのバァァァァカァ!」
私は振り向かず、部屋を飛び出す。
目の前が、白い光に包まれる。全身が、ふわりと浮かぶ。
慣れない感覚とともに、絶対に振り向くものか、という強い意志は、視界が開けると共にサラサラと流れ出てしまい————
————さて、畳の匂いに気づいた時、それは恐怖に変わっていた。
「や、やっちまった……! こ、れは……」
「エルを敵に回したぞおおおおおおおおおおおお! これ、絶対まずいってええええええええええええ‼︎」
その事実は、しばらく私を躊躇わせたので
ちゃっかり学校に遅刻した。




