3-B 虚構! 通行禁止は赤の色!
五秒でわかる前章のあらすじ
「敵の名がアルカディア……だとっ……⁉︎(相手の言葉を繰り返すタイプのモブ)」
「————『撃て』!」
——バシュゥゥゥゥッ!
カッ!
一瞬にして、視界はオーロラ色に染まった。眩しさのあまり目を瞑る。
強く風が吹く。砂埃を避ける為に顔の前に腕を差し出す。
次に目を開けたとき。ここは住宅地であるにもかかわらず、会話の一つも聞こえなくなった。
ただ、唯一、聞こえるものとすれば————
「外部ノ『ティークラフィス』……カクニンシマシタ。キリカエマス……タダイマ、ケイカイタイセイ」
カタコトの日本語で独り言を喋る、灰色のパーカーを着た、ロボットの声。
「あれが『ハイジン』……ハイジュウの人間バージョン! 私が『グラミュ』を渡しちゃった人、いや、ロボットか……!」
「『グラウミュース』をグラミュと略すのはアルカが初めてだよ。ノーベル賞だね」
エルは、奇抜な色があしらわれた、巨大なバズーカを肩から軽々と降ろした。
「ところで……今、周囲の人達が消えたのは、そのでっかいバズーカのせいなの?」
私がエルに振り返る。彼は一瞬だけこちらを見たが、すぐ向き直った。
すると、どういう原理かわからないが、彼はバズーカを一瞬にして小さな光の玉に変えた。次に瞬きした時には、光の玉はすっかり消滅してしまっていた。
「そうだよ。でも消えるのとはちょっと違うかな。この辺りにいる人間を、安全な場所に移動させたんだよ」
「へー! すっげー! かっけー! ところで、この前突然学校の人達が消えたのもエルたちのせいだったんだね」
「そうだよ。あの時は、驚かせてごめんね」
「ううん! 全然! だってそれちょーかっくいーもん!」
「……油を売っている場合ではないですよ、お二人とも」
呆れたようなマニさんの声を聞き、私ははっとして顔の向きを変える。
目の前にいたロボット——ハイジンは、鈍い動きで徐々にこちらへ歩み寄って来ている。
「そうだった……! やいハイジンめ! 私の貴重なランニングタイムを邪魔するなんて、許さないぞ!」
私は、エルの腰に付いているエフェークオスに手をかざす。すると、光と共に、長細い、金色の変な棒が、私の手の中に現れた。
これはもちろん皆さんご存知、タコハイジュウの時もお世話になったアレである。
『僕が外に出ててよかったよ。アルカ一人だったらどうなってたことか』
『その通りです。ですが、こんな場所に何故……?』
——えー、現状がよくわかっていないみなさんへ。説明しよう!
私、みんな大好き白雨存華ちゃんは、毎日欠かさずに近所の道をランニングしているのだ!
そんな中、まさかのまさかり! 巨大なパーカー男——もとい『ハイジン』が、私のランニングルートを塞ぐかのように、どこからともなく現れたのだ!
天使軍として戦うエル、そしてマニさんは異変に気がつき、私の家から出て追いかけて来た、というところで、今に至る。
「ニンゲン1メイ。テンシグン2メイ。ケイ3メイ。ハイジョヲ、シマス」
ハイジンが、彼自身の背中に右手を置いた。するとどうだろう。太く、黒い棒が彼の背中から抜き出された。
最後まで抜いた時、ハイジンは右手を強く振った。
——ジャキンッ!
「ヒエッ!」
その棒の先端にあらわれたのは、胴体は平べったく、辺が鋭利な物————いわば、巨大な『斧』であった。下手すれば、私の身体より大きいかもしれない。
そのハイジンは重そうにそれを振り上げ、右の肩に担いだ。
「あ、あの、もしもしエルさん……? 相手が斧を使うなんて初耳ですが……⁉︎ さ、さすがに私にはこれは厳しいんじゃ……」
私はエルの袖を引っ張り、助けを求める。
すると、彼はいつもの爽やかスマイルで返してくれた。
「大丈夫だよアルカ。アルカは、できることだけでいいからね」
……いやできることがあるかすら怪しいのですがそれは。
「いくよ、マニ」
「了解です。エルさん、私は今、朝食を食べ損ねて機嫌が悪いです」
「えーっ、ヘマできないじゃんめんどくさい」
そんな会話を軽く交わした天使たちも、それぞれの腰に付いたエフェークオスに手をかざす。エルは刃が真っ黒な大剣を、マニさんは禍々しい大鎌を、それぞれ手にした。
そして彼らはあっという間に大地を蹴り、風の如く飛び立ってしまった。
反動で巻き起こった風が私の前髪を揺らす。
戦闘開始。
エルは直線方向でハイジンへ向かう。マニさんは上空へ。私は……とりあえず何があってもいいよう、その場で身構えつつ、2人の動きを観察した。
「…………っ!」
エルが剣を振ると、ハイジンは自分の斧の柄でガードする。
するとエルは、顔が地に擦れるんじゃないかというぐらい状態を低くして滑り、あっという間にハイジュウの背後に回った。ソレが振り向く前に、彼は大剣を下から上へ滑らせた。
——ガシャーン‼︎
バラ、バラ、バラ。
コンクリートの塊に金属が落ちる。ハイジンの、「腕」。それに握られていた斧も一緒に息を止めた。
精密に詰められた電線の切断面が私の方を向き、その断片は寝そべった。
「ひ、ひえっ」
身体が萎縮する。そんな私とは正反対で、エルは涼しい顔であり、動きなんて止めやしない。
——ダンッ! ガッ!
エルは、一度剣の柄でハイジンの本体を殴り倒すと、その脇腹を右の膝で蹴り上げた。
なんという速さだろう。そして、なんという馬鹿力だろう。
ハイジンは抵抗する間も無く、空中へ舞ったのだ。
「す、すげ…………」
私はとっくに空気と化していた。ぽかんと口を開け、ハイジュウを見上げる。
……もう、全部コイツ一人でいいんじゃないかな。
『いただきます!』
その時、上空から可愛らしい声が聞こえた。
見上げると、ひらひらと踊る青色のスカートが目に入る。
マニさんは、大鎌を握りしめ、それを軽々と振り回してみせた。
——ヒュッ! ザッ! ザシュッ! ザザッ! ダンダンダンッ!
まるで踊っているかのように、空中で自由自在に身体を扱う彼女。
その腕の延長線上の鎌が、目にも止まらぬ速さでハイジンを打ち付け、切断し、そして————
「アルカ!」「アルカさん!」
私の方へ、ソレをシュートしようとした。
「…………え……えええええっ⁉︎ い、今⁉︎ ここ、この流れで⁉︎」
今さっき、明らかに「これ自分の出番ねぇな〜」って確信しようとしたところだったのに‼︎‼︎
私は急いで自分の武器——変な棒——を握り直し、向かって来るロボットを凝視する。
既にダルマである。
いや、これもう私がやんなくても良くない? と思ったコンマ1秒前の私よ。
……問答無用‼︎
「ッダアアアアアアアアアアア!!!!」
私は地面を力強く蹴り飛ばす。すると、自身が布のように軽く浮かび上がった。
風が耳元でゴォッと煩く鳴くのは、意識の外に。スカートが脚に打ち付くのも、後頭部で束ねた髪が暴れるのも、そんなものへの感性を捨て。
私は、目の前のやるべきことだけに、焦点を絞った。
落下するロボットの。
人間では、心臓に当たる、左胸に。
————ザシュッ!
金色の「槍」を突き刺した。
*
「……ハイジンに、元の姿がないなんて……」
エルが落ち着いた声で呟いた。
彼がそう言うのには理由がある。
さっき倒したハイジンから、私は緑色の核を取り出し、いつものように「インパロールミシィ」を使った。それなのに、しばらくしても、何も姿を現さなかったのだ。
私は彼を見上げる。
「なんか……ごめんなさい」
「謝らなくていいんだよ。それがわかっただけで十分だ。ありがとう、アルカ」
エルは、少ししゃがんでから、私の手よりも一回り大きな掌を私の頭に置き、くしゃくしゃっと撫でた。
彼は優しすぎる。と、私は毎度思う。何かある度にこちらの様子を伺い、こうして宥めてくれるのだ。
……子供扱いされてる、とも取れる。だがそれを嫌がれば逆に彼を悲しませてしまいそうだという恐れも、ないわけではない。
「えへへ」
故に、今回の私は素直にその親切を受け取ることにした。
「とりあえず、今後はハイジンたちは通常通り壊しましょう。アルカさんの魔力を無駄遣いする必要はないですから」
私達の横で、マニさんは腕組みしながら、優しい声音で提案した。
エルが同意したので、私も頷いて答える。
そして私は、ふと頭に浮かんだ疑問を彼らにぶつけた。
「ねえねえ、これ、さっき人間の人達は移動させたって言ってたけどさ。移動させられたってことを覚えてたりしないの? あと、移動させられる前にハイジンを見ちゃってたら、大変なんじゃない?」
「ああ、そういうのはね、大丈夫」
そう言うとエルは、腰ベルトに付いていたエフェークオスに手をかざした。
するとどうだろう。彼の足元に青い光の輪が現れた。
それは彼を囲うように地面から漏れている。瞬間、それは円周を広げる。
「うぉっ⁉︎」
私達を通り越し、町中を巡り渡り——最後には見えなくなってしまった。
「…………?」
何が起こったかわからず私がキョトンとしていると、その顔を見て彼はクスリと小さく笑った。
「今のは『レーテー』って言って、記憶を改変する魔法なんだ」
「改変……? 消去じゃなくて?」
私は小首を傾げた。
「まあ、似たようなものだよ。でもみんなが、お互いに記憶が消えてることに気がついちゃったら危ないでしょ? だから、都合のいいように改変してるんだよ」
彼はエフェークオスをいじりながら、答えてくれた。電源を切っているのか、機能を使っているのかは、まだ私にはわからない。いつか知る機会が来てくれると嬉しい。
私は彼の親切に感謝の意を持って相槌を打った。
「……さて、色々わかったことですし」
突然、マニさんが話を切り替えた。
「会議しましょうか。アルカさんも入れて」
「かい……ぎ……?」
私の質問はスルーされた。
マニさんは、エフェークオスを何やら操作した後、空中でコンコン、と二回ノックしてみせた。
すると、打たれた空間に——光の渦が、音も無く現れた。
「…………へ⁉︎ うわ⁉︎ かっけー‼︎」
エル逹と出会ってから、私の感覚は、非日常的なものもすんなり受け入れるようになったと思う。
ぴょこんぴょこんと跳ねながらはしゃぐ私に振り向くマニさん。光の渦に向かって、手を広げた。
「アルカさん、特別に招待します。我が『天使軍基地』へ」
マニさんはその時初めて、私に向かって笑顔を見せた。




