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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
神崎マリア編ー出雲霊戦記ー
18/18

第五話 神有月

出雲の夜は静かだった。


山々を撫でる風だけが、遠くで葉を揺らしている。


神崎マリアは高層ビルの屋上に腰を下ろし、小型ドローンの映像を確認していた。


青白いホログラムが夜空に浮かぶ。


 


「どう?」


 


マリアが問いかける。


 


『現在周辺三キロ圏内に高い敵意反応なし』


 


ノエシスが答える。


 


「そう。今日は平和ね」


 


『いや』


 


珍しくノエシスの返答は歯切れが悪かった。


 


『一名ほど非常に怪しい人物を確認』


 


映像が拡大される。


 


真っ黒な拳法着。


真っ黒な靴。


真っ黒な帽子。


 


堂々と歩いていた。


 


「人を見た目で判断しちゃ駄目よ」


 


『どう見ても怪しい』


 


「ファッションかもしれないじゃない」


 


『絶対違う』


 


マリアは苦笑した。


 


「緋沙良ならどう思うかしら」


 


そう言って振り返る。


 


誰もいない。


 


「……あ」


 


嫌な予感がした。


 


「いない!」


 


 



 


三百メートル上空。


 


緋沙良命は笑っていた。


 


「見つけた」


 


次の瞬間。


 


彼はビルの縁から飛び降りた。


 


普通なら即死。


 


だが彼は壁を蹴る。


 


さらに蹴る。


 


さらに蹴る。


 


落下を加速へ変換しながら、まるで重力と遊ぶように街を駆け抜ける。


 


そして。


 


黒衣の男の前へ着地した。


 


轟音。


 


アスファルトが砕け散る。


 


男は目を見開いた。


 


緋沙良は笑顔だった。


 


「やぁ」


 


友人へ話しかけるような口調。


 


「怪しいチャイニーズマフィアかな?」


 


一歩近づく。


 


「それとも八咫烏かな?」


 


さらに近づく。


 


「どっちにしてもぶちのめすから安心してくれ」


 


男の顔が歪む。


 


「貴様に名乗る必要などない!」


 


闘気が膨れ上がる。


 


「我が八極拳で粉砕してくれるぞ!」


 


緋沙良は肩を竦めた。


 


「あー」


 


納得したように頷く。


 


「八咫烏なのね」


 


 


男が踏み込む。


 


地面が爆ぜた。


 


震脚。


 


発勁。


 


人体破壊のためだけに研ぎ澄まされた武術。


 


掌底。


 


肘打ち。


 


崩拳。


 


至近距離から放たれる連撃。


 


普通の人間なら一撃で骨が砕ける。


 


だが。


 


全て。


 


緋沙良へ命中した。


 


確かに当たった。


 


確かに急所へ入った。


 


男は勝利を確信した。


 


そして。


 


「ん?」


 


緋沙良が首を傾げた。


 


「いや、だから?」


 


男の顔色が変わる。


 


「なっ……!」


 


「朝飯前だな」


 


緋沙良は笑う。


 


「おれが毎日どんなジジイと稽古してると思ってんだ?」


 


遠くの屋上。


 


因幡小次郎が煙管を咥えながらため息をついた。


 


 


「さて」


 


緋沙良が右目へ触れる。


 


「せっかくだし」


 


青い光。


 


夜の闇を裂くように右目が輝く。


 


 


「おれは敵の技を見れば覚えられる」


 


「敵じゃなくてもいい」


 


「見たものは全部吸収する」


 


 


男が息を呑む。


 


「そして――」


 


緋沙良は笑った。


 


少年のように。


 


王のように。


 


 


「俺は神の中の王だ!」


 


 


右目が蒼く燃え上がる。


 


 


「神有月起動!」


 


 


空気が震えた。


 


「いくぜ」


 


「毘沙門天!」


 


 


一撃。


 


「臨!」


 


二撃。


 


「兵!」


 


三撃。


 


「闘!」


 


四撃。


 


「者!」


 


五撃。


 


「皆!」


 


六撃。


 


「陣!」


 


七撃。


 


「烈!」


 


八撃。


 


「在!」


 


九撃。


 


「前!」


 


 


男の身体は地面へ落ちることすら許されなかった。


 


連撃の衝撃で空中へ縫い付けられる。


 


最後。


 


緋沙良は跳躍した。


 


 


轟ッ!!


 


 


踵落とし。


 


男は隕石のように地面へ叩き落とされた。


 


 


静寂。


 


 


完全決着だった。


 


 


緋沙良は遠くのビルを見上げる。


 


そこにはマリアがいた。


 


 


ニッ。


 


 


ピースサイン。


 


 


「決まったぜぃ!!」


 


 



 


数分後。


 


マリアは怒っていた。


 


 


「わざわざ最前線まで行ったら危ないじゃない!」


 


「囲まれたらどうするの!」


 


 


緋沙良は笑う。


 


「バカって言う方がバカだー!」


 


 


「それより!」


 


 


びしっと指を突き付ける。


 


 


「今の録画した!?」


 


 


「毘沙門天だぞ!?」


 


「俺の近接戦最強奥義だぞ!?」


 


 


「してないわよ!」


 


 


「えええええぇぇぇ!?」


 


 


小次郎が呆れたように言った。


 


「もう少し静かに仕留められんのかの」


 


 


「派手な方がかっこいいだろ!」


 


 


緋沙良は胸を張る。


 


 


「しかも八極拳覚えた!」


 


 


「お得!」


 


 


「敵も倒せる!」


 


 


「技も増える!」


 


 


「最高!」


 


 


マリアは額を押さえた。


 


 


「その能力、勉強に使えばいいのに」


 


 


「それは対応してない」


 


 


即答だった。


 


 


小次郎が吹き出す。


 


 


「先代と同じ言い訳しとるわい」


 


 


「血筋だから仕方ない!」


 


 


「威張ることか!」


 


 


笑い声が夜空へ溶けていく。


 


 


マリアはふと空を見上げた。


 


 


夏の大三角。


 


織姫と彦星を結ぶ光。


 


神々が集う国、出雲の空。


 


 


緋沙良は相変わらずだった。


 


危険な場所へ真っ先に飛び込み。


 


勝手に敵を倒し。


 


勝手に必殺技へ名前を付ける。


 


本当に困った皇子だ。


 


けれど。


 


そんな背中を見ていると。


 


なぜだろう。


 


未来はきっと大丈夫だと。


 


そう思えてしまうのだった。


 


神有月。


 


神々が出雲へ集う季節は、


もうすぐそこまで来ていた。

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