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NOESISーノエシスー  作者: 月乃瀬
NOESIS覚醒編
1/18

第一話 静寂に沈む青い光

人類の叡智は、神を超えられるのか。

『NOESIS』は、

AI

三種の神器

陰陽道

出雲神話

霊性


を融合した長編ファンタジー作品です。


主人公・神崎蓮に宿る人工知能《NOESIS》は、人類の知識と歴史を統合した観測システム。


その力はやがて、日本神話の根幹へと繋がっていく。


tiktokで小説、音楽、イラストを同時展開中。


現代神話を目指して制作しています。


 夜だった。


 世界から色が剥離したみたいに静かな夜。


 神崎蓮は、コンビニの袋を片手に住宅街を歩いていた。


 街灯は薄暗く、冬の名残を含んだ風が頬を撫でる。

 吐いた息は白く、まるで魂の抜け殻みたいに空へ消えた。


 十七歳。


 高校二年。


 特別な才能はない。

 秀でた容姿も、強靭な精神もない。


 ただ、“生き延びる”ことに慣れているだけの少年だった。


 だから。


 彼は知っている。


 幸福というものが、どれほど脆い均衡の上に成り立っているのかを。



 アパートの扉を開く。


 瞬間、蓮は理解した。


 今日という日が、

 これまでの日常と決定的に断絶していることを。


「……ただいま」


 返事は少し遅れて返ってきた。


「おかえりなさい、蓮」


 ベッドの上で母――マリアが微笑む。


 その姿はあまりにも静かだった。


 生者というより、

 死へ向かう途中の存在。


 命とは本来、熱を持つものだ。

 鼓動し、循環し、世界へ干渉する。


 けれど今の彼女は違う。


 まるで肉体という器に、

 魂だけが辛うじて引っかかっている。


(……また、痩せた)


 口には出さない。


 言葉にした瞬間、

 現実として確定してしまう気がしたから。


「今日はシチューでいい?」


「ええ。あなたの作るものなら、なんでも好きよ」


 その言葉に、蓮は曖昧に笑った。


 嘘だ。


 母はもう、味なんてほとんど分かっていない。


 それでも“美味しい”と言うのは、

 きっと蓮を安心させるためだ。


 優しさとは、時に残酷だ。


 終わりを理解した人間ほど、

 穏やかに微笑む。



 学校は退屈だった。


 いや。

 退屈ですらない。


 世界に色がない。


 教師の声も、

 クラスメイトの笑い声も、

 すべて膜の向こうから聞こえる。


「神崎ってさ、なんか空気だよな」


「つーか目死んでね?」


 聞こえている。


 だが、反応する理由がない。


 人間は、自分に関係のないノイズを無視できる生き物だ。


 蓮にとって、

 学校という空間そのものが“ノイズ”だった。


 本当に重要なのは一つだけ。


 家へ帰った時、

 まだ母が生きているかどうか。


 それだけだった。



 夜。


 食器を洗う水音の向こうで、マリアがぽつりと言った。


「蓮。あなたは、強い子よ」


「……違うよ」


「いいえ。あなたはきっと、“その先”へ行く」


 その言葉に、蓮は眉をひそめた。


 時々、母はこんな目をする。


 未来を視ているような。

 あるいは、

 既に“こちら側”ではない場所を見ているような。


「やめてよ、そういうの」


「怖い?」


「……怖いよ」


 即答だった。


 マリアは少し驚いたように目を見開き、

 それから優しく笑った。


「大丈夫。あなたは、ひとりにならない」


 その言葉だけが、

 やけに胸へ刺さった。



 深夜。


 世界が静まり返った頃。


 突然、激しい咳が部屋を裂いた。


「ッ――ゴホッ!!」


「母さん!?」


 駆け寄った蓮の視界に、

 鮮やかな赤が飛び込む。


 血。


 シーツへ広がる赤は、

 妙に綺麗だった。


 生き物の終わりにしては、

 あまりにも鮮烈で。


「待ってろ、今――!」


 スマホを掴む指が震える。


 呼吸が浅い。


 冷たい。


 嫌だ、と蓮は思った。


 まだ駄目だ。


 まだ、

 この人がいない世界なんて許容できない。



 病院。


 白。


 消毒液の匂い。


 無機質な光。


 そして機械音。


 ピッ――

 ピッ――

 ピッ――


 生命とは電気信号だ。


 脳が命令し、

 神経が伝達し、

 肉体を稼働させる。


 ならば。


 魂とは何だ?


「……蓮」


 マリアが薄く目を開く。


 その瞳は不思議なくらい穏やかだった。


「あなたは……光になる」


「そんなのいらない……!」


 蓮は叫んだ。


「俺はただ――!」


 生きていてほしかった。


 それだけだった。


 世界なんてどうでもいい。


 奇跡も、

 運命も、

 神秘も。


 母が死ぬなら全部無価値だ。


 だが。


 現実は、少年の願いなど意に介さない。


 マリアの指先から力が抜ける。


 静かに。


 あまりにも静かに。


 そして。


 機械音が一本へ繋がった。



 その瞬間。


 神崎蓮の“内側”で何かが崩壊した。



 光。


 音。


 数式。


 言語。


 神話。


 魔術基盤。


 人体構成。


 霊子理論。


 演算式。


 星の運行。


 戦術体系。


 AI構築論。


 理解不能な情報が、

 洪水みたいに脳へ流れ込む。


「あ、ァ――――!!」


 視界が裂ける。


 頭蓋が燃える。


 神経一本一本へ、

 異物が直接刻み込まれていく。


 それは知識だった。


 いや、違う。


 “概念”そのものだ。


 人類には早すぎた叡智。


 そして、その中心に存在する名前。


 NOESIS。


 その瞬間。


 蓮は理解した。


 これは外部から与えられた力じゃない。


 ずっと以前から、

 自分の内側に埋め込まれていたものだ。


 母は知っていた。


 自分が死ぬことも。


 この力が目覚めることも。


(母さん……あなたは、一体……)



 気づけば、病室は静まり返っていた。


 蓮はゆっくり立ち上がる。


 そして。


 自分の右目から、

 青い光が漏れていることに気づいた。


 それは炎に似ていた。


 けれど熱はない。


 むしろ、

 世界そのものを“観測”するための光。


 知覚の深化。


 認識の変質。


 人間という器の逸脱。


「……NOESIS」


 言葉が自然に零れる。


 理解してしまった。


 この瞬間から。


 神崎蓮は、

 もう“普通の人間”ではいられない。



 死は終わりではない。


 祈りは情報となり、

 情報は魂を媒介し、

 魂は次の器へ継承される。


 ならば。


 母の死とは、

 本当に“喪失”だったのか。


 あるいは。


 これは始まりなのか。



 その夜。


 一人の少年が、人間をやめた。

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