『悪意が群がる百物語』…最終章・歪んだ娯楽
岡場所は、まるで地獄の業火に焼かれたかのように壊滅した。楼閣は瓦礫の山と化し、血と泥で満たされ、かつての華やかな灯りは闇に呑まれていた。周辺の町々も、恐竜の猛威によって無残に踏み荒らされ、生き残った者たちは命からがら遠くの町へと逃げ延びた。彼らの口から語られる話は、あまりにも信じがたいものだった。
「巨大な獣が…竜のような化け物が現れて、岡場所を…何もかもを滅茶苦茶にしたんだ!」
町人の男が、震える声で遠くの町の役人に訴えた。顔は土と血で汚れ、目は恐怖に曇っていた。
「人間も妖怪も見境なく喰い殺された…!あんなものは、この世のものじゃねえ!」
遊女が、ぼろぼろの着物を握りしめながら呟いた。彼女の声は、まるで魂が抜けたかのように虚ろだった。
にわかには信じられぬ話だったが、逃げ延びた者たちの証言は一致し、異常な事態が起きたことは疑いようがなかった。
――――
幕府は、町奉行所と寺社奉行所の役人を動員し、岡場所へと向かわせた。だが、そこにはもう何も残っていなかった。恐竜たちの姿は既に無く、死んだ恐竜や妖怪たちの遺体もまた、跡形もなく消滅していた…足跡すらも無い。瓦礫と血の染み、そして腐臭だけが、かつての惨劇を物語っていた。
「な、何だ、この有様は…!」
町奉行の与力が、荒廃した岡場所を見渡しながら呟いた。そばにいた同心は、眉をひそめて言った。
「生き残りの話では、巨大な獣と妖怪が現れて暴れたと言うが…こんな話、誰が信じる?」
「信じられずとも、この壊滅は事実だ。藤兵衛とかいう豪商が関わっているらしい。調べねばならん」
やがて、幕府の調査は、藤兵衛の違法行為にまで及んだ。江戸時代の法である『公事方御定書』によれば、遊郭は幕府の許可なく運営することは厳禁であり、風紀を乱す行為や怪奇現象を誘発する儀式(百物語など)も重罪。藤兵衛は、岡場所での非合法な遊郭運営に加え、幕府の許可なく百物語を開催した事実が明らかになった。
調査の結果、藤兵衛、寺社奉行、豊前守を含む関係者はすでに惨劇の中で命を落としていた。本当なら藤兵衛には死罪や財産没収が科されるはずだったが、当人が死んでいる以上、処罰は不可能だった。幕府は、証拠の欠如と異常事態の不可解さから、事件の全貌を把握できぬまま調査を打ち切った。
「これほどの惨劇…まるで神仏の怒りに触れたかのようだ」
「違いない。我々にできるのは、せめてこの地を清めることくらいだろう。僧を呼ばねばな」
幕府の対応は、結局、形式的なものに終始した。岡場所の跡地は、疫病や呪いの噂が広まり、誰も近づかなくなった。
――――
一方、辛うじて逃げ延びた唐傘小僧は、夜の闇に紛れていたが、その心は失意と混乱に満ちていた。
「何だったんだ…あの大きな蜥蜴どもは?何故、こんなことに…!」
彼には、なぜ岡場所があんな惨劇に見舞われたのか、理解する術もなかった。ただ、仲間を失い、恐怖に追い詰められた記憶だけが、彼の心に刻まれていた。
「もう…この地にはいられない。どこか、遠くへ…」
唐傘小僧は、夜風に身を任せ、まるで逃げるように岡場所を去った。他の生き残った妖怪たちもまた、失意の中でそれぞれの道をたどった。
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だが、この惨劇の裏には、人間や妖怪の想像を超える存在がいた。藤兵衛の妾として岡場所にいた三人の女…実はエルフ族の姉妹であり、異世界から来た次元を操る魔術師だった。彼女たちの名は、姉のディア、妹のミルナ、そして末妹のフィオ。彼女たちは、かつて自らの世界に勇者として召喚された地球の人間から、日本の歴史や文化について聞き、深い興味を抱いた。特に、過激な映像を撮影し、視聴者を楽しませる「やらせ」や「迷惑系YouTuber」の文化を知った彼女たちは、それを自分達なりにアレンジし、独自の娯楽を創り出すことを思いついた。
ディアは、地球に直接赴き、情報収集を行った。そこで、江戸時代の百物語が妖怪の世界への入り口を開く儀式であることを知り、自分の次元魔法を組み合わせれば、未曾有の混沌を生み出せると考えた。江戸時代の日本を訪れた彼女たちは藤兵衛を見つけ、彼の欲と傲慢を利用して洗脳。百物語を再び開催させ、次元の歪みを引き起こした。ディアの魔法は、恐竜の時代へ繋がる扉を複数開き、ティラノサウルスなど、太古の獣たちを各時間軸から集め、岡場所に召喚。さらに、魔法で興奮状態にし、人間も妖怪も見境なく襲わせた。以前、のっぺらぼうが追い掛け、見失った泥棒の九郎は、彼女達が試しに開いた穴に運悪く吸い込まれ、そのまま恐竜のいる時代に落ちてしまったのだ…当然、既に生きてはいない。
真の目的は、彼女たちの「魔法の水晶」――現代で言えばビデオカメラ――に、残酷な形で蹂躙される人間や妖怪の絶望を記録することだった。彼女達の世界の貴族は退廃的で、権力と富でなんでも手に入るが故に、普通の娯楽では満足できず、中には水晶に記録した過激な映像で退屈を紛らわす輩もいた。
血が飛び散り、絶叫が響き、命が無惨に散る光景。ディアは、水晶に収めた記録を娯楽映像として高値で貴族に売りつけ、富を得ようとしていた。
「ふふ、これ、最高の映像よ!この阿鼻叫喚の地獄…貴族たちの心を鷲づかみにするわ!」
ディアが、扇を手に笑いながら言った。彼女の声は、まるで子供が新しい玩具に興奮するようだった。
「血の色、悲鳴の響き…完璧ね。傑作ができたわ」
ミルナが、髪をかき上げながら目を輝かせた。
「ねえ、もっと派手にできたんじゃない?次はもっと凄いの呼ぼうよ」
フィオがくすくすと笑いながら言った。彼女たちの会話は、まるでゲームを楽しむ子供たちのようだったが、その裏には冷酷な計算があった。
彼女たちの計画には、緻密な準備が伴っていた。雪女の殺害は、姉妹の兄であるエルフ族の魔術師、ヴァオンによるものだった。雪女の氷の能力は、恐竜にとって不利であり、戦況を少しでも有利にするため、ヴァオンは彼女を密かに抹殺した。そして、山姥の殺害は、末妹フィオの弟である幼いエルフの少年ティオによるものだった。彼は、地上最大の肉食獣ギガノトサウルスをペットとして飼い、「遊んでみたい」という無邪気な動機で参加していた。そして、わざと山姥をおびき寄せると、ギガノトサウルスをけしかけ、妖怪である彼女があっさりと餌食になる光景を水晶に記録…本番に備えて練習台にしたのだ。
惨劇が終わり、岡場所が壊滅した後、ディアたちは恐竜たちを死んだ個体も含めて元の時代へと送り返し、足跡なども魔法で消しておいた。満足げに水晶を手にする彼女たちは、擬態を解き、輝く銀色の髪と尖った耳、異世界の衣装をまとったエルフの正体を現した。ディアは、次元の扉を開き、浮かれた様子で言った。
「さて、帰るわよ!この映像、早く貴族たちに見せたいわ」
ミルナが、跳ねるように笑いながら続けた。
「次の映像は何にしようかしら?また別の時代?それとも別の世界?」
フィオが目を輝かせて言った。
「ねえ、もっと面白いこと思いついた!今度は――」
彼女たちの言葉は、次元の扉が閉じる音にかき消された。エルフ族の姉妹は、まるで遊び疲れた子供のようにはしゃぎながら、自分達の世界へと帰還した。岡場所には、三人の残酷な笑い声の残響だけが、虚しく響いていた。
――――
時が経ったある日、旅の僧侶がその地を訪れた。彼は、荒廃した土地に立ち、静かに手を合わせて念仏を唱え始めた。
「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…」
僧侶の声は、風に乗り、闇に溶けた。
…藤兵衛の欲望も、妖怪たちの嘆きも、恐竜の咆哮も、すべては過去の幻と化した。
終。
これで6話目を終わります。




