『人身御供の村と地獄の業火』…第1章・身勝手な悍ましい村
では短編を始めます。
10月、季節は秋。佐倉伸吾は、一人で奥深い山岳地帯を登っていた。紅葉に染まる稜線を眺めながら、彼は地図とコンパスを手に進む。しかし、自分の盆ミスで道を見失った。冷たい風が頬を刺し、食料も底を尽きかけた三日目の夕暮れ、視界の先に灯りが見えた。集落だが、地図に無く、名前も知らない村だった。
村の入口にたどり着く。木造の家々が不規則に並び、屋根には苔が生えていて、まるで時間が止まったような風景だ。
「す、すみません、誰か…いますか?」
掠れた声で呼びかけると、家の中から提灯を持った住人が現れた。
「あれま、外からの人かい。客人とは珍しいねぇ?」
70代半ばと思しき女で、皺だらけの顔で笑みを浮かべていたが、どこか目つきが鋭い。
「私は村の世話役やってるキヨってもんだけど…お前さん、こんな山奥でどうしたんだい?」
「遭難したんです。道に迷ってしまって…助けてください」
伸吾は疲れた様子でザックを下ろした。キヨは目を細めて彼を見た。
「それは災難だったねぇ…まあ、入れ入れ。何か温かいもの食べないとね」
村の広場に続く道は、両側に古びた家々が並んでいる。村人達が次々と顔を出した。老若男女問わず、皆が伸吾を凝視する。「余所の人だ!」、「道に迷ったって?」、「へえ、災難だな」 と様々な声、伸吾は気まずく笑いながら頭を下げた。
「あの、突然やって来てすみません、ご迷惑かけて…」
広場の一角、大きな屋敷に案内された。囲炉裏の火が燃え、部屋には獣の毛皮や干した草の匂いが充満していた。キヨが奥から戻ってくると、盆に湯気の立つ粟粥と、黒い茶を置いた。
「遠慮なく食べな。疲れた体には、これが一番さ」
「ありがとうございます」
伸吾は粥を食べ終えると、キヨに訊ねた。
「電話か何か、借りられませんか? 連絡したいんですが…」
「悪いけど、この村には電話が無いんだよ。明日の朝、山の麓に案内するから、今日はゆっくり休みなさい。ああ、それからそのお茶飲みな。温まるから」
その茶には、独特の苦味があった。伸吾が飲み干すと、部屋の隅で若い女が現れた。年齢は20代前半だろうか?髪をきつく結った彼女は、黙って悠斗を見つめる。
「あ、ええと…こんにちは、お世話になってます」
伸吾が声をかけると、彼女はただ首を傾げた。キヨが笑いながら言った。
「この子はハルカって言ってね。口数は少ないけど、いい子だよ。ハルカ、このお客さんを奥の部屋に案内してやっとくれ」
ハルカに連れられた伸吾は屋敷の奥へ進むたび、壁にかけられた古い掛け軸が目に入る。どれも、変わった形の紋様が繰り返し描かれている。
「あの…この絵、なんだか変わってますね」
伸吾が尋ねると、ハルカが初めて口を開いた。
「…山の印。昔からあるものなの」
とても静かな声で、感情を読み取れない。案内された部屋は簡素で、布団が一組と小さな窓があるだけだった。伸吾は布団に腰を下ろした。
「ありがとう、本当に助かりました」
ハルカは無言で頷き、部屋を出た。すると、伸吾は疲れが一気に押し寄せるのを感じた。やけに眠く、体が石の様に重く感じる。
「あれ…変だな、こんなに眠いなんて…」
呟きながら、伸吾は布団に倒れ込み、その意識は深い闇に沈んだ。
それから数時間後…村人達の声が、遠くで響いている。「準備は整った」、「山の神様が喜ぶ」、「今宵もまた供物を」 と。
村の広場では、松明の炎が揺れる中、村人達が集まり始めていた。どこか異様な熱気を帯びている。キヨが広場の中心に立つと、松明を手に静かに号令をかけた。
「さあ、時が来たよ。山の神様を迎える準備を整えるんだ」
村人達は無言で動き出し、広場にある石の祭壇に色とりどりの布や草花を並べ始めた。ハルカもその中にいたが、その表情は硬く、視線は地面に落ちている。祭壇の周りには、伸吾が見た掛け軸と同じ紋様が彫られた木の柱が四本立っている。
伸吾はまだ深い眠りに落ちていた。余程眠りが深いのか大きな物音が響いても目覚めることはなかった。村人達の手によって、彼の身体は布に包まれ、屋敷から運び出される。誰も一言も喋らず、松明の炎だけが、闇の中で揺らめいていた。
伸吾は祭壇の上に横たえられた。キヨが一歩進み出て、祭壇の前に立つ。彼女の手には、黒ずんだ刃物が握られている。村人達は円形に囲むと、低い詠唱のような声を揃えて唱え始めた。それは言葉とも呪文ともつかない、不気味なものだった。
「山の神よ。この生贄をもって怒りを鎮め、安寧を守りたまえ」
キヨの声が響く中、ハルカは群衆の後ろで立ち尽くし、唇を噛みしめていた。
刃が振り上げられたその瞬間、鋭い風が吹き抜け、松明の炎が一斉に揺れた。伸吾の身体は微動だにせず、彼は既に黄泉路へと旅立っていた。鮮血が祭壇を染め、儀式は終わった。キヨは血に濡れた刃を布で拭い、静かに呟いた。
「これで、今年も神様が満足するだろう」
ハルカは最後まで黙ったままだった。涙なのか汗なのか、彼女の頬を一筋の雫がつたう。
――――
遠い昔、この山岳地帯は深い森と切り立った崖に囲まれていて、自然の猛威が支配する荒々しい土地だったらしい。伝承によると、村人達の先祖は、戦を逃れて山奥にたどり着いた流浪の民だった。だが、山は簡単にその恵みを彼らに与えなかった。作物は育たない上に、獣は人を襲い、嵐や土砂崩れが発生しては集落を脅かした。
ある日、村の長老が「不思議な夢を見た」と言い出した。暗い森の奥から現れた巨大な影が、「供物を捧げよ」と自分に告げたと。村人達は半信半疑ながら、藁にも縋る気持ちでそれに従う事にした。
最初の供物は、獣の血と僅かな収穫物だったが、不思議なことに、それで本当に村は一時的に安寧を得た。村人達はこれを山の神の加護と信じて、感謝の儀式を続けるようになった――掛け軸に描かれた紋様は、山の神の姿を象徴するもので、村の家々に受け継がれている――。しかし、現実はそう甘くなく、災いはいつも不意に襲ってきた。そして、年月が経つにつれ、村人達の儀式はエスカレートしていき、ついには人の命まで捧げることを決めた…決めてしまった。
そして、あろうことか不運にも村の外から迷い込んできた旅人を都合良く騙して利用し、生贄にしたのだ。そして、その儀式の後に村には再び豊穣と平穏が訪れた。生贄のお陰という証拠はどこにも無いが、彼らはそれを信じた…村の孤立が、彼らの心に集団的な狂気を生み出したのかもしれない。そして、この出来事が村の掟として根付き、生贄の風習が生まれ、人知れず現代まで続いていた。
山の神を鎮めるための生贄の風習は、毎年、余所者の命を飲み込んで続いていく。
――――
村の秘密は、深い森の闇に守られており、決して外には漏れない。
…そのはずだ…
次は日付が変わってから投稿します。




