『ある廃寺で願い事をした男の子の話』…第5章・不可解な反撃
犯人達は山川の血まみれの遺体をロビーの隅に乱暴に放り投げた。銃弾に貫かれて砕けた彼のスマホが血の海になった床に転がる…持ち主と同じくもう動く事は無い。リーダーの男は苛立ちを隠さず、額に浮かんだ汗を乱暴に拭いながら部下に鋭く命じた。
「他に隠れている奴がいないか確かめてこい、いたらその場でそいつを殺せ!!」
リーダーの目は血走り、半ば自棄になっていた。
既に二人殺した今、どうせもう後戻りはできない、それならばいっそ人質全員殺してもいい…彼は理性のタガが外れつつあった。
犯人の言葉に人質全員が息を呑み、震えが止まらなくなった。椿は生徒たちを背に庇い、姿の見えない昭弘を案じた。
「いいか?動くんじゃねえぞ、クソガキども!」
リーダーは人質の生徒たちに銃を向け、怯える彼らをさらに追い詰めた。
一方、物陰から一部始終を目撃していた昭弘は既に行動を起こしていた。
銃声が響いた時、咄嗟の判断で身を隠して犯人達の目から逃れていた。そして、山川が無惨にも銃弾に倒れる瞬間を見たが、不思議な事に恐怖を感じず、代わりに猛烈な怒りがわきあがった。一線を越えた犯人達に対し、彼の中で何かが弾けた。
「このままじゃ、高峰先生や皆が危ない…」
「こいつらは虫けらのように山川先生を殺した」
「平気で人の命を奪う奴等に遠慮する必要なんか無い、遠慮したらこっちがやられる」
「相手は5人…俺が潰す」
そう心の中で決意すると、まるで頭の中に設計図が浮かぶかのように、戦い方や罠を仕掛ける方法が次々と閃いた。
「あ、あれ…?俺、何で…」
自分でも不可解だったが、何故か恐れを知らず、異様な集中力で動き始めたのだ。困惑はしたが、すぐに気持ちを切り替えた。今は行動あるのみだった。
――――――
最初に仕掛けたのは、調理室への誘導だった。昭弘がわざと物音を立てると、そこへ、リーダーの命令で単独行動していた犯人達の一人日本での警察の捜査は迷宮入りとなるが、一部の刑事達は正真正銘の陰謀劇だと察し、後味の悪さを覚える(警察が気付かなかった村の存在を突き止めた何者かが、狂信者の集団を滅ぼした事に関しては思う所がある)。――眼鏡をかけた瘦せ型の男――が銃を構えて踏み込んできた。
「おい、誰かいるぞ!」
その声は緊張でわずかに震えていた。
昭弘は物陰からそっと動き、ライターで火をつけた。手には火炎瓶が握られている。
「なっ!?」
眼鏡男が気付くが遅かった。火のついた瓶を投げつけられた男は火に巻かれ、「うわあああ!」と叫びながらのたうち回った。
「ぐわあああ!熱い!熱い!助けてくれぇ!!」
彼は絶叫し、もがきながら床を転がる。昭弘は無言で置いてあった消火器を手に取ると、それで男の頭を思いっ切り殴りつけた。鈍い音が響き、眼鏡は火だるまのまま意識を失った。昭弘は消化器を噴射して火を消してやると次の標的を仕留めるために動き出した。
――――――
「何だ、どうした!?」
眼鏡の悲鳴を聞きつけた一人——髭が長く伸びている筋肉質な男——が調理室に駆けつけた。
眼鏡が大やけどを負わされて倒れている姿を見て顔を歪める。
「くそっ、誰がこんな…!おい、いるなら出てこい!!」
すると、廊下を走る足音が聞こえた。
「そっちか!!」
彼は銃を握りしめ、音が聞こえる方向へ走り出した。しかし、昭弘は既に罠を用意していた。ホテルの浴室に誘い込む為に、わざと足音を立てて逃げていたのだ。
髭の男は血走った目で追いかけ、「待ちやがれ、このクソガキ!」、「ぶっ殺す!!」、「許さねぇぞ!!」などと喚きながら、浴室のドアを蹴破って突入した。その瞬間に昭弘が仕掛けておいた罠が発動した。床にこぼれた水と、剥き出しにした電気コード――事前にコンセントを細工しておいたのだ。
「なっ!これは…!?」
気付いた時には遅かった。火花が散り、電流が髭の男の体を貫いた。
「ぐがああああああああああ!!??」
叫び声を上げた後、彼はその場で意識を失って崩れ落ちた。持っていた銃を奪った昭弘は、すぐに次の行動に移る。
―――――――
次に標的にされた男――スキンヘッドの大柄な男――は、仲間二人がやられたことに気付き、焦りを隠せなかった。
「畜生、ふざけた真似をしていやがるのは一体誰だ!?」
彼は苛立ちを爆発させながら銃を乱射し、壁に穴を開けた。昭弘は髭の男から奪った銃を手に、冷静に距離を測っていた。場所はホテルの3階、窓際の廊下。そこにスキンヘッドを誘い込むため、昭弘は姿を見せ、すぐに角を曲がった。
「てめえか!穴だらけにしてやる!!」
スキンヘッドが追いかけてきた。昭弘は窓際に立ち、銃を構えた。しかし、頭に血が上っているスキンヘッドは、それを見るや否やまるで茹で蛸か何かの様に真っ赤な憤怒の表情となり、「このクソガキ、舐めやがって!」と、突進してきた。一方、昭弘は逆に冷めた表情で引き金を引いた。バン!と銃声が響くと、スキンヘッドの肩に弾が命中した。
「な、何っ!?」
「落ちろ!!」
よろけた瞬間を見逃さず、昭弘はスキンヘッドに体当たりをかました。彼はそのまま窓に激突し、ガラスを突き破って外に転落した。
「うおおおおおおおお!!」
昭弘は割れた窓ガラスから下を見下ろしてどうなったか確認した。絶叫しながら落ちたスキンヘッドは地面に叩きつけられたが、即死は免れたようだった。しかし、打ち所が悪かったらしくもう動けそうに無い。
こうして、呆気なく昭弘は犯人グループの内3人を倒した。
「はぁ…何とかなるもんだな…」
安堵したが、ここで昭弘は何だか都合良く上手くいっている様な気がして違和感を覚えた。そもそも自分は何時からこんな事ができる人間になった?アクション映画の主人公か何かじゃあるまいし?明らかに頭の回転が速いし、恐怖心もほとんど感じていない。…何故だ?
「…いや、そんな事は今はどうでもいいか」
まだロビーには高峰先生や同級生達が人質にされている。早く何とかしないと皆が山川先生の後を追わされる羽目になる――昭弘は頭を振って疑念を払うと、犯人達との決着をつける為に動き出す。